【KAMEの蹴球三昧】#36 赤い悪魔が牙を向いた僅か4分間の逆転劇〈22-23 EPL 第20節 マンチェスターU対マンチェスターC レビュー〉
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赤い悪魔は傾いた流れをものにした。僅か4分で。
78分、カゼミーロのスルーパスに反応したマーカス・ラッシュフォード。オフサイドポジションにいた彼はボールに触れず、代わって走り込んできたブルーノ・フェルナンデスがシュートを決めて同点に追いつく。主審スチュワート・アトウェルはラッシュフォードがプレーに関与せず、守備者にも影響を与えなかったと判断したのだろう。オフサイドはとられず、ブルーノの得点が認められる格好になった。
60分にジャック・グリーリッシュに先制点を決められて以降、重苦しい雰囲気となったオールド・トラフォードの空気が一転した瞬間だった。観ていた私も、これで試合の流れが変わると確信した。
そして、4分後。
新進気鋭アレハンドロ・ガルナチョがナタン・アケとの駆け引きに勝ち、中へグラウンダーのクロスへ送り込んだ。その先にいたのは10番、ラッシュフォード。オフサイドにかからないよう、一度動き直してからタイミングよく飛び出し冷静に沈めた。
デニス・ヴァイオレットが持つクラブ記録に並んだエースのホーム9戦連発は、ユナイテッドの勝利を引き寄せるものに十分だった。
自分たちに傾いた流れを逃すことなく、赤い悪魔は前回のダービーの雪辱を果たすことに成功した。
スターティングメンバー
マンチェスターU(4-2-3-1)
GK 1 ダビド・デ・ヘア
DF 29アーロン・ワン=ビサカ
DF 19ラファエル・ヴァラン
DF 23ルーク・ショー
DF 12タイレル・マラシア
MF 18カゼミーロ
MF 17フレッジ
MF 8 ブルーノ・フェルナンデス
MF 14クリスティアン・エリクセン
MF 10マーカス・ラッシュフォード
FW 9 アントニー・マルシャル
マンチェスターC(4-1-2-3)
GK 31エデルソン・モラエス
DF 2 カイル・ウォーカー
DF 25マヌエル・アカンジ
DF 6 ナタン・アケ
DF 7 ジョアン・カンセロ
MF 16ロドリ
MF 17ケビン・デ・ブライネ
MF 20ベルナルド・シウバ
FW 26リヤド・マフレズ
FW 9 アーリング・ハーランド
FW 47フィル・フォーデン
テン・ハフが用意したシティ対策
ペップの奇策に注目が集まる中、エリック・テン・ハフのほうがむしろマンチェスターCを意識したこれまでと異なる人選を行った。
ルーク・ショーをCBで起用し、タイレル・マラシアをLSBに。またアントニー・マテウスを外してクリスティアン・エリクセンを1列前にスライド。フレッジにカゼミーロとダブルボランチを組ませた。これら前から人を捕まえに行くことを強く意識し、シティの選手たちに自由を与えないようにする人選であった。そしてフレッジ、マラシアはその期待に十分応えてみせた。後ろ向きの相手に対してファウル覚悟で激しく寄せ前を向かせない。カップ戦で負傷交代となったディオゴ・ダロトの代役アーロン・ワン=ビサカも、対峙したフィル・フォーデンに縦突破を許すことはなかった。57分、結果的にペップが唯一交代を決めたのがフォーデンであり、ワン=ビサカが彼を下げさせたとみてもいいだろう。
ユナイテッドが見せた半年間での進歩
テン・ハフがこの半年でチームを進化させたのは前線からの守備の構築だろう。この試合でも誰が誰につくのかは明確であったし、特に前半はシティがボールを保持することを許容しながら、前からプレスをかけてハメにいった。そしてボールを奪ったら、ハイラインを敷くシティ守備陣の背後に走る。攻守において全体のアクションが統率されるようになったのはテン・ハフの功績だ。またサイドの深い位置から前線へボールを運んでいきチャンスとなる場面も多く見られた。ワンタッチで捌きながら前向きの選手にボールを渡し、そこから背後を狙う。伝統的なユナイテッドの武器であるカウンター。それを増やすしていくために、守備から構築し直していったテン・ハフの手腕は見事の一言だ。
普段通りに戦ってこそ
ユナイテッドの激しい前からの守備と鋭いカウンターに苦しめられたシティ。ペップは後半、ユナイテッドがかけてくるプレスで1枚浮くことになるどちらかのSB、カイル・ウォーカー、ジョアン・カンセロに対して、より中央でプレーするように指示を出した。中盤で数的優位を作りながらボールを前進させることが狙いだ。ユナイテッドのダブルボランチ、カゼミーロとフレッジはそれぞれ、ベルナルド・シウバとケビン・デ・ブライネが下りたところにもある程度までついてくる。インサイドハーフが落ちて空いたスペースにはSBが上がり、相手守備を混乱させるのはシティお得意の形である。グリーリッシュの先制点はクロスを上げたデ・ブライネの突破も見事だったが、それはウォーカーがハーフスペースの高い位置まで侵入したことによって生み出されたものだ。
奇策を用いずいつも通りに戦うこと。ペップのシティはそれでこそ強い。
沈黙した怪物、それでも…
アーリング・ハーランドにとってこの試合のスタッツはシティ加入後最低のものになった。ボールタッチはわずか20回。シュートも2本しか打てなかった。チームとしてビルドアップがうまくいかず、ハーランドもボールを受けようと下がり偽9番的に振る舞ったものの、彼が下りて空いたスペースを誰も使うことができなかった。ディフェンスラインの背後に走るアクションも少なく、ユナイテッドのCBコンビを脅威に晒すシーンは皆無だった。それでもグリーリッシュの先制点は、ハーランドの存在自体が大きなアシストとなった。彼がゴール前にいることで相手守備者はどうしても彼に引き付けられてしまう。結果、デ・ブライネのクロスにグリーリッシュは後ろからフリーで飛び込む形になった。絶対的な点取り屋はゴール前にいることが守備側にとって脅威であり、存在こそが味方をフリーにさせる。これがスタッツに現れないハーランドの重要性である。