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街と文化を愛し、エスプレッソの道に生きる人。/ MOONDOGG ESPRESSO ROASTERS 鈴木敏和さん【後編】
【前編】【中編】はこちら
仕事以外でウェイトが大きいのは柔術、そして音楽
―――仕事以外の話もここら辺で。今の自分を構成してる要素って聞かれたら、お仕事を除くとまず何が浮かびます?
柔術はかなり大きいね。柔術っていうのは日本古来の武術で、わかりやすくいうと柔道のもともとのかたち。ブラジルに渡った柔道家が伝えた柔道がブラジルで形を変えて日本に逆輸入されて「ブラジリアン柔術」って呼ばれてるけど、もとは日本のお家芸。
僕、もともとは独学で始めたのよ、格闘技。雑貨屋を始めたときのビルに荷物置き場みたいになってるフロアがあったから、もったいないなぁって思ってそこに畳を敷いて道場開きみたいなことして。空手、柔道、レスリング、ボクシング…とか武道・格闘技をやっている人たちを集めて互いに教え合いながらしばらくやってた。だんだん人数が多くなって体育館を借りたりするようになってきたら、いくつかの柔術チームの合同練習と僕らの練習が重なるタイミングがあって。興味はあったけど自分もメンバーたちもお店とかやってたりするから、決まった曜日と時間に練習に参加するのは無理だし、って諦めて我流で続けてた。で、そんななか隣り合った黒帯の人に「柔術みたいな動きしてるけど本当に自分たちだけでやってるの?独学でこんなに動ける人、見たことない」って。「センスあるから真面目にやったらめちゃくちゃ強くなるよ」って言われて、それでやり出した。そこで声かけてもらってなかったら、僕、柔術やってないと思う。僕が今入ってる柔術チームは「ねわざワールド」っていうとこなんだけどね。そのときの黒帯の人は合同練習してた別のチーム所属で、なんと、ここの大家さんだった、笑。
元々格闘技とかスポーツ何にもやってないんだけど、好きこそものの上手なれっていうやつなんだと思う。柔術やって10年経ったけど全然飽きないし、きっとこの先もやる。上には上がいるからもっと強くなりたい。
あとは柔術の精神の部分も好きなんだろうね。とにかくね、勝負をしたいんだよ、しかも、1対1の。日本で対戦っていうと基本的にはチームプレイじゃなくて1対1でしょ。柔道、剣道、空手、相撲 、あと将棋とか囲碁もそうだよね。負けたら自分の責任、逆に言えば人のせいにしたくないという潔さ。僕はね、負けること自体は悪くなくて、負けたあとにどう立ち上がるかの方が大切だって思ってる。それは格闘技とか戦いだけに限らなくて、生き様だね。
余談だけど昔うちに来てくれてた結構なお歳のお客さんがいたんだけどね。何度か話してみたらその人が格闘技やってることがわかって。どうして格闘技やってるんですか?って聞いたら「男はよぼよぼになっても母ちゃん守んなきゃなんねえんだよ」なんて言ってさ。かっこいい!って思っちゃって、それで自分たちでやり出したっていうのももしかしたらあるかもしれないね。いい話だなと思って。
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あとは音楽も大好き。理屈じゃなくてわくわくする、声が出ちゃう、体が動いちゃう。ジャンルを問わず音楽にはそういう力があるよね。
ーーーそうそう、今日はKOP (歌謡曲オンパレード )のことも聞きたいと思ってたんですよ。
お、いいこと聞くねぇ、笑!さっきトロントのアートフェスの話をしたでしょう?イベントじゃない日にも同じエリアに行ってみようって繰り出してバーに行ったことがあったのね。そしたらお店いっぱいのお客さんがいて、音楽かかっててわいわいがやがやしててすごく活気があっていい雰囲気で。そこに「リクエスト入りました!」みたいな声が聞こえて。そしたらさっきまで流れてた店内BGMが止まって、置いてあったジュークボックスが、ぐいーん、ぱたんって動いてレコードがかかる。それがジョニ・ミッチェルかなんかカナダの国民的アーティストの曲だった。その瞬間に店員さんも仕事やめて出てきちゃってお客さんに混ざって、そこにいる全員が1人残らず大合唱。それを見た時に、いやぁ、すごい光景だなぁって。ちょっと羨ましいって思ったもん、自分も一緒に歌えたらよかったなみたいな。とてもいい文化だってしみじみ思ったんだよね。
その頃もDJやってたんだけど、僕、ジャズとかしかかけてなかったんだよね、格好つけた音楽しかやりたくなかった。歌謡曲なんてみんなが知っててウケるのをかけるのは媚び売ってるみたいでダサくてやだなみたいな、ね。若くて尖ってたから一切興味なかった。でもトロントでそのとき見た光景に食らっちゃって。
誰もが知っててみんなが大合唱する音楽ってすごいな、と。例えば日本なら坂本九の「上を向いて歩こう」とかかな、なんて考えたりもして歌謡曲いいもんだなって思った。KOPを始めようってなったのはそれから5年ぐらい経ってからだと思うけど、きっかけはそこ。今年は残念ながら荒天中止になってしまったけど、去年の大谷夏祭りのフィナーレで KOPがレコード回して、盆踊りのやぐら囲んで本当にみんな笑顔で歌って踊ってて。
ーーーわたしも現場にいましたけど、あの景色は本当にすごく良かった!
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僕、民謡も好きでレコードとかも集めてるんだけどさ。栃木にもいっぱい民謡があるのよ、足尾には石刀節なんてのがあったり、壬生かんぴょう音頭とか、ご当地ものが。思わぬ伝統文化に触れる機会にもなるし、そんなこと抜きにしてもさ、お囃子の太鼓が鳴るとなんかそわそわして動きたくなるでしょ?
ちなみにカクイチビルのお向かいは、50年前ぐらいまで民謡会館っていうのが建ってて、その頃は毎日のように民謡歌ってお酒飲んでどんちゃん騒ぎしてたんだって。俺が民謡をこの店でかけてたら「懐かしい」って入ってきた人がいて、そう教えてくれたの。「30年ぶりぐらいに来たらここら辺すっかり変わっちゃって」って「でも民謡が聴こえたから入ってきた」って言ってさ。そうやって記憶とか空気をぶわぁって蘇らせたりするのも音楽の魅力よね。
何のしがらみもない、子どもも大人も楽しめるお祭りをやりたい
ーーー最後に未来の話を。これからやりたいこととか、作りたいもの、生み出したいことなんかを聞かせてください。
いっぱいあるなぁ!カクイチ実験室でやった展示を海外のギャラリーでやれたらいいなぁとか、Espresso City Utsunomiyaっていう活動もしてるから、もっと他エリアからエスプレッソを飲むために宇都宮に人が来るようになるといいよねとかもある。個人的には格闘技の大会もやってみたいし。
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あとはお祭りを開催したいねぇ!日本人は本当はお祭り大好き民族のはずなのよ。ご先祖様をお迎えしたり、五穀豊穣とか無病息災を願ったり、神様に感謝したり、最初はそういうお祈りの儀式だったはずなんだけど。「拝んでるだけじゃなくて太鼓でも持ってきちゃおうか?」みたいな感じでお囃子が始まって「歌うだけじゃなくて踊っちゃおうか?」って盆踊りも始まったり。日本全国にいろんなお祭りがあるってことは、みんなどんちゃん騒ぎが好きなんだよ。踊らにゃ損ってそういう文化。だから盆踊りでもお囃子でも子供相撲でもなんでもいいんだけど「子どもも大人も楽しめるようなお祭り」的なものができるといいなと思うんだよね。なんのしがらみもないお祭り。大人が楽しそうなのってやっぱ子どもたちに見せつけてった方がいいと思ってるし、子どもだってお祭りの日は夜更かしが許されて夜に外出できるってわくわくしてほしい。そういうのって大人になっても鮮明に記憶に残ってるもので。楽しげな大人の姿を見て育った子は大人になることに夢が持てるし、一生懸命遊んだ子の方がきっとものごとをおもしろがれる人生になるでしょ。そういうお祭りをやりたいんだ。
最後に
最初に話したけど、うちのエスプレッソは豆の鮮度が命。だから常に店が、商品が、動いてる状態をキープしたいの。シーズンによって繁忙と閑散の大きな波があるような、観光地みたいなところは適してない。つまりいつも人がいるところ、結果的に「街」ってことだよね。街にはさ、人の営みがあって、文化がある。カクイチビルに入ったのはこう考えると必然かもしれないな。
MOONDOGG ESPRESSO ROASTERS 鈴木敏和さんは
街と文化を愛し、エスプレッソの道に生きる人。