日本はどこから間違ったのか。
1 昭和のファシズムと明治維新
満州事変以降の昭和ファシズムを支持する論者はリベラル派にはいないと思うが、ならば、「日本はどこから間違ったのか」との問いを立てると、意外に意見は分かれるだろう。
曰く「満州事変以降の軍部の独走こそ問題であって、それ以前の日本は立憲主義の定着した民主主義国家だった」「明治維新の頃の日本はもっと輝いていた」という意見があり、その種の歴史観は割合流通しているようだ。
例えば司馬遼太郎の一連の作品がこの種の歴史観の普及に役立った。明治維新の立役者たちをヒーローにした一連の作品は、俺自身、子どもの頃〝ハマった〟ものだ。確かに面白い。それだけでなく、日本は中国のように西洋の支配に屈することはなく、自力で独立を保つ賢明さを有する民族だったとの、日本に対する誇りをくすぐってくれる作品群であった(「坂の上の雲」がその頂点とされるが俺は未読)。
2 明治維新万歳史観は正しいか
だが、この種の明治維新万歳史観は、アジアの民衆、とりわけ侵略戦争・植民地支配の対象となった朝鮮半島の民衆からどう見えるだろうか。例えば、明治維新の立役者の一人、西郷隆盛はのちに征韓論を唱えて失脚した。今よく考えると、西郷の主張は朝鮮半島への侵略戦争の扇動であり、そんな人物を評価していいはずがないではないか。
他の連中はどうか。最も重要なのは明治の元勲の一人、伊藤博文だ。この人物は戦後になっても評価され続けて紙幣の図柄にまでなったわけだが、言うまでもなく朝鮮総督府の前身・韓国総監府の初代総監であり、侵略戦争・植民地支配の立役者の一人ではないか。
そして、この種の侵略者を育てたのが、松下村塾の吉田松蔭であることを改めて確認しなければならない。例えば吉田松蔭の以下の発言は何度でも想起され記録され確認されるべきだし、強く批判されるべきだ。
「琉球に諭し……朝鮮を責めて質を納れ貢(みつぎ)を奉る……。北は満洲の地を割き、南は台湾・呂宋(ルソン)の諸島を収め、慚(ざん)に進取の勢いを示すべし。然る後に民を愛し士を養ひ、慎みて辺圉(へんぎょ・辺境)を守らば、則(すなわ)ち善く国を保つと謂(い)うべし」(『幽囚録』)
あまりにあからさまな侵略戦争推進論ではないか。ここでは、朝鮮はもちろん、沖縄、台湾、満州、フィリピンまで侵略戦争の対象とされており、そのまま昭和ファシズムの青写真として完成している。
3 日本は明治維新から間違っていた
明治の元勲を育てたのが吉田松蔭であり、彼らはその教えに従い朝鮮半島への侵略を完遂したのであり、その流れはそのまま満州事変以降の昭和ファシズムに引き継がれているとすれば、最初の問いに対する答えは明白だろう。
現時点に立って、我々日本人は「日本は明治維新から間違っていた」と明確に認めなければならない。司馬遼太郎の作品も含め、明治維新を賛美する作品は改めて検証し直し、間違いは間違いと認めないといけない。
初出2023年7月7日Facebook