ぬくもりの椅子
ちょうど我がカフェをリ・オープンしてから一年が経った頃、利便性を考え店から程よい距離に新しい住まいを見つけ、引越しをした。
そこは、以前よりも若干小さな間取りであったので、快適生活の為に僕達夫婦に課せられたミッションは、持ち物を極端に減らし生活をスリム化する事であった。
そうは言っても新店舗の計画段階からモダニズム建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエのお言葉「Less is More 少ない事はより豊かな事」をコンセプトに掲げていた僕達にとって、自分達の暮らしぶりもシンプルにしていく事は、とりたてて大変なことではなく、むしろ必然的な流れであったのかもしれない。
必要で無くなったモノはもちろん、使わずにただ持ち続けていたモノ、いつの日か使うだろうとずっと取ってあったモノ(結局は使っていないのだ)などを片っ端から処分していくと、体重ならぬ家の重さが軽くなり、僕達のフットワークまで良くなったような気がした。
部屋の隅々にまで心地いい風が吹きわたり、今まで停滞していた物事が一斉に動きだし循環していくような、とてもすっきりして清々しい気持ちになったのである。
モノを少なくシンプルに暮らすと、部屋の中にでっこみひっこみが無くなり、隠れて見えない部分も減ってくるので掃除がとてもしやすい。
家の中全体をいつもさっと見渡すことができ、秩序を保つにはとても効果的である。
何か僕達の混沌とした部分が一掃され、新しく作られた心のリビングに、本当に大切なモノだけがポンッポンッと的確に配置されたような感じである。
モノを捨てシンプルに暮らすことによって得られたこの感覚は、とても有益であった。
「全てを手に入れることは何も無いことと同じである。振り出しに戻り、また何かを探し求めるからだ」
そんな言葉を思い出した。
人はきっとシンプルに暮らしたいと潜在的には願っているはずである。
物質的なことではなく心が豊かになれば、幸せの本当の意味を知ることが出来るのかもしれない。
まだまだ現在進行形であるこの片付けなのだが、ここのところ思うことがある。
果たして、必要のないものとサヨナラすると本当に大切なものがそっとやってくるのではないだろうか?
そう、その椅子も驚くほど自然にそして優しく僕の心のリビングにやってきた。
それは今夏の始まりの頃だった。
25年以上使っていたリビングソファがいよいよ駄目で、夜毎マウスをカチカチやりながらお気に入りを探していた時のことだった。
その椅子をはじめて見たとき、僕の中に強烈なイメージが突き刺さった。
それは、生後間もない野生の小鹿が健気にその四肢を大地にふんばり、震えながらもついには自力で立ち上がった様である。
その美しくも力強く立つ野生の姿。
僕にとってその椅子の佇まいは、まさにそれであった。
Denmark FREDERICIA®︎社 J49
Design: Morge Mogrnsen
何とボーエ•モーエンセンの椅子だったのである。
どうも2012年、フレデリシア社によりこの椅子の復刻生産がはじめられたようだ。
(オリジナルは後述するFDBモブラー社)
ここでボーエ•モーエンセンをさらっと紹介しておこう。
彼は家具作りをデンマーク王立芸術アカデミーで学んだ。アカデミーでは当時家具デザインの教授であったデニッシュデザインの父、コーア•クリントに師事。その後若干20歳で家具職人としてマイスターとなる。その才能を認めたコーア•クリントは、自身の後継者に彼をと考えていた程である。
1942年FDB(デンマーク生活協同組合連合)の家具部門〈FDBモブラー〉の設立にあたりその責任者となり、その後の1947年、ドイツ占領下の貧しい時代にもローコストで製作可能な椅子〈J39〉を生みだした。
アメリカのシェーカー家具をリ•デザインしたこのシンプルな椅子は、現在も人気であり、デンマークのそこかしこで見る事ができるベスト&ロングセラーである。
ひょっとすると、親友であるハンス•J•ウェグナーの名作 〈CH24 Yチェア〉よりも人々の生活に密着している椅子なのかもしれない。
さて、このJ49、デザインは1944年。
この年、先のFDBモブラーが革新的なコンセプトショップをデンマークに開いた。
その店内には、第二次大戦下である当時のアパートの一室に簡素な家具や調度品を配置したショールームが作られていた。
物資も乏しく戦禍の中で懸命に生きる人々。つつましい日々の暮らしの中にも、食卓を囲み家族と過ごす安らぎのひと時。
そんな小さな幸せを一人でも多くの人が享受できるよう、彼は簡素かつ安価でありながらも質の高い家具をデザインした。
そう、そのショールームに展示された椅子こそJ49だったのである。
イギリスのウィンザーチェアをリ•デザインしたこの椅子は、彼のお気に入りの木であり、デンマークでは家具材としてポピュラー&ローコストなビーチ材が使われた。
少し高さのあるスポークバックにプライされた板座面はとてもシンプル。
デコラティヴであるウィンザーをスッキリさせたデザインである。
脚の貫部分の裏にはBorge Mogensen by FREDERICIA®︎とある。
仕上げはuntreated(無塗装)の他にペイントモデル(黒、白)とクリアラッカーの
バリエーションがあるが、それでもこの椅子は無塗装モデルをあえて選びたい。往時のデンマークの人々がそうであったように。
普通の人々の普通の暮らしと共にあったであろうJ49。
喜びや悲しみ、出会いそして別れ。
ドラマティックな人生のステージひとつひとつにそっと寄り添い、時の経過とともに色を変え歴史を刻みながら生きていく椅子は、大切な家族の一員であったに違いない。
モーエンセンの優しさと温かな心を形にしたぬくもりの椅子であるからこそ、人々はJ49を深い愛情を持って迎え入れたのだろう。
そんな事を想いながら、僕はこの椅子を「いつの日か我家にも」と心に決めたのだった。
暑かった夏がようやく落ち着きを見せ始め、吹く風がほんのり秋めいてきた9月。
店で「週末だけの小さな北欧展」と題した小さな企画展を行った。
これは我がカフェの人気企画「週末のミニミニ講座」のスペシャル版としてずっと温めてきた企画だった。
北欧愛好家であり、とりわけハンス•J•ウェグナーの椅子をこよなく愛する常連のお客様の協力を得て、コレクションの中から厳選した工芸品の数々とウェグナーの名作椅子を数脚展示した。
会期3日間という小さな展覧会であったにもかかわらず、多くのお客様にご来店頂き、大変有意義で、かつ素晴らしい時間を共有することが出来たのだった。
その時の店内には、遥か太古の森や湖を越えて吹き渡る、スカンジナビアの風が届いていたのではないだろうか。
その風に乗ってやってきた森の精霊や妖精が、僕達に魔法をかけていったに違いない。
もちろん北欧の逸品達が一堂に会した空間には、それらを生みだしたデザイナーや
マイスター達の、芸術的なパワーが満ち溢れていた。それら2つの大いなる力は速やかに僕達に作用した。
何と望んでいたJ49との「いつの日か」は、比較的早く訪れてしまったのである。
秋が終わりを告げる頃、2脚のJ49が我家にやってきた。
それはまさしく人と人との温かな心の通いあいと、とりまく事象の素晴らしき巡り合わせがもたらしてくれた
「小さな幸せ」と言えるものであった。
本当に大切なモノ•コトというのはいつもそっとやって来る。
それが必要である時に…。
僕は今この原稿をJ49に座って書いている。
明日は雪になりそうだ。
凛とした夜の冷気が足元から這い上がってくる。予報によると今年の冬は寒い冬になるらしい。
凍える夜、素顔のままのぬくもりの椅子は、ほんのりと暖かく僕を包み込んだ。
その時僕は、
モーエンセンの優しさを確かに受け取った。
そんな気がしたのだった。
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*この内容は2012年に拙ブログのカテゴリー「モノ物語り」にUPしたものから抜粋し、改めて加筆・修正し投稿致しました。
尚、J49は惜しまれつつも廃盤となってしまいました涙