見出し画像

実は、父親を恨んでいます。

実家に住んでいた頃、よく家族で出かけていた近所の洋食屋がある、

昔からある人気店で、懐かしいけれど、家庭的すぎる所もなく、上品で凄く美味しいお店。

値段も丁度いいので、気軽にランチに使ったり、クリスマスディナーでステーキを食べたりしたこともあった?

数年前、私の誕生日にも、そのお店に家族4人で出かけた。

いつものように、大好きなメニューと、美味しいワイン。

いつもと変わらない幸せな光景。

違うのは、私の背もたれの向こう。

思わず、緊張で背筋がピンとしてしまう。
食事の味もお酒の味も、何だかよく分からない。

だって、王貞治監督がいたから。
私達の後ろのテーブル席に。

そんなに広いお店ではないので、私が座る椅子の背もたれの向こうに、30cmほど離れて、王監督の後ろ姿がある。

もう、誕生日どころじゃない。

いつもと同じで美味しいはずなのに、もう気が気でない。

ソワソワする私たち家族。

そこで、厚かましい母親が、王監督に声をかけた。

王監督ですよね?って。

うちの息子、野球やってるですよ。って。

私の弟は当時高校生で、お世辞にも上手いとは言えないけれど野球が大好きで、小学校1年生の時から続けていた。

王監督は、非常に気さくに、「どこの高校なの?」「ポジションは?」「頑張ってね。」などと、声をかけてくれた。

一緒に来ていたマネージャーか球団関係者か何かの方も、特に止めるでもなく、王監督と話をさせてくれた。

こんなに自然体で接して下さるのもびっくりだが、普通にテーブル席に座っているのもびっくりだ。

あくまでも普通に。他のお客さんと同じように。

しかも、凄いのが、店員さんの対応も至って普通というところ。
もう何度も来ているからなのか、王監督に対して、やたらと丁寧に対応したり、VIP扱いしたりするのでなく、他の方と同じように接している。
(このお店、毎週火曜が定休日なのですが、クリスマスであろうと、火曜日なら休みなんです。笑)

さすが、人格者だなぁと。
誰に対しても平等に、丁寧に、真摯に、対応する。

家族4人で大感激。

王監督が帰る間際になって、私達はテーブルから総立ちで頭を下げた。

弟にまた、何言か声をかけてくれ、握手をお願いし、2ショット写真も撮らせて頂いた。

それから、王監督ドンピシャ世代で野球好きの両親も握手。
さて、次は私の番かと思って手を伸ばしかけたら、ワインを飲んで饒舌になった父が、王監督に、「亡くなった母が、王監督と同じ誕生日だったんですよ。」と大声で言い出した。

それから、店の前に泊めている車に乗り込む王監督を、弟は追いかけて見送った。

私は呆然とする。

は?

亡くなった母が、王監督と同じ誕生日?

でも別に、祖母は取り立てて王監督のファンだった訳では無いはず。

父の一言により、私は、王監督と握手をすると言う、人生で二度と訪れないチャンスを逸した。

父よ。

貴方は、生きている娘の誕生日より、亡くなった母親の誕生日の方が大事なのか。

男はやっぱり、この世で一番、母親が大事なのか。

王監督に会えて、声を聞いて、そのオーラを感じられただけでも大満足だし、確かに家族の中で、1番野球を知らないのは私だから、仕方がないと言えば仕方がない。本当に握手がしたければ、タイミングを外していたとしても、王監督に握手を申し出ても良かっただろう。


でも、納得がいかない。

あの一言を、父が言わなければ、と思ってしまう。

娘のチャンスを奪ったんだから、多少の金銭的援助も当然ではないかと感じてしまう。


ひー。男なんぞ信用できない。

いいなと思ったら応援しよう!