小説「十二時」 第四章「夏の風物詩」
アープさんが曲がった机に大きな地図を広げた。
「これはライオンの王が住む城の地図だ。ここが入り口。ここが玉座。そしてこの玉座の真ん中にヘンゲウイルスが入ったカプセルが飾り付けをしておいてある。
他の部屋は…何の部屋かは知らない。」
ジルドさんが何かに撃たれたかのように突然のけぞって笑った。
「はァ!若造、お前さんは無計画すぎるぞい。そんな情報でよくあの城へはいれると思うがな。はァ!」
「ああ。彼女ならもう十分すぎるほどの情報が提供された。あとは計算だけだ。」
「ぴーぴー。ちずをよみこみちゅう。じょうほうしゅとく。
しばらく、おんがくをおたのしみください。」
No.227の口から南国風の陽気な音楽が流れ始めた。
「あら、私こういう音楽好きよ。」
僕はきいた。
「へぇ、音楽が好きなの?」
「ええ。お父さんと旅をしている頃は、世界中の色んな音楽を聴いて回ったわ。」
「ぴーぴー。けいさんかんりょう。けっかをはっぴょうします。」
「なんじゃと?もうできたのか。」
「いや、彼女は一秒間に一兆回の計算ができるんだが、ここまで遅いのは初めてだ。」
「このさくせんにおいていちばんだいじなのは…」
No.227がゆっくり腕を上げて、指をさした。
「かれです。」
No.227の指さしたのは、あの爆音トースターだった。
夜になった。夜でも市はにぎわっている。
それぞれ裏路地の出口に身をひそめていた僕たちは、アープさんの合図を待っていた。
みんな小型の無線機を持っていて、みんなの声が聞こえるようになっている。
アープさんが作ったもので、小型扇風機が装着されている。暑いときはこれで涼しむらしい。
うそつけ。
「ザザ…そろそろだ。」
スピーカから声が聞こえた。
「マイクチェック。マイクチェックじゃ。あーあー。聞こえるかの?」
「ああ。聞こえるから、爺さんは黙っててくれ。」
「なんじゃと!?ワシはこの機械を使うのが…」
「三・二・一…よし、行け!」
僕は裏路地を飛び出し、大通りを横断し、お城へ続く道のふちを走った。
お城の方へ行けば行くほど、動物も家も明かりも少なくなっていく。
「ザザザ…トースター準備完了よ。いつでも行けるわ。」
お城は水堀で囲まれていて、つり橋が一つだけある。
つり橋は荷物が運び込まれたり、馬車が外に出る一瞬だけ降ろされる。
その一瞬のスキを狙う。
つり橋の奥にはライオンやヒョウ、トラの兵士が待ち構えている。
つり橋の前まで来た。
城の堀の周りは静まり返っていて、家も少ない。僕は茂みに隠れた。
僕は無線機にささやいた。
「つり橋の前まで来たよ。あとどれくらいで馬車が出る?」
「ザザ…あと二十秒だ。健闘を祈る。」
「頑張るんじゃぞ。」
僕はアープさん作特性すっぽんを取り出した。
つり橋が降り始め、中からオレンジ色の光が差し込んできた。
馬車がつり橋を渡り始めた時、右側のずっと奥の方から声が響いて聞こえてきた。
「ハァイハイ!ミンナチュウモク!ワタシのハナシをキキナサイ!アッ!チョッと!
トツゼンサワンナイデヨハレンチな!ワタシはイツモ…」
これ以上は聞く暇がなかった。
見張りの動物たちが声の方へ走っていくのが見えた。
同時にバーデリーさんが塀から飛び立つ黒い影が見えて、
「ザザ…トースターを置いてきたわ。耳が痛いから、早くして頂戴。」
と無線機から聞こえた。
馬車が僕のいる茂みの横を通り過ぎると、つり橋が閉じ始めた。
僕は茂みから飛び出した。
つり橋が斜めになったところで、ジャンプし、つり橋にすっぽんをくっつけた。
つり橋はくっ付けたすっぽんにぶら下がった僕ごと上がっていった。
すっぽんの上に立ち、城壁から中をのぞいた。
ほとんどはトースターを見に行ったみたいで、二匹のヒョウだけになっていた。
城壁によじ登り、そのまま右側の丸い塔にむかってほふく前進した。
扉は開きっぱなしになっていた。
中は真っ暗なので、無線機付属のパープルライトを点灯した。
なぜパープルなのかは不明だ。
あちこちに弓や大砲が置いてある。
僕は壁に沿って作られたらせん階段を下りて行った。
アープさんの話では地下があるらしい。
遠くに出口を作っておけば、戦争になった時逃げたり敵軍の後ろに回って
奇襲したりできるから作られたものと解説していた。
らせん階段をずっと降りて、最下層についた。
この先に天守に続く道があるらしい。
左右に曲がりくねっている道だったが、一本道なので迷う心配はない。
途中二つのドアがあったが、確かめる余裕は無かった。
息がきれてきた。
もう一度右に曲がると、目の前に階段が現れた。
これが多分天守に続く道だろう。
後ろから鉄製の何かが落ちる音がした。
びっくりして振り向くと、ジルドさんが排水溝から顔をのぞかせていた。
今の音は、鉄格子を外した時の音らしい。
「ひどい匂いじゃのう。この国の連中はもう少し排水溝を敬った方がいいと思うぞい。」
ジルドさんは排水溝からのっそり這い出た。
「ジルドさん。」
「おお、正悟さんよ。元気そうじゃな。
コイツも元気そうじゃぞ。」
ジルドさんの後に這い出てきたのはあのNo.227だ。
「ぴーぴー。おはようございます。」
「このポンコツ、ずっと喋りおる。あと少しでヒョウに見つかるところじゃったわ。
若いころを思い出すのぉ。戦火を潜り抜け、鉄の雨の中、仲間と共に必死に走りぬいた…」
「ぴーぴー。さっさといかないと、おこられます。じーさん。」
「はいはい分かったわい。どうせワシの身の上話なぞ…」
あとは小声で、くちゃくちゃという音が混ざり何を言っているか聞き取れなかった。
僕達は階段を上った。
階段を登りきると、僕達三人がやっと入れるくらいの小さな部屋があった。
奥の壁にはしごが取り付けてあり、その上に開いている四角の穴は赤い布で塞がっている。
「なんじゃこの布は。」
と、ジルドさんが言った。
僕はその赤い布をつついてみた。
フワフワしている。
「多分シルク製の凄く上等なクッションだと思うんですが…」
「ぴーぴー。かいせきちゅう。」
No.227がクッションに触れた。
「かいせきかんりょう。けっかをほうこくします。
ざぶとん。」
「はぁー、座布団で蓋をするとは。変わった隠し方じゃのぉ。
どら、ちょこっとどかしてやるわい。」
と、ジルドさんが座布団を上へ押し上げた。
「気を付けてくださいよ。敵がいるかも…」
ジルドさんが穴から頭を出した。
そして、すぐ頭を下げた。
「おるぞおるぞ。数え切れん位おるぞ。」
「うそぉ!ここから出れないじゃないですか!」
No.227が頭を横に一回転させた。
「けいさんちゅう…けっかをほうこくします。
いまから2ふん26びょうご。
おもいきりざぶとんをおしあげてください。
あらーむをせっとしますか?」
「おお、頼むぞい。」
「ぴーぴー。じかんまで、おんがくをおたのしみください。」
今度はジャズが流れだした。
「No.227さん、あとどれくらい?」
「ぴぴぴ。あと1ぷん5びょうです。」
「本当に大丈夫かのぉ」
「ぴぴぴぴっ!十秒前です。」
「よし、一気に行くぞい」
ジルドさんと僕は、座布団に手を添えた。
何と無く手ごたえがある。
「三…二…一…せえぇぇい!!!」
座布団を全力で押し上げた。
それと同時に何か悲痛というか、情けない金属と金属がこすれるような声?がした。
頭を出すと、目の前に赤い布でできた壁があった。
「グゥァァアルル!!誰だ!」
と、太い勇ましい声がしたので振り返ってみると、そこにはまぶしい程キラキラした衣装や
飾りをつけてる大きな鬣のライオンが、しりもちをついていた。
どうやらこれは椅子らしい。椅子は椅子でも、大きな玉座だ。
大きな玉座のクッションの下が、なんと地下通路の出口だった。
「こ…このぉッ!!!」
ライオンの王様は声と体を震わせている。
マズイ。非常にまずい状況なのが分かってきた。
僕達は王様をしたから押し上げて、ひっくり返してしまったのだ。
周りには凄い筋肉の虎やヒョウの兵士たちが目を大きく見開いてこちらを見ている。
この部屋の中心に花や宝石で綺麗に飾られた二リットルのペットボトル程の大きさのカプセルが置いてある。おそらくあの中に…。
「兵士たちよ!この者をひっとらえよ!」
あっという間に僕たちは穴から引っ張り出され、ロープででぐるぐる巻きにされてしまった。
No.227はいつの間にかいなくなっていた。
王様は玉座にどっかりと座った。
僕達は王様の前にひざまずかされた。
「さて。時間はたっぷりある。貴様らの話を聞かせてもらおうか。
いったい何が狙いだ?」
「あーと…」
その時、王様の横に見覚えのあるおサルさんの姿があった。
アープさんだ。
凄くきらびやかな衣装を着て、すまし顔で王様の横に立っている。
どうやら、大臣に変装しているらしい。
「どうした、早く申してみろ。」
「僕は…えーとその、王様に大変珍しい物を献上しようと致しまして。」
と、その時、僕の話を割って、兵士の声が聞こえた。
「ライオネル様!外で叫んでいたものを捕まえました!」
振り返ると、三人の兵士に抱えられたあのトースターが部屋に入ってきた。
トースターは何かよく分からないことをしゃべっている。
「ほう…なんだこれは。貴様の珍しい物、と言うのはこれの事か?」
「え、ええ。そうでございます。」
王様は玉座から立ち上がった。
「ほう。確かに見たことのない生物だな。」
と、興味を持ったようで、兵士に抱えられたトースターに近付いた。
「よしッ!今だッ!」
と、大臣姿のアープさんが叫んだ。
すると、トースターから白い煙がシューっという音と共に出てきた。
「ぐっ!何だこれは!?」
アープさんは、僕達の縄を切った。
「No.227!夏の風物詩モード!」
「ぴぴぴ。了解しました。」
No.227が隣の部屋から壁をぶち壊して登場した。
「正悟、そのカプセルを持て!」
僕は飾りを払いのけて、小さめの炊飯器位の大きさのカプセルを持った。
「よし行くぞ!僕につかまるんだ!」
なんだかよく分からないまま、僕とジルドさんはアープさんにしがみついた。
「ジェロニモ(さぁ、行くぞ!)ォォォォォォォッッ!!!!」
僕達は思いっきり窓に突っ込んだ。
飛び散るガラスの破片。
空には星が輝き、地上には夜でもにぎわう市の明かりが見えた。
このまま落下するかと思いきや、体がふわっと浮くような感覚だ。
見上げると、アープさんがバーデリーさんの足をしっかりとつかんでいる。
「遠くまでは飛べないわよ!」
「いいんだ!堀の外に出てしまえば、何の問題もない。」
後ろから、大きな爆発する音が聞こえた。
振り返ると、僕達が割って出た窓から、カラフルな火の玉がいくつも飛び散っている。
花火だ。
夏の風物詩とは、花火の事だった。
「アイツには昔散々な目に合わされたからね。それのお返しって訳さ。」
と、アープさんは微笑した。
「いやぁ、こんな冒険なんて久しぶりじゃのう。いい土産話ができたわい。」
「いや、僕たちの冒険はまだ終わっていない。皆を元に戻さないとね。」
僕達は市の広場に降りた。
周りの動物はなぜか知らないけど、歓声を上げて僕達を迎えてくれた。
「みんな、王様が苦手だったのね。」
と、バーデリーさんが言った。
奥に見える城からは、まだ花火が打ちあがっていた。
色や形を変えながら、花火は美しく舞う。
僕は、お母さんとお父さんと一緒に、夏祭りに行ったことを思い出した。
その思い出の絵をかいて、夏の宿題の表紙になったことも。
そして、今のお父さんとお母さんを思い出した。
なんだか、とてもむなしい。
今のままじゃ、ダメなんだ。
「正悟、大丈夫?」
と、バーデリーさんに声をかけられてハッとした。
「ああ、ああ。大丈夫だよ。いろいろあって、疲れてさ。」
ガチョウの楽団が、テンポの速い南国風の曲を演奏し始めた。
アープさんを見ると、赤いドレスを着たワニと踊っている。
ジルドさんは、同じくらい年齢の動物たちと木製のジョッキ酒を飲んでいる。
動物たちは皆、歌って踊り、お祭り騒ぎだ。
オカピがボールの上でくるくる回ったり、象がタップダンスをしたり。
キリンがマイクを持って歌ったり、大きな牛がリズムに合わせてモゥモゥ鳴いたりしている。
フラミンゴの赤い羽根が舞うダンスは、動物たちの目を引き付けて離さない。
動物たちは皆一つになって、バカ騒ぎをしている。
「ねぇ、私たちもみんなと一緒に盛り上がりましょ?」
「うん、そうだね。」
僕とバーデリーさんは手を取り合い、お祭りに加わった。
祭りは夜通し行われ、みんな疲れて倒れるまで歌って踊り明かした。
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