推しチーム優勝の瞬間にスタジアムに居れる幸福。ありがとう憲剛。
元日にサッカー天皇杯が国立競技場で開催されるようになった経緯には、近くの明治神宮に来る初詣の何割かを取り込めないかと、日本サッカー協会が考えたからという話しがある。もちろん、現在は人気コンテンツの一つとなったので、観客の入りに心配がなくなった大会に成長したのだが。
チケットは準決勝が行われる頃に、先行で抽選申し込みを受付て1次販売を行い、後日、残りを一般販売するのだ。
なので、先行販売を申し込むのは、元旦にどんなカードでも良いのでサッカーを国立競技場で観たいと思っている人か、推しのチームが決勝に進む事を信じる人に限られる。
そんな100回目の記念大会が、まさかの観客数限定要請の中での開催になった。
そのため、今回のチケットは思わぬ形でのプラチナチケットとなった。
そんなチケットの抽選に当選していた私は、川崎フロンターレが決勝に進む事を信じてチケット代金を払っていた。なので、新しくなった国立競技場での、観客を限定した大会の限られた観客として会場にいた。
私の目的は2つ。
川崎フロンターレの天皇杯初優勝に立ち会う事。
中村憲剛の現役最後の試合出場を現地で観る事。
付け加えるなら、フロンターレの優勝を現地で観る事。
そう、私は推しチームが優勝した瞬間にスタジアムにいた経験がない。
結果、目的の一つ、推しチームの優勝現場に立ち会う夢は叶った。
川崎フロンターレvsガンバ大阪。
結果は1-0で川崎の勝利。
途中までの展開は、フロンターレ対GK東口。
ほとんどの時間を川崎が押し込む試合運び。
ところが80分を過ぎたあたりで、選手交代をきっかけに、G大阪がボールを持てる展開になる。
川崎は3回の選手交代の機会で脇坂を使い、その瞬間、中村憲剛の出場機会はなくなった。
正確には、延長戦に入れば憲剛の出場機会はやってくるのだが、多分、川崎側の人間で延長を望んでいた者は、誰もいなかっただろう。
試合後のインタビューは、優勝監督 鬼木達、この試合唯一の得点者 三笘薫、キャプテン 谷口彰悟、そして、出場機会がなかった中村憲剛。
憲剛のサバサバした応対を見ながら、さすがに、もう涙はなしなんだなと安心した。
優勝のカップ上げも憲剛だった。
あれだけ色々なものを持たされて来た憲剛が、最後に選手として手にしたのが天皇杯とは、と思ったら、その後、満面の笑みで石の風呂桶を持たされていたのには、さすがフロンターレだと笑えた。
しかし、それらの試合後のセレモニーを私は大型ビジョンで観た。
そう、旧国立競技場での表彰式は、メインスタンドに登ってゆく形で行われていたので、バックスタンド側からでも観れたのだが、今回は普通にピッチ上で、メインスタンドを向いた形で行われたのだ。
私が居たのはバックスタンド、しかも3層。
それでも、後悔はない。
川崎フロンターレの天皇杯初優勝の瞬間を、私は中村憲剛と共有できたのだ。
おめでとうフロンターレ。ありがとうフロンターレ。
ありがとう、中村憲剛。
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