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【学びの多様化学校を創る④前編】「自分らしさ」見つける3日間 -新教科ウルトラとは
教育長の高橋洋平です。
『内外教育』の田幡記者が、鎌倉市の「学びの多様化学校」開校に向けた取組について取材し、紙面に取り上げてくださっています。
第4回分について、掲載許可をいただきましたのでnoteでは、<前編><後編>として掲載させていただきます。
「キーワードを挙げると、自分らしさを発見するということです。自分の心の声を聞き、心が動いた瞬間を大事にして。私たちはそれを『個才』と呼んでいます。3日間で、頭、体、心の癖を見つけてほしいと思います」
神奈川県鎌倉市教育委員会が市内在住の不登校児童生徒の支援策として取り組んでいる探究型の「かまくらULTLA(ウルトラ)プログラム」は、「自分学入門」から始まる。2024年9月7日、4年目となる今回も同市材木座海岸近くの マリンショップの一室を会場に、教育ベンチャーSPACE(スペース、本社東京)代表の福本理恵さんが、「海のプログラム」に集まった16人に呼び掛けた。(子どもたちの名前は仮名)
意思と石
ウルトラプログラムは、不登校、あるいは休みがちなど学校に通うのがつらいと感じている小学校4年生から中学校3年生までの子どもたちが対象だ。ULTLAは「Uniqueness Liberation Through Learning optimization and Assessment(学びの最適化と評価による個性の解放)」の略だ。海、森(寺)に集まり、日帰りで探究的な学びを行う。
鎌倉市が25年度開校を目指す「学びの多様化学校」(不登校特例校)「市立由比ガ浜中学校(仮称)」 のカリキュラムに「新教科」として取り入れられることが決まっている。ウルトラは文部科学省の「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」の委託対象にもなっている。
今回の海のプログラムに応募した19人のうち約半数が、8月に行われた由比ガ浜中の説明会(本誌9月3日付参照)に参加しており、転入学に向けて授業の一端を示すことになった。
福本さんは、「ギフテッド教育」と注目され、ウルトラの前身と言える東京大学先端科学技術研究センターの「異才発掘プロジェクトROCKET(ロケット)」でプロジェクトリーダーを務めた。ウルトラでは、福本さんが心理学などを応用して開発したアセスメント(事前評価)で興味関心領域や思考スタイル、「聴くのは苦手でも、読むのは得意」など認知特性を科学的に把握。自分学入門でアセスメント結果の解説を受け、その後に提供されるさまざまな体験学習で実際に試しながら、自分の得意な学習方略を獲得していく。
毎回練られたテーマとストーリーが子どもたちの関心を引きつける。今回の海のプログラムのテーマは「とどまるチカラ」。「意思」「意志」と「石」に着目したストーリーだ。意思・意志は自分の未来を切り開く力であり、石は多様性を象徴する。哲学的であり、言葉遊びのようでもあり、活動の一つ一つに深い意味が付されている。
この日は、ウルトラを立ち上げた岩岡寛人前教育長(現文科省学校教育官)が安江伸夫政務官と共に視察に訪れた。次期学習指導要領改訂の担当者である岩岡さんは「AI(人工知能)時代にあって、関係のないものを結び付けるひらめきは、人間のこれからの学びの本質。改訂の重要なテーマになります」と話した。
今年度のウルトラは由比ガ浜中開校前、最後の機会となる。同市の高橋洋平教育長は4年目のテーマ「意思」と「石」について「多様な子どもたちを迎え、それぞれに応じた学び方で伸ばしたいという、われわれの意思の表れそのものです」と言う。
自分学入門の後は、福本さんによる講座「大地を彩る石のフシギ」だ。火山岩、深成岩から人間の体の中にできる胆石、隕いんせき石まで多様性を持った石を実物と写真で示しながら、「長い時間と環境が石を変える」ことを紹介し、子どもたちの興味を引きつけた。
午後からは、講座で得た知識を基に、近くの材木座海岸で気になる石を拾い、顕微鏡で見て石の種類を特定した。火山岩などは中学1年の理科の内容だ。教科内容をプログラムに組み込んで教科横断的に学ぶ。また、実際に足を運び自分の五感を使って検証するのが、ウルトラプログラムの特徴だ。
ナビゲーターと呼ばれる案内役が、その道の専門家であることも大きなポイントだ。「石がつく食べものなーんだ⁉」のコーナーでは、スペースのメンバーであり、隣の逗子市で漁業を営む市川潤弥さんがイシダイ、イシモチなど名前に石が付く魚について、その由来を探りながら海洋環境について説明。石について新たな視点を加えた後は、市川さんが漁で取った魚の炊き込みご飯と汁物で昼食を取った。
同日の最後のプログラム「太古からの生き証人!記憶をもつ石の知られざる正体」のナビゲーターは、特定非営利活動法人喜界島サンゴ礁科学研究所の渡邊剛理事長だ。「サンゴから地球環境のことを知って未来を予測しています」と自己紹介した渡邊さんは、海岸で地層について説明し、そこで子どもたちが拾った石の鑑定を手伝った。
1週間後の14日、海のプログラム2日目の活動でも、鎌倉市鏑木清方記念美術館学芸員の今西彩子さんが岩絵の具について解説。アートワークセラピーを手掛ける日本画家の天内純子さんが、風呂敷に描く絵の制作を指導した。風呂敷は、1日目に海岸で拾った石を入れておく〝玉手箱〟を包 むのに使われる。子どもたちは、プログラムにちりばめられたさまざまな活動に取り組むことで、自分の関心の在りかを自ら見つけていくことになる。
意思を委ねる
「きょうは海で意思を体感してみましょう。意思を委ねることを海でやりたいなと思います」
福本さんに促され、子どもたちが海岸に出て行く。2日目の午前はアウトリガーカヌー体験だ。舟体を安定させるため脇に浮きを付けたカヌーに乗る。今回のメインイベントと言ってもいい。ナビゲーター役は、元レーシングカヤック日本代表、湘南地域で自然を舞台にしたアフタースクール「TIDE POOL」を運営している今村直樹さんだ。
教委とスペースは、海に入りたがらない子たちのことも想定した体制を組んでいたが、ふたを開けてみると、ほぼ全員が海に繰り出した。
この日は、江の島の向こうに富士山がくっきり見える晴天。風が強く白波が立っている。福本さんの呼び掛けで、浅瀬で遊ぶ中学2年のカンナさんを除き、15人が材木座海岸から相模湾にこぎ出した。
「朝食に何を食べるか、どれくらい食べるか。それも小さな小さな意思決定です。それが自分らしさを形作り、自分自身で未来をつくる意思になるんだということを、頭ではなく感覚で捉えてほしいなと思います」
学びのオーナーシップは子どもたちにある。だから、せっかく来たのにカンナさんのようにカヌーに乗らないという選択があってもいい。そもそ も学校に行かない、という他の子とは違う選択したこと自体、大きな意思決定だ。今回ウルトラに応募したのも意思、応募したけれど会場には入らないのも意思だ。
「意思を強く持つ瞬間は何かをやり遂げるには大事です。きょうはやり遂げるぞと。でも、頑張るぞ、と思っても頑張れないときもあるよね。行こうと思っても熱が出ちゃったり。だけど、きのう見たように、大きな石が流されて違う形に変わったみたいに、大きな流れに委ねてみる。一人で頑張り過ぎない。とどめるだけでなく委ねる意思を持つことも大事な勇気だよね」
教育現場で意思といえば、「意志を強める」「意思決定力を高める」という方向に傾きがちだが、あえて「委ねる」。それがウルトラの真骨頂でもある。
「委ねる」を体験するのがアウトリガーカヌーだ。沖に出たい意思がある。浅瀬にとどまりたい意思がある。1そうに6人が乗るため、ばらばらの意思では進まない。対人関係が苦手な子たちが多い中、個人の意思は皆と合わせ、集団の意思としてまとめる必要がある。集団の意思が決まって も、自然の中では波に揺られ流されてしまうかもしれない。常に自分一人でジャッジし続けるのは息が詰まる。そんなときにあらがわず、意思を手放してみる。心も体も大きな海原に預けてみれば、固まった意思から解放されて楽になれる。
中学2年のカイさんは「学校に行く意味が分からない。行かなくてもいいんじゃないか」と考えている。今年度に入ってから、ほとんど学校には通っていない。カヌー体験を楽しんだカイさんが言う。「いつもは考え過ぎて委ねられないけど、きょうは何も考えなかった。無になった。そういう意味では委ねられたのかな」
カイさんと同じカヌーに乗って指導したナビゲーターの今村さんが説明する。
「思考過多になってしまう子は多いです。でもカヌーに乗ってしまえば思考じゃない。考えてもどうしようもない波、風が来る。体を動かしてこがないと進まない。その中で体感できることがあります。仲間の意思も体感的に落とし込めたと思います。協力してこがないと沖に出られない、戻れないから。風が程よくあったので、沖で『波が来た、怖い』と帰りたい雰囲気の子もいました。怖いという感情をしっかり認識すれば、自然との距離感をつかめます」
「短時間でしたが、いろんな感情が動いて、自分の意思、仲間の意思、自然の意思、手放す意思を体感できたのではないかと思います。広がるような感じ。あれがすべてです」
カヌーに乗った後の子どもたちの表情と動きは目に見えて変わった。福本さんが言う。
「流されて自分が無いと感じている子は、小さな意思決定を積み重ねることで、人生のオーナーは私なんだと思える。逆に生かされているという感覚は委ねることから気付きます。人に頼ることで新しい扉が開くこともあります。(現代は)意思を強く持とう、リーダーシップを発揮しようという流れが強いですが、不登校の子たちは強い意思を持って何かを成し遂げるのが苦手だったり、自信が無かったりする子が多いです。でも、皆がリーダーにならなくてもいい。いろんな役割があっていい。得意でないことは任せてもいい。それを体感してほしかった」
不登校の小中学生は22年度、全国で約29 万9000人。10年連続で過去最多を更新している。「学びの多様化学校には、いわゆる『学校』になってほしくない」と語る福本さん。「委ねる」に込めたメッセージは、型にはまり柔軟さを欠いた公教育に突き付けたアンチテーゼでもある。(後編へ続く)
(2024年10月1日『内外教育』掲載文)