非武装中立論者からの回答
1 専守防衛論者からの提起
A先生はじめまして。 神奈川支部の団員で神原と申します。平素は主にヘイトスピーチの問題に取り組んでおります。
A先生の論考を読ませて頂きました。 A先生の、第一線の現場での奮闘に、心から敬意を表します。そして、護憲運動のリーダーとしてのご苦労、ご心労にも心から感謝致します。
私は、先生の論考は護憲運動の第一線で闘う先生が、国民世論など諸般の状況に照らして、某団体等護憲運動は、「専守防衛論」を運動の一致点とすることが望ましい、という政治的判断を表明した文書であると読みました。 某団体に直接接点のない私は某団体がどのような方針をとるかについて意見する立場にありませんし、また日弁連等でいわば護憲派のリーダーとして第一線で活躍されている一級の先生による、現場の状況等を総合的に踏まえた政治的判断をどうこう言う立場にもありません。また、A先生が必要としておられるのは、安部改憲のおかしさを「一言で」いえる単純な 「スローガン」なり「キャッチコピー」であり、精緻な政策論でも法律論でもないことも理解しました。運動の現場特に街頭宣伝では、ややこしい理屈や議論よりも、政策を「一言」 で表現でき民衆の心を掴む言葉の方がより大切であると思います。
2 専守防衛論とはそもそもなんであったか。
ただ、「政治的判断」なり「キャッチコピー」を離れて、あくまで政策論として、あるいは 理論問題として「専守防衛」についてどう思うかと聞かれれば、私の見解は、自由法曹団通 信1621号に掲載させて頂いたとおりです。その後の検討を踏まえて言えば、「専守防衛」という言葉は、冷戦下に自民党政権が国民向けに考案した宣伝文句であり、要するに日米軍事同盟を前提として「盾は自衛隊、矛は米軍」 2 という役割分担を定めたものであって、有事の際に自衛隊は米軍の指揮下に入り米軍の世界戦略の一部を担うに過ぎないという実態を覆い隠すための、いわば嘘宣伝という側面が強いと考えています。
ジャーナリストの布施祐仁さんは、私との共著の中で、安保法制が成立するはるか以前から 自衛隊の「専守防衛」はゆがめられてきた実態を明らかにしています。たとえば80年代に 海上自衛隊が行った「シーレーン防衛」は米第7艦隊の交通、兵站線を守る任務のことであ り、一機で四国と同面積の海域の潜水艦を同時監視できるP3Cを100機も配備したの は、日本の領土を防衛するためではなく、西太平洋でアメリカがソ連に優位に立つための装 備だったというのです(共著「9条の挑戦」大月書店 2018 年、151 頁以下)。
そうすると、専守防衛政策はもともと「アメリカと一緒に戦争をする」という本質を持っているものであり、その専守防衛政策に変化が生じたのは、冷戦の崩壊によって米軍の行動範 囲が飛躍的に広がったこと、イラク戦争敗戦後にアメリカの軍事的優位性が相対的に低下 したことに由来するのであって、決して「安保法制」のため、とみることはできないという のが私の見方です。
3 「心情倫理」と「責任 倫理」と
もちろん、A先生は、以上のような議論は当然織り込み済みであり、それでも、安部改憲を止めるという喫緊の課題に立ち向かうため、護憲派の大同団結を促すべく、運動のリーダ ーとしての政治的判断として「専守防衛」というスローガンで一致団結するよう呼びかけて いるのかもしれません。そうであれば、以上の議論は全く無意味なのかもしれません。
さらに、権力者が発した虚偽宣伝を民衆が逆手にとって運動のスローガンとし、見事にその 実質を実現するという可能性についても、私は否定するものではありません。独立宣言の美 しい言葉の下で永く奴隷制を維持したアメリカにおいて、黒人たちはアメリカ憲法や独立 宣言を盾にとり、宣言に謳われた文字通りの平等を獲得しようと闘いました。そのことは有 名なキング牧師の演説からも分かります。
「私には夢がある。いつの日かこの国が立ち上がり、『すべての人は平等に生まれた。これ は自明の真理である』というこの国の基本理念が、真の意味で実現することを、私は夢見る。」
あるいは、1970年に中曽根康弘防衛庁長官の下で作られたとも言われる「専守防衛」という言葉が、アメリカ独立宣言並みに国民の心を捉え普遍的な正義と認められるならば、同じようなことが起きるのかもしれません。そのためには、「専守防衛」という言葉がそのような普遍的な正義に昇華される過程が必要ですけれども。
私も、ウェーバーが言うとおり、政治の世界で求められるのは「心情倫理」ではなく「責任 倫理」であり、安部改憲を止めるという結果こそが重視されるべきであること、そのためは 単なる「綺麗事」ではなく、常に目的との関係で最も適切な運動が選択されなければならないということは理解するものであります。しかしながら、同時に、政治の世界において因果 の流れは複雑ですから、安部改憲を止めるという目的で選択された「専守防衛」というスローガンが最終的に国民をどのような方向に導くのか、果たしてそれが最も適切な選択なの かについては複数の回答があり得るように思っています。
4 一応の回答
現時点で「非武装中立」という私の信念は変わりませんが、自由法曹団通信1621号にも 記載したとおり、私は、旧来型の護憲派が、専守防衛を主張する「護憲的改憲論者」や「新 九条論」者、さらに自衛隊合憲派らと是々非々で共闘することを否定するものではありませ ん。むしろ、それぞれの立場を明らかにしつつ、積極的にそれぞれの政策を語り合う方が健 全なようにも思っています。 現時点で、自由法曹団の統一見解として「専守防衛」に纏まることはないと思いますし、纏める必要もないでしょう。それぞれの立場でそれぞれの現場で共に頑張りましょう。
初出 2019年2月9日自由法曹団メーリングリスト投稿