アメリカン・ユートピア

元トーキングヘッズのフロントマンであるデイヴィッド・バーンのブロードウェイでのステージを映画館でパブリックビューイングしているような感覚の映画『アメリカン・ユートピア』を観た。
だいぶガツンと衝撃を受けたので記憶が生なうちにメモしておこうと思う。

まず印象的だったのがカメラまわりについて。映像的にはライブ映画にありがちなバターン化されたカメラワークは一切無くリアルに客入れしたステージを撮っているはずなのに映像作品として丁寧に割られている事が不思議な味付けとなっている。一体何処から撮影してるのか分からないくらい撮影クルーの存在を全く感じさせないのはスパイクリー監督の手腕か。終盤に演者が客席を練り歩く部分で一箇所だけカメラが映ってたのとエンディングで自転車に乗ってNYの街を走るバーンの姿を捉えるGO-PRO以外は見当たらなかっように思う。もしかして後処理でカメラ消してるのか?

ふたつめはバーンのパフォーマンス。声に伸びがある。昔聴いてた時よりもむしろ艶が。一体今いくつになったんだっけ?と調べてみたら撮影時おそらく68歳。布施明か!!

そして何よりの衝撃はそのエンターテイメン性。近年のアメリカはアメリカ的なしょーもない部分が前景化した時期が続いたおかげで本当にしょーもない国に見えていた。少なくとも僕には。いやもちろんカルチャーでもエコノミーでも世界一の豊穣さを有する国だってのは承知の上でそれでもなんだかやっぱりしょーもないと思っていた。
ごめんなさい。間違いです。
アメリカと世界が抱える今日的な問題をさらりと柔らかな表現としてエンタメ化してみせる。そんな人がちゃんと居る国でした。
インテリゲンチャぶって偉そうに批評ばかりしてる何処ぞの誰かさんとは違いきちんと自分の使命を果たそうとしているかのようなバーンのステージングとそれをオールスタンディングで楽しむ客席の人々。大人な国だ。あるいはNYに限った事なのかもしれないが。
仮に今の日本から、東京から、こんな表現が生まれるのか?と思うと甚だ心許ない。
参りました。

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