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もう一度「ドキンちゃん」と呼ばれたい。

私が通っていた高校は、運動会に力を入れている、伝統ある文武両道の進学校でした。
運動会というと、中学時代のつまらない体育祭しかイメージになかった私は、高校一年生の夏、初めて熱い運動会を目にし、驚いたものです。

まず、これはどこでも同じだと思いますが、4ブロックに分かれ、それぞれにクラスが振り分けられます。
高校一年生の私は11組、白ブロック。

そして、ブロック毎に、主体となる運営チームのようなものがあり、3年生を中心としたメンバーで構成されます。
そのメンバーの中で、各競技や雑用等、細かく役割が分かれていて、その係によって、練習等が運営されます。因みに、ウチの高校では、教師の関わりは、ほぼ0%。

運動会の練習から本番までの間に、各競技等の練習の他に、バック作業というものがあります。
これは、本番当日にグラウンドに仮設されるブロック席の後ろに立てる大きい絵の事で、これを作る作業を放課後、リーダーを中心に、ブロック生も集まって行います。

ブロック生のバック作業への参加は任意なのですが、一年生の頃は、初めてなので、皆一度は参加します。
人見知りで運動神経もさして良くなかった私は、運動会に関わる全ての物事が面倒だったものの、真面目ではあったので、結構な頻度で参加しました。

色を塗る作業をしながら、先ずは先輩から名前を聞かれます。そして、あだ名をつけられて、運動会の練習や作業の間は、そのあだ名で呼ばれることになります。あだ名は、先輩方にもついていて、ブロック生も、先輩をあだ名で呼んでいました。

私にも、2〜3人の先輩があだ名をつけようとしてくれたのですが、そのあだ名がお世辞にも呼ばれたくなるようなあだ名ではなく、苦笑いで誤魔化していたところ、もう1人の先輩が現れて言いました。

「ドキンちゃんは?」

ド…ドキンちゃん?何故?しかもキャラクターの名前のまんま…。
微妙だな、とは思ったものの、既に数回あだ名を断っているので、さすがにこれ以上断るのは気が引けます。

沈黙を肯定と受け取られたのか、「ドキンちゃんでいいかな?」と言われ、おずおずと「いいです…」と答え、晴れて私のあだ名は、「ドキンちゃん」となりました。

命名してくれた先輩のあだ名は「ソルティ」。
それからソルティ先輩とは、作業で顔を合わせると、少し言葉を交わすようになりました。

ソルティ先輩は、人見知りの私にも、よそよそしいでも、厚かましいでもなく、ごく自然に声をかけてくれて、作業に行く度に、「ソルティ先輩と今日も会えたらいいな」と思うまでになりました。

恋、とは少し違ったと思います。
憧れ、が一番近いでしょうか。

眩しい存在で、2つ上の先輩が凄く大人に感じて…。
それに、運営チームの和気あいあいとした雰囲気も、私の憧れの対象でした。

実は、ソルティ先輩をキッカケに、「私も3年生になったら、運営チームに入ろう」とまで決めたのです。(これは現実になりました。)

そうやって、学校行事の中で1番苦手だった運動会を好きになり、終わっても尚、余韻に浸っていたのですが、ソルティ先輩とはもちろん、接点は少なくなりました。

それでも学校で顔を合わせるといつもの如く自然に声を掛けてくれたので、私も、緊張はするけどリラックスしてお話出来ました。何だか幸せな時間だったと、今しみじみ感じます。

ただ、先輩が卒業して以降、どこで何をしているのか、私は全く知りません。
連絡先も交換していなかったし、どこの大学に行ったとかいう話を、周りの人から聞くことがありませんでした。
多分、先輩のその後を知る人は周りにいたと思うのですが、私はそんなに友達が多い方ではなく、耳にする機会がなかったようです。

あれから10年以上の月日が経ちましたが、今はどうされているのでしょうか。
いつもあだ名で呼んでいたから、本名は名字しか分かりません。しかもごくありふれた名字。

だからSNSを駆使して調べる事はできないし、ソルティ先輩はおろか、私は高校時代の友人とそれほど連絡を取る仲でないので、他力に頼る線も薄いという状況です。
そもそも、憧れだった割には顔を朧げにしか覚えておらず、道で偶然すれ違ったとしても、気付けないかもしれません。

久々にソルティ先輩の事を思い出していたら、こんなエピソードも思い出しました。

運動会が終わって後日、運動会で使用したTシャツに、お互いにメッセージを書くという時間がありました。
私はもちろん、ソルティ先輩にメッセージを書いてもらったのですが、そこに「この運動会であなたは本当に変わりました。成長しました。」みたいな事を書いてくれたのです。

人の事をよく見てくれてたんだなぁ、今思い出しても大人だなぁ。思わず、感激。


会いたいなぁ、ソルティ先輩。


向こうはきっと覚えていないだろうけれど。
それでも、私に良い影響を与えてくれたのは間違いないのだから、会って直接感謝を伝えたい。あの頃は人見知りで、あまり素直には話せなかったから。

今よりもっと未熟だった私の中に自然と入って来てくれたあの人に、また会いたい。

そう言えば、例年通りならば、今週の土曜か日曜が運動会だったような。
きっと現役の高校生達は、コロナ禍で様々な制約を受けた事でしょう。まさか、今年も中止?なんて事はないよね。

運動会という、幼稚に見える催しの中でも、人との触れ合いによって何かが生まれるのだから、不要に分断が促される昨今の世の中から、早く目覚めて欲しいものです。


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