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Writing Fiction

在宅勤務が始まって時間に余裕ができたので、今までしたかったけどしなかったことに取り組んでいる。今回はそれについてつらつらと。

書く生活がはじまらない

書こうと思うことはたくさんあったのだけど、うまく書けずにやめてしまう。そんなことを何度か繰り返していた。それが日記であれ、感想文であれ、小説であれ、なんであれ、頭の中にあるものと表現できたものとの乖離が大きくていやになる。技術が足りないからとライティングコースを調べるくせに、時間やコストを言い訳にして遠ざける。書いてはがっかりして、調べては言い訳を作る。言い訳だけをプロダクト。こんなことを何周か繰り返してるうち、在宅勤務がはじまった。好機。

前からオンラインでフリーのライティングコースがあるのは知っていた。時間的な問題だけがネックだったが、今回は時間がある。言い訳も作れない。なにより、やめたかったら気軽にやめられる。いつでもやめられるから始められることもある。なんでもかんでも人に覚悟を求めるべきでないと学んだ。

3fact 1fiction

コースは3fact 1fictionというワークから始まった。あー書くことを始めたんだと実感し楽しめた。フィクションといえば、銀河バイパス建設のためにある日突然地球が爆発するとか、コンピューターに支配された人間を助けるために仮想空間と現実をいったりきたりするとか、そういうイメージがあった。違う。たくさんの本当のことに少しの作り話を混ぜるだけでフィクションはできあがるのだ。

男が富士通のパソコンで作業をしている。ソニーの携帯で話しを始めた。男の腕にはHUAWEIの時計が光っている。そう、ここはapple社の存在しない世界だ。みたいな。

本当にあることを、まずはしっかり描けるようにする。豊かで詳細な世界を作り、嘘をポンと世界に落とす。すると物語自身が語りはじめる、らしい。上の文章であれば、macbookを作らないスティーブジョブスがwindowsを使うかもしれない。

その後もこんな感じで、書くことのポイントを教わる。一人称や三人称などの視点を用いてキャラクターの描き方を変えること。人物を直接ではなく、環境の描写などを利用して間接的に描くこと。夜の高尾山を歩くのか夏のマヨルカ島を歩くのかで登場人物が考えることも違うだろうし、建物の影が長く伸びるのか短く伸びるのかでも日の位置が違う。物語を構成する全てに意味がある。

Reading As Writer

もっと作家として読めるようになりたい。書くことを体系的に教わってみると、書くことがどれほど単純で奥深いのかが分かる。物語を書くとは奇跡に近い行為ではないか。再現性のある奇跡だ。最近ジョイラッククラブを読んだけど、もう奇跡。

上達しているかは分からないが、なんだかんだ楽しめている。今はやっと全体の20%まできたところで、終わる頃にどんな文章を書けるのか楽しみだ。小説を書くなら自分からできるだけ離れたキャラクターがいい。明るくて軽い話がいい。

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