最高裁とどう向き合うのか〜「虎に翼」の桂馬に寄せて
【虎に翼】
海渡先生が書いておられますが、私は公害裁判の事務所出身なので興味を持ち、何かで読んだことがあります。
桂馬(石田)長官率いる最高裁が、公害裁判に関し被害者寄りの見解をとって、全国の裁判所を動かしたことは史実です。同じ最高裁が、同時期に、労働事件や安保・自衛隊問題で次々と反動的な判決を下し、青法協弾圧を行い、現代の保守体制を作り出したことも史実なのです。
私が弁護士になってからも、サラ金問題では最高裁は一貫して被害者側に立ってきました。また、近時では、トランスジェンダー問題に関して、目の覚めるような良い判決が出ていることも事実です。他方、沖縄米軍基地問題では、「これが法治国家か」と思うほどのとんでもない判決が続いています。
そこをどう見るか。
私は、「最高裁とは、時の権力とは別個の権力であり、時の権力とは別の行動原理によって動く組織なのだ」と思っています。
桂馬(石田)が右翼思想の持ち主だったことは事実である一方、「司法の独立」(ただしそれは政治からの独立であって裁判官の独立は意味しなかった)に強い関心を持っていたことも確かでしょう。
そこで彼は自らの思想に従って安保自衛隊問題で右派的政策をとり、裁判所内部の左派を弾圧して政治の介入を断つ一方、それと矛盾しない公害問題では被害者寄りの姿勢を見せて司法の存在感を市民にアピールし、市民からの支持を取り付け、政治とは別個独立した司法権力の確立を目指したのではないか、私はそう思います。
そのような二面性は現在も続いています。先にあげた、沖縄米軍基地問題とトランスジェンダー問題との鮮やかな対比はその一例でしょう。
なので、最高裁判所には、期待も絶望もしてはならない、というのが私の結論です。それは体制べったりでもないし、体制を変革する砦でもない。体制とは別の「権力」なのです。したがって、それをどう使いどう動かすかは、我々市民にかかっているのです。