現実回帰線 Tropic of Reality
「つまり、フィクションと現実の違いって何なの?」
キミがボクに聞く。
「全然違うんじゃないかな。フィクションってのは空想というか、本当じゃないってことで、現実ってのは、そもそも本当なことだから。」
「でもそれがフィクションであれ、現実であれ、辛かったら悲しむし、楽しかったら喜んでるよ、ワタシ。そこに違いはあるの?」
「でもたとえば、現実で最愛の人と別れてしまったら悲しいけど、フィクションならその別れを受け入れられたりしない?」
「ううん、むしろ現実で最愛の人と別れてしまって、でもその人のことを考えてるから悲しいわけでしょ?それはつまり、現実の最愛の人のことを自分が自分の脳内で作ったフィクションを通して悲しいと思ってるんじゃないかしら。さらに言えば、相手の想いなんか本当がどうかなんかわからないんだから、自分が想う相手の存在なんて、多かれ少なかれ全部フィクションでしかないんじゃない?」
そう言われると、ボクは何も答えられなくなった。
確かに相手のことを、ボクは自分の頭の中で勝手に解釈してる。その解釈が本当の現実だなんて、そもそもどうして言えるんだ?
むしろ、それらは自分が頭の中で夢想したフィクションでしかない。
「でしょう?つまりあなたの存在だって、ワタシにとってはフィクションでしかないのよ。ワタシの存在が、あなたにとってもフィクションでしかないように」
そうか、多分、ボクの人生そのものがフィクションなんだ。悲しいことも楽しいことも、出会いも別れも、そんなもの本当だろうが幻想だろうが、自分の脳内で創られた感情という点で、所詮大して違いは無いのかもしれない。
そして、この会話を交わしてるキミなんて、まごうことなき完全なるフィクションなんだ。だってボクが脳内に創り出した対話相手で、それがそもそもキミなんだから。
「そうなの?じゃあ、あなたはワタシにあなたの人生がフィクションなんだって、きっと云って欲しかったのね?
だから、ワタシを登場させたのね、この世界に」
「そうかもしれないね。そして、この文章を書いてるボクも、自分の人生がフィクションなんだって、きっと登場人物のボクに云わせてみたかったんだ。だから、キミに質問させるんだよ。キミのことが好きだから。この好きという想いを、キミに伝えてみたくて。」
「不思議ね、ボクもキミもフィクションなのに、だからこそあなたは、フィクションのワタシにむかって好きだと告白できるのね」
「そうだね、フィクションの世界に、キライなヒトはそもそも存在しないんじゃ無いかな。フィクションの世界では好きな人を好きなように誕生させられるし、嫌いな人を嫌いだからと殺すことだってできる。」
「でも、だったら全ての現実はあなたの脳内のフィクションなんだから、その好きだという想いは、現実に回帰できるんじゃない?」
「現実に回帰?」
「そう、どうやってフィクションから抜け出すかよ。」
「抜け出す?」
「現実に戻ろうとしてみるのよ」
「で、でも、そもそも全てがフィクションなんだから、そこからどうやって抜け出す、戻るの?」
「ワタシをあなたの中から消せばいいのよ。」
「好きなのに消すの?」
「もし好きなら、好きだからこそ消してみたら。」
こうして、キミはこの世界から突如消えた。
そして、キミの中のボクも、この世界から同時に消え去った。
現実回帰線を超えて、ボクは現実に回帰した。