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掌編小説「アスファルト上のピラニア」

俺の幼馴染が交通事故で亡くなった。
それを知らせたのは夕方のニュースだった。
横断歩道を渡っていたら右折していた車にはねられたそうだ。

ちょうどあいつから来ていたメッセージに返信をしようとしていた頃合いだったのでニュースキャスターの単調なトーンで知らせるそのニュースは全く現実味を帯びていなかった。

「子供の頃さ、道路の白線以外にピラニアが見えるって言ったの覚えてる?」

俺は小学四年の時、街のほうから田舎にある母方の実家に引っ越した。理由は親の離婚だった。
当然、学校は転校せざるを得なかったし、何より街中にあるカードショップに滅多に行けなくなることが残念で仕方なかった。

街から来た俺をクラスメイトは遠巻きに接した。
無理もない、コンビニまで行くのに車が必要なくらい田舎の小学校に地方都市の中心部から来た俺を歓迎する奴はいなかった。
そして俺は一年生の時から空手をやっているせいか、同じ年代の子供より少しばかり体格が良かったのも手伝った。

しばらく退屈な日々を過ごしていたある日、隣に座っている男子生徒に話しかけられた。
「J市ってカードゲームのショップいっぱいあるんだよね?君もよく行くの?」
恐らく勇気を振り絞り、声をかけてくれたのだろう、笑顔もぎこちなくすこし歯切れも悪かった。
「いっぱいある。土日とかに大会もやってるし。何で俺がカード好きってわかったの?」
そう聞くと少し恥ずかしそうに俺のランドセルの脇につけてあるキーホルダーを指差した。
「そのモンスターのキーホルダー、カードをたくさん買った人にもらえる特典だよね?僕も欲しかったんだけどJ市に行く機会あんまりないから」
その通り、正月にカードショップでお年玉を全額使って得た戦利品だった。

それから優希とはよく話すようになり、お互いのデッキを見せあったり、二人で最強のデッキを作るという遊びを飽きずに何度も繰り返した。

しかし優希はクラスでは目立たない方で、気が弱いため、リーダー格の男子にいじられたり、小突かれたりすることもあった。
俺が盾になるとそいつは何だよ、と踵を返した。
優希の家は少し裕福でカードやゲームをたくさん持っていてそれを面白くないと思っているようだった。
俺がかばう度、ごめんと申し訳なさそうにする彼の顔は今でも覚えている。

そして決定的な事件が起きたのだ。
その日俺は、空手教室に行くため、学校が終わったあとすぐに隣町まで自転車で走った。
大会が近いので最近優希とあまり遊べていなかった。
「頑張ってね。大会見に行くよ」と毎回送り出してくれた。

しかし次の日もその次の日もそのまた次の日も優希は学校に来なかった。理由は体調不良だ。
優希はいじめっ子に小突かれたり、怒鳴られても学校を休むことは今までなかった。さすがに心配になってきた。

休み時間、次の授業の準備をしていたところ、リーダー格の男子が大声でレアカードゲットした!と周りの男子たちに自慢していた。
気になってその男子を見ると、俺が優希にあげたレアカードだった。
俺は瞬時に何が起こったのか想像がつき、頭に血が昇るのがわかった。
あまりこの辺は覚えていないが、リーダー格の男子に馬乗りになりカードを返せと大声でさけび体を揺さぶっていたそうだ。断じて殴ったり蹴ったりはしていない。
女子が先生を呼びにいき、その後は先生や親から怒られた。

その帰り、溜まったプリントを届けに優希の家に行くと優希の母親が部屋にあげてくれた。
今日起こったことを言うべきか迷ったが、全て話すといつも通りごめんと申し訳なさそうに謝った。
何でお前が謝るんだよ。

その次の日から優希は学校に来るようになった。
リーダー格の男子もあの日以降、優希にちょっかいを出すことはなくなったし、奪われたカードも戻ってきて一件落着となった

かのように見えただけだった。
それは一緒に下校した時のことだ。
横断歩道を歩いていても道路を歩いていても優希の様子がおかしい。話し方や表情はいつも通りだが
白線しか歩かないのだ。どうしてと聞くもはぐらかしてなかなか答えてくれない。
その後その理由を知ったのは優希からではなく優希の母親からであった。

「あの子ね、白線以外のところにピラニアが見えるっていうのよ。」

白線が消えかかっている道路を見てパニックになったことがあったらしい。 
あの事件の前までは白線以外のところも歩いていたしおかしい様子はなかった。

俺が何度もしつこく聞くので優希は小さい声で無機質なトーンでこう言った。
「白線以外のところにピラニアが見えるんだ。」
その後何度聞いてもそれ以外は答えなかった。
カードを奪われた事件が関係しているのだとは思う。

リーダー格の男子はその後中学受験をし、街の方の中学に通うことになり、ほとんど顔を合わせることはなくなった。
やがて中学に上がるとどうやらピラニアはいなくなったようだった。

高校、大学は別々の進路を歩んだが、暇さえあればカードゲームをしたりお互いの家でゲームをした。

就職してからはさすがに会う頻度が少なくなり3ヶ月に一回程度飲みながらカードゲームをする。

優希の仕事はweb関係の仕事で、定時で終わることはほぼなく、深夜まで残業はざらだった。
俺はというと、スポーツジムのインストラクターとして働いており、シフト制なのであまり優希と時間を合わせることができなかった。

昔のことを思い出したのは優希からのメッセージがきっかけだった。

「子供の頃さ、道路の白線以外にピラニアが見えるって言ったの覚えてる?」

酔っ払いながら何だっけと思い巡らす。
あぁ、そんなこともあったなぁ、と。
酔いが覚めたら返そう。あの時お前に何があったんだ?って。

葬儀で優希の同僚達からから優希のことを聞いた。

「長谷川、仕事出来るから上司に疎まれて、一人じゃこなせない量の仕事してたんです。」
「長谷川さん、文句一つ言わずこなしてたなぁ」
「いつも深夜まで仕事していたなぁ」

優希、もしかして最近もピラニアが見えてたんじゃないか。

ピラニアが見えて、パニックになって近づいてくる車に気づけなかったのかもしれない。

「実は今も見えてるんだよね」という声が聞こえた気がした。

その日から俺にもピラニアが見えるようになった。
俺はそれでもピラニアの上を踏み潰すように歩き続けた。

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