学校生活
嫌いな女に友人からもらった菓子を奪われた。一瞬のことだった。にやにやしながらそれを頬張る女は地獄に巣食う餓鬼のようにしか見えなかった。こころのあたたかい肉の部分の鎧が剥げてしまって、ヒューヒュー冷たい空気に触れて表面から凍っていく気がした。
泣きそうになって、我慢して、下唇を思い切り噛んだ。
鉄の味が口に広がり、はっとしてそっと顎に触れた。親指に付着した鮮やかな赤に目を奪われる。
どうしたの?黙りきった私を心配する友人に怪我を気づかれないよう、一つだけ手のひらに残った菓子を口に放り込んだ。
4限目が始まる。
薄暗い美術室で皆が黙々とデッサンを始める。絵を描くのは好きだ、好きだった。シルエットも陰影の付け方も分からないけれど、自分の心境を言葉で表すのが苦手だった私はいつの間にか絵という別の表現方法を生み出した。
上手だね、私にもかいて、イラストレーターになれるよ。沢山チヤホヤされた。インターネットを始めた時、年下でも私より上手い奴を見て、現実を知って、吐いた。
それから私が絵を描く理由は自我を晒すためというより、クソみたいな自尊心を守るためになった。こんなもの早くに壊れていた方が良かったのだが、昔の私にはそれより大切なものなんてなかった。
プライドが木っ端微塵に潰されたのは何時だろう、暇つぶしにイラストを描かせた友達が美術部に入っている私よりも上手かった時か、それとも渾身の絵が伸びなかった時か、それとも……。多分気づかないうちにすり減っていつの間にか無くなっていたのだろう。
特別秀でたところもない私のアイデンティティは絵が描けることだけだった、そして、社会でそんなものは個性として通用しないことも。私には何も無い、学力も体力も社交性も他人から愛される要素なんて何も持っていなかった。
ティッシュペーパーの柔らかな質感を表現出来なくてがむしゃらに消してまた描いてを繰り返す、どんどん黒ずんでいく紙に苛立って思い切り練り消しを擦りきった。ビッビリリ、と嫌な音がした。上から半分に裂けるデッサン、無駄になった55分。喪失感。上手くないのはわかっている、それでも私にとってはもしかしたら褒められるかもしれないと淡い期待を胸にして描いたものだった。
全て自分で台無しにしてしまった。
4限目が終わっていく。
5限目の始まる直前に落書き帳を広げた、描きかけの自画像。理想の私。
この絵を完成させてから、現実も変えていく。整形する、髪を伸ばす、化粧をする、お洋服を整えて狭いアパートの一室を出る、夜の宇都宮でインターネットで出会った名前も年齢もしらない人と待ち合わせをする私。
5限目が始まる。