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【学びの多様化学校を創る①】目指すは、学びの最先端 ー通常学校への波及も視野

教育長の高橋洋平です。

『内外教育』の田幡記者が、鎌倉市の「学びの多様化学校」開校に向けた取組について取材し、紙面に取り上げてくださいました。(シリーズものです。)
第1回分について、掲載許可をいただきましたのでnoteで掲載させていただきます。


「子どもが学校に合わせる」から「学校が子どもに合わせる」へ。「大人が提供する学びの場」から「自分たちでつくりあげていく学びの場」へ。
神奈川県鎌倉市が不登校の子らのために2025年4月の開校を目指して準備を進めている「学びの多様化学校」(以下、多様化学校)の「目指す学びの場のイメージ」の一部だ。市教育委員会が6月12日、市議会教育福祉常任委員会で示し、了承された。

多様化学校はそもそも、改名以前の「不登校特例校」の名称が示すように、学校に行けない不登校の子どもたちの受け皿としての役割が大きい。
だが、同市が示した資料はむしろ、国の研究指定校やオルタナティブのフリースクールについての説明のようだ。そこにあるのは、鎌倉市の高橋洋平教育長ら関係者が議論を重ね練り上げてきた思想だ。高橋教育長が言う。

「この場を不登校の子たちが来るセーフティーネットという言い方ではなく、個別最適で協働的な学びに真にチャレンジする学びの最先端にしていきたい」

全国2例目の分校型

鎌倉市はどんな学校づくりを目指しているのか。市教委が常任委員会に示した資料「鎌倉市立由比ガ浜中学校(仮称)学校案内(暫定版)」と「転入学の流れ」を基に見てみよう。
スクールビジョンは、「自分らしさを発揮できなかったり、自分らしく学ぶ機会を持てなかったりする子どもたち」に対し、「社会的自立と自己実現に向けて、自分で考えて行動し、他の人と協力しながら、よりよく生きることができる力を育み、自分のなりたい姿へ成長していくことを支援する」とある。

同市がこれまで3年間、不登校の子どもたちを対象に提供してきた探究学習「かまくらULTLA(ウルトラ)プログラム」で得た知見を下敷きに、「令和の日本型学校教育」が目指す姿を具体化しようとしている。

目指すイメージは冒頭の他にも

  • 「一斉に学ぶ」から「自分のペースで学ぶ」へ

  • 「教科ごとに学ぶ」から「教科の枠を超えて体験的・探究的に学ぶ」へ

  • 「知識の習得」から「学び方を学ぶ」へ

──などが列挙されている。
これらもウルトラで実践し、これからの学びの在るべき姿として教委が強い確信を得て打ち出したものだ。

由比ガ浜中は、市中心部にある御成中学校の分校として設置する。文部科学省は「学校型」「分校型」「分教室型」の3類型を示している。
多様化学校も学校教育法に基づく一条校であり、土地や建物、運動場の確保などの設置基準がある。学校型の新設は現実問題として廃校となった施設を利用しない限り難しいが、同市に廃校舎はない。

市教委は当初、比較的簡易に設置できる分教室型を検討していた。他の自治体では空き教室や教育センターの空き部屋を使っている例が多い中、鎌倉市は、夏は海水浴客でにぎわう相模湾に面した由比ケ浜地域に土地を確保し、2階建ての校舎を「分教室」として建設する計画だった。
だが、分教室では学校施設整備費の2分の1を国が負担する文科省の補助金を利用できず、教員配置も1クラスに付き1人の加配にしかならない。

それが、「分校型」にすることにより、補助金の活用が可能になる。教員も中学9教科を教えるのにふさわしい人員を確保できるよう調整している。
何より離れた場所にある本校、御成中の校長が遠隔管理するのではなく、分校の責任者である「教頭」が現場を統括する実質的なトップとなり、分校とはいえ、独立した学校体制にすることを重視した結果だ。
文科省によると、多様化学校は24年4月現在36校が開校。ほとんどが学校型、分教室型で、分校型は2例目となる。

8つのステップ

鎌倉市の不登校の中学生は22年度約200人。
資料によると、由比ガ浜中は「きめ細かで丁寧な支援や少人数による個別最適な学びを実現するため」定員は各学年10人程度の計30人程度とする。
2・3年生については、中学で不登校になる子のことを考慮し、定員を満たしていても若干名の募集を行う。

不登校にもさまざまな層がある。家から出られない引きこもり状態の子がいる。別室登校、登校渋りなどの不登校傾向の子は教室に戻れる場合もある。
学校には通えないが、このような多様な学びができる場だったら行ってみたいと思える不登校傾向の子などが主な対象となりそうだ。

転入学に際しては、8月の学校説明会、9月上旬ごろまでの在籍校面談、10月下旬の学校体験、11〜12月上旬の教育相談、翌1月上旬の転入学検討委員会など八つのステップを経て決定する。常任委では委員から「ハードルが高い。”お受験”なのではないか」といった疑問が呈された。
これに対して高橋教育長はこう考えている。

「多様化学校に行けばすべてが好転するような簡単なものではありません。その子の様子を見て、多様化学校を含めたいずれの学び場がよいかを保護者と一緒に考えるコミュニケーションを丁寧にします。選考ではなく、本人も新しい学びに向かう意欲を高めていくプロセスにしたい。一歩を踏み出せればそれだけでも価値がある。そういう子たちに来てもらえる学校にしたいのです」

こうして転入学が決まった子たちは、どんな学びを体験するのか。
資料によると、少人数やチーム・ティーチング(TT)を原則とした指導体制をとる。学び直しが必要となることも想定される。不登校だった期間などに応じ、学習進度は学年ではなく個によって違うため、異学年が共に学ぶことになりそうだ。音楽、美術、技術・家庭の3教科はCreate(創造)、Collaboration(協働)、Choose(選択)の頭文字をとった新教科「CTime (シータイム)」の中で、基礎を学んだ上で興味に合わせて教科を選択する。

さらに鎌倉市ならではと言えるのが、これも新教科の「ウルトラ」だ。
前述の探究学習プログラムの要素を取り入れ、子どもたちの興味関心領域や認知特性などを科学的アセスメントで把握した上で、一人一人に合った学習方略を体験して試しながら身に付けていく。
通常の中学校では総合学習の時間として1年生50時間、2・3年生70時間を確保している。多様化学校では新教科の時間を140時間用意。週換算では4時間だ。
ウルトラ同様、地域資源を活用するほか、教科横断的に学ぶことで、既存の中学校の年間授業時数1015時間に比べて少ない770時間でも、削減分の教科の内容を補完できるようにする。

ウルトラや多様化学校については、不登校の子どもたちだけのためであり、全員が享受できる仕組みではないという指摘もある。常任委での「多様化学校をきっかけに通常校の在り方を改革しなければいつまでたっても不登校の課題は解決できない」との意見もうなずける。こうした指摘に高橋教育長の解は明確だ。

「前任の岩岡寛人教育長(現文科省学校教育官)が一点突破でつくった全国的にも先進的な取り組みを、水平展開し、市内の子どもたち全体に波及させるのが私の役割。学習者中心の学びにより、子どもたちが自らつかみ取っていく。これらはすべての学校で行われるべきこと。個別最適・協働的な学びが通常の学校のクラスルームでも実現できるようチャレンジをしたい」

文科省は多様化学校を、27年度までに全都道府県と政令市に設置し、将来的には300校まで増やすことを目指している。現状はまだ目標の10分の1程度。
鎌倉市の取り組みは、開設を検討している自治体の参考になるだけでなく、個別最適・協働的な学びのモデルケースとなり得る。節目を捉え、随時、学校づくりのプロセスを報告する。(田幡秀之=内外教育編集部)

(2024年7月2日『内外教育』掲載文)

※内外教育に許可をいただきnoteに掲載しています