椎名林檎「ちりぬるを」レビュー
2024年5月27日にリリースされた椎名林檎7枚目のアルバム『放生会』より、1曲目の「ちりぬるを」のレビューをしていきます!
この曲はtricotやジェニーハイで活躍する中嶋イッキュウ氏とのコラボ曲です。
今回はイントロ、Aメロ、サビを音楽面からレビューしていきたいと思います。
「ちりぬるを」レビュー
この曲は椎名林檎いわく「弔いの曲」らしいです。
曲風は割とスタンダードに近く、強烈なフックもないのでファン以外の人も聴きやすい部類の曲だと思います。
個人的には本アルバムで1、2を争うくらい好きな曲です。恒例のアルバム付属の歌詞カードも凝られまくっていて、もはやこれだけのためにアルバムを買う価値があると言っても過言ではありません(笑)
石若駿の存在
椎名林檎関連で石若駿といえば2023年のホールツアー「椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常」でドラムとして参加していましたね。
僕は福岡と広島のライブに参加しましたが本当に素晴らしかったです。。
特に石若駿が叩く「命の息吹き」はすごすぎました(笑)
石若駿のバックグラウンドはJAZZみたいなんですが、POPSミュージシャンとの関わりも多く、米津玄師やくるり、KID FRESINO、君島大空などの楽曲でドラムを叩いています。
『放生会』は「いつになくビートコンシャスで寛ぎに満ちた13曲」と銘打って発売されただけあって、石若駿(Dr)と鳥越啓介(ba)のリズム隊を堪能できるアルバムですね!最高!
イントロ
まず曲の入りは石若駿のパーカッション、続いて山本拓夫さんによるフルートと林正樹さんによるピアノが入ります。
最初のカンカンカンという高い音はチャイニーズゴングという楽器(小型の銅鑼)で、林檎さんが石若駿に「ゆっくりスタートして、速くしていってください」と指示したそうです。
こういう特殊な楽器を演奏効果まで考えてプロデュースできるフロントマンってなかなかいないんじゃないでしょうか(笑)
フルートとピアノのリズムがこの曲のリズムモチーフです。
16分の刻みを意識したメリハリのあるリズムですが、ピアノとフルートの音色が柔らかいのでそれほどファンキーは感じません。
フルートはニロ抜き音階をベースに吹いていますね。ここのキーはマイナー(E♭m)なのでいわゆるマイナーペンタトニックというやつです。
歌が入る直前あたりにさりげなく装飾音にブルーノートを使っていてカッコいいすね!
フルートのイントロはやっぱり「走れわナンバー」を思い出しちゃいますね。あとMVやら歌詞やら「いろはにほへと」を彷彿とさせてアツいですね~(早口OTK風)
ちなみにイントロで銅鑼が登場しますが、本アルバム最後の曲「ほぼ水の泡」の締めくくりでも銅鑼が登場します。
お祭り(=放生会)が銅鑼の音で始まり銅鑼の音で終わる、ってことですかね…?
狙いはわかりませんが、本アルバムを象徴する楽器と言っていいと思います。
Aメロ
中嶋イッキュウさんから歌い始めます。
なんじゃこのメロディーは…
最初の階段のように上下するメロディーは衝撃的でした。。
こういう階段状のメロディーってピアノの練習曲とかにある、割と機械的な音型なので、それをここまで露骨に歌メロに当てるのは逆に挑戦的に感じます。
歌詞でいうと、『用意「されてた目次そのまま繰り出す日本」列島』の「」部分です。以下ではこのメロディーの形を「ギザギザモチーフ」と呼んでいきます。(楽譜上だと音符の並びがギザギザしてるので。)
ちなみにこれ、めっちゃ歌いにくいです(笑)
ギザギザモチーフはクラシックでいうとベートーヴェンの交響曲第5番「運命」でも使われています。
このモチーフはスケールの音をたどっていけば原理上どこまでも上っていくことができるんですが、この曲ではA(正確にはB♭♭)を着地点としています。
あれ、キーはE♭m…そう、
つまり減5度です!
減音程(dim)は椎名林檎の曲で超頻出なのでこの音で安心感すら覚えます(笑)
『さあ御覧「あれよゝと」』の所なんかは減三和音(E♭・G♭・B♭♭)をそのままなぞっていますね。
ちなみにベートーヴェン「運命」のギザギザモチーフの着地はトニックで、エネルギーの爆発!という感じですが、対照的に「ちりぬるを」の着地はブルーノートでクールですね。
それはともかく、Aメロは何より石若駿の激ヤバハイハットに耳を持っていかれます。
Aメロのボーカルは、イッキュウ氏の次に椎名林檎が歌うという構成ですが、ボーカルがイッキュウ氏から椎名林檎に代わると、なぜかさらに手数が増えてきます(笑)
32分刻みのハイハットがとっても心地いい。。
『放生会』は椎名林檎が、石若駿のために作ったアルバム、と言っているだけあって、ドラムはアルバムを通して聴きどころ満載です。
石若駿に気を取られてしまいがちですが、フルートもバックで美しい旋律を吹いています。
フルートは各氏が歌う最後のあたりは両方同じフレーズを吹いているのですが、椎名林檎パートではイッキュウ氏パートより1オクターブ上を吹いておりサビへの予感を感じさせる工夫がされています。
Aメロでは鳥越さんのベースは聞こえてこないのですが、途中からシンセベースがCの音を拍の頭で鳴らし始めます。そしてサビ前1小節でB、B♭と下がっていき、サビ頭のE♭の音にドミナントモーションを作る形で解決します。
ドラムがかなり複雑なことをしていますが、シンセベースと鐘が拍頭に鳴っているのでリズムが掴みづらいということは全くないですね。
サビ
サビに入ります。
いやーメロディーが美しい。。
サビ直前のフルートの旋律を受け継ぐ形で歌が入ります。
調はE♭mから平行調のG♭に転調します。
Aメロと対照的にサビでは鳥越さんのベースが参加してきます。
コード進行はⅡⅤ進行と半音進行がメインです。
コード進行(大体こんな感じだと思います)
A♭m7 D♭7(13) あいたいです
G♭M9 E♭7(♭9) 手渡せずじまいの
Fm7(♭5) B♭7 お礼まだ
E♭m7 Daug D♭m9 Cm7(♭5) ある 急に
BM7 B♭aug7 (Ddim7) いなくなんないで 待って
E♭m9 おいてかないでと
A♭m7 D♭7sus4 言っても聞こえないね
G♭M9
サビ最後の「言っても聞こえないね」の「ね」は9th(A♭の音)に着地します。
この着地は椎名林檎の常套手段ですね!
椎名林檎作品は歌メロがテンションの位置に来ることがよくあるんですが、やっぱりそれだけで響きが豊かになりますね。
話は変わりますが、林檎さんはサンレコのインタビューで演奏家への指示について、「独白の場面では不安を煽るためボトムをワンノートで突っ切ってほしい」と伝えたと明かしていますが、これは「待っておいてかないで」の部分だと思います。
あと、スルーされがちかもしれないけどピアノ弾き目線でいうと林さんのバッキングに痺れます。若干ラテンフィールを入れた休符を感じさせるバッキング、かっこよすぎる(笑)
サビごとに少しずつバッキング変えてるあたりも抜け目ないです。
まとめ
曲調といいテンポ間といい、すべてが絶妙で、「弔い」という言葉がぴったりだと感じました。
普通「弔い」がテーマならもっと湿っぽくて暗い系とか泣ける感動系みたいな極端な曲を作ってしまいそうなんですが、絶対に置きにいかない林檎さん。。作曲センスに脱帽です。