AD52「バラエティプロデュース辺境論」
[水道橋博士のメルマ旬報 vol.243 2020年10月発行「テレビの果てはこの目の前に」より]
なんかみんなすごいな、いい意味でも悪い意味でも。
自分はそんなにできないな、いい意味でも悪い意味でも。
てことで、やってもやらなくても、やりすぎてもやらなすぎても、大体のことにはそんなに意味などないのだよ。
それを自分がその時にどう捉えるかでしかないのだよ。
後悔も希望も良し悪し。
iPhoneで音楽聴きながら散歩してたら、坂口恭平の「摩子よ摩子よ~牛深ハイヤ」のライブ音源がかかる。
なんだ!?この無類のカッコよさは!!!
知人がやっていたのでCS60なる施術をやってみる(人のススメは基本試してみるタイプ)。
自分は足裏マッサージだろうとなんだろうと物凄く痛がりなので、これも全身器具で触れられただけでめちゃめちゃ痛かった。
ただ施術後に目の疲れとそこから来る頭痛と胸部のコリが改善されている感じがする。
「自分たちが主導権を握りたい」みたいなエライ人の発言って、主導権を握りたいって言ってる段階ですでに主導権はその人やその組織に来ない。
主導権とはその取り組みへの能力やモチベやタイミングやセンスでいつのまにか握ってるものだ。
それを表明してる段階でその能力とセンスをほぼ失している。
そうか、なるほど。編集者とかディレクターとかキュレーターとか、今まで普通に裏方だった仕事が構造転換を要求される時代になったのか、いい悪いに関わらず。
つまり裏方で済んでいた時代以上に、表での行動の仕方や見え方や考え方や規範への寛容度と需要度と抵抗度が具に露わになると言うことなのだ。
ある会社を買わないかと打診された。
僕にはそのお金は無いけど出してくれそうな協力者は見つけられるかも。
でも結局その会社を軌道に乗せられるかどうかはその事業のことだけに専心専身できる人がいるか?にかかっている。
そしてそういう人はなかなかいない。
で、自分も色々やりたいから向いてない。
なんとなく自分は、会社や組織を興してガンガン稼ぐじゃない方が、いい感じがする。
いろんな会社や事業や個人と適宜その都度アライアンスを組んで設計していくみたいな。
ずっと同じ場所にいると飽きてしまうから。
ずっと同じ事業をやってると退屈だから。
ずっと同じ集団だとイノベが生まれにくいから。
例えば知り合いが美味しいと薦めてるお店はグルメサイトで見ると点が平凡だったりする。
つまり人気投票的な数字の評価って自分の価値観にとってはほとんど意味のないことなのだ・・・ということに大体の皆が気づいてるのに、いざ自分のCtoCビジネスになるとそんな数字を重視したがるのなぜなんだろう?
ただ今自分は修論と自著の原稿でうんうん唸ってる。
仮に宝くじでも当たってお金に苦労しなくなったら今何するか?って想像してみたら、やっぱり修論と自著の原稿でうんうん唸ってるんだろうなと思う。
つまりこの労苦は結局お金のためじゃないのだな。
自分が生きるためにやってるわけだ。
苦しい筈だ。
京都音博2020、オンライン楽しかった!
皆が楽しそうに気持ちよさそうに演奏しているのが、なによりも気持ちよかった!
横浜にてバンクシー展『天才か反逆者か』。
彼の作品が世界中に作られることの必然。
その展覧会に多くの人が集まる騒然。
マスクと入場制限の中で観る蓋然。
あらゆることが資本主義的でそれがバンクシー的だ。
問題点の指摘ばかりのつぶやきや意見を見ていると、その問題点の焦点が拡散されてその問題点がむしろピンぼけしてくる感じ。
というかそもそも自分の脳はそんなに問題ばかり扱ってられない、疲れるし嫌気が差すし、むしろ拒否りたくなる。
この世界は問題点が多いのか、問題点を指摘する問題が多いのか。
情報がこれほど過多だと、どれだけその情報にアクセスしないかということも実は大切なリテラシーだ。
生きるためにはその情報にアクセスしても過敏に反応しないっていう他人事的態度が必要で、つまり問題点の過剰指摘は結果それを増長してしまいその問題点への無関心な人を増やすという矛盾を孕んでる。
ケムリ研究室『ベイジルタウンの女神』オンラインで観劇。
なんていうかオンラインだったからか、時にはソファに寝転んで観て、役者さんの生身の舞台というより、絵本を見ているようなファンタジー映画を見ているような不思議なケラワールドを楽しんだ。
なんだかんだでこのシルバーウィーク四連休、適度に仕事もリモートでしつつ、テレビは半沢直樹、音楽は配信で京都音博、アートは横浜でバンクシー展、芝居は配信でケムリ研究室と、それぞれ楽しめた。
全部がリアルだったら体力的にむしろ難しかったかもしれない。
執筆はあまり進まなかったけど。
いかがわしいモノと崇高なモノって、それこそ人それぞれで尺度が違う。
なので誰かの崇高なモノをいかがわしいと否定したり、逆ったりというのは根本的にナンセンスだ。
そして自分と言えば最近いままでいかがわしくて忌避してたモノにとても惹かれたりしてる。
逆に崇高に感じてたモノに嫌気が差したり。
自分が若い時分には、なんでいい歳したオッサンなのにあんなにいかがわしいんだよ!って感じてた妖しい人が沢山いたけど、今いい歳してそんないかがわしさに惹かれてる自分を想うにつけ、人の価値観なんてコロッと変わるもんなんだと思い知る。
周りの人の価値観に合わせる必要などそもそも無いのだ。
人の作品を読むと「こんなの書けねーよ」と激しく落ち込む時と「これくらいでも本になるのか」とほとほと安心する時がある。
でも実は前者の経験こそが自分をもっと浮上させてくれるのだ・・・と信じながら、執筆はつづく。
想いをカタチにするのはとても難しい。
その想いが確固であればあるほど。
TENETをIMAXで観る。
確かに一回観ただけではよくわからない笑。
なのにどのシーンも飽きないしグイグイ逆行する世界に引っ張られていくところがノーラン監督の凄さ。
全世界がメメントだったら、ってことなのか。
月日が経つのは早いなっていつも年々歳々感じてて、なんか勿体ないって思うこと多いんだけど、今年はやはりなんか違う。
早く終わってくれないかなって気がすごくしてる。
あーもう、2020年はやることやるべきことやらなきゃいけないことをさっさとまとめて片付けて、来年2021年を心機一転迎えよう。
建築家の谷尻誠さんと映画談義!
映画を建築家目線で観るとまた見え方が全然違う!
『未来のミライ』の自宅デザインの着想点の話は最高におもしろい!!
ピーター・シェーファーの『あなたの目』三人芝居をオンライン観劇。
八嶋智人さん、おもしろくてカッコいいってまさに彼の真骨頂。
第三者の目があるからこそ人は生きていけるのかもしれない。
自分の作ったトーク番組や取材でお会いした方で、まず間違いなくおもしろかった方が多かった職業は・・・映画監督でした。
映画監督は、自分の映画を創る前に自分の世界を創っていて、どの監督もその世界の話はとてもユニークで独創的で最高でした。
逆に、予想外にあまりおもしろくないのは・・・芸人さんかな。
板の上ではおもしろいのかもしれないけど、普段は無口の方やシャイな方が多いし。
むしろ自分の考えてることをあまり説明しないし、じーっとだまって相手の話を聴いてる方が多いような気がします。(自分調べ)
この前ある出版業界事情通の方に聞いたのだけど、出版社の社長はどの会社もおとなしい人や常識人が多い、いい意味でも悪い意味でも。
なので悪い意味で言えばあまり破天荒な企画をやらず業界にイノベが生まれにくいと。
例外は過去に2人いて、角川春樹氏と見城徹氏だったと、いい意味でも悪い意味でも。
佐野元春「エンタテイメント!」
最高!
気持ちが沈んだ時はこの曲を聴く。
半沢直樹。
セリフの随所随所に今の時代へのメッセージをこそっと入れ込んでくるな。
これ、TBSドラマの伝統とも云える。
ドラマというのは時代のメッセンジャーなのだ。
丑三つ時。
膨大なインフォメーションの中で矮小化される自分。
複雑なコミュニケーションの中で分裂化される自己。
社会や組織や集団の中では本来、異化とは生かす=イカすことであるのに、どうかした?と他者との同化を常に要求される世界。
それが窮屈な光明ならばいっそ解放された晦冥でありたい。
Slackを導入したなら連絡はSlackですればいいのに。。。
いつ、どこまで確認されてて、
いつ、どこまで決定されてて、
いつ、どこまで、誰に周知されてるのか?
がメールだとわかりにくいからSlackを使うのだろうけど、そこで誰か一部分だけ情報がメールとかになってしまうともう全く意味をなさない。
つい9月末までに仕上げると編集者に啖呵を切った新刊の原稿、なんとか9月も残すところ30分でギリギリ書き切った。
未熟なところや荒削りなところも多いけど、それはもう今の自分の実力がそれまでしか無いってことだ、仕方がない。
次を頑張る。
許してください。今はとりあえず書き切った自分を褒めたい。
今日は月一でアドバイザーをやってる企業の方々とディスカッション。
新しい仕組みがようやく出来上がってきた!
それも最近のコロナ禍での個人的なネガな悩みを言い合ってたら、そこから着想に火がついてのポジな展開。
かなり未来を感じるワクワクな構想。
アイデアが具現化するのはとてもドキドキする。
やばい、インド哲学にとても興味が湧いてきてしまった。
バラモン教典読んでる場合じゃないのだが。
それにしても今やこの『世界の名著』第1巻『バラモン教典』は古本でしか手に入らない。
つまりかつては日本語で容易に読むことができた文章が今やなかなかアクセス出来ないって、それこそ文化の衰退なんじゃないだろうか。
今、編集者に原稿を読んだ感想をメールしようとして「おもしろい」を「おもひろい」と誤入力。
でも「おもひろい」ってなんかいい言葉だ。
つまり僕はそこに想像性の拡張性が感じられるモノコトヒトにおもしろさを感じるわけで、それはまさに「おもひろい!」ってことだ。
おもひろい、普通に使おう笑。
学術会議の件どちらの言い分もなんとなく違和感を感じる。
その通り任命しないのも違和感を感じるし、その理由を明確にしないのも違和感だし、こちらの決めた通りに任命しろって言うのも違和感だし、決めた通りじゃなくて怒ってるのも違和感。
なんて言うかその行為自体が学術的じゃ無い気がしてしまう。
いい歳して東大の大学院に入り直して、学問を久々してみて今自分が改めて思うことは、これからの時代、むしろ改めて宗教が必要なんだということ。
正確に言えば、今僕らが宗教と聞いてイメージする宗教ではなく、かつてこの世界で宗教が果たしていた役割を担う何か。
信じる(フェイス)ということの次のフェイズ。
久々のリアルライブ。その空間を味わうというのはやっぱいいなー。
早よコロナよ、くたばれ!Damm,COVID-19!
渡辺貞夫さんのBLUE NOTE TOKYOにてライブ。
御年87歳!
先日NHKBSで見た十数年前のライブツアーのドキュメント素晴らしく良くて、どうしても観たくてナベサダ初体験。
いやー、素晴らしい!!
本広克行監督の最新作『ビューティフルドリーマー』を試写観。
なるほど!そういう映画なのか!
角田陽一郎のウィキペディアを見ると“「本当に人生を変えた作品で映画館で出会ったときの衝撃は今も忘れません。当時は中学生でVHSも購入して1000回くらい見ました」と語る。」”とあるくらいなので感無量!
本広克行監督と映画対談!
深夜番組『オトナの!』にご出演の際も押井守論や山田洋次論で盛り上がりましたが今回も大盛り上がり!
本広さん自体がまさに“ビューティフルドリーマー”
https://www.instagram.com/p/CGE_3XtDFx-/?igshid=1dzs3qpfcn0gm
なんかもう嫌なことがあった時は、なんかやる気が無くなって、それに派生してもう何もかもが嫌になって、さらに悉くやる気が無くなって、で結局、嫌になることも嫌になるまでに行き着くと、その底の辺りから復活してくるってことも薄々わかる年齢にはなった。
なので嫌な気分の時は何もしないに限る。
・・・てことで昨日は何もせず今日も朝から必要最小限しかやってなかったら、徐々にいい知らせもいい出会いも舞い込んできた。
懸念点も解消できたし。
新たなアイデアも湧くし。
どうやらやる気の無さも嫌気も昨夜が底だったらしい。
やっぱ嫌な気持ちは、ある意味それに対処せず放置しとくに限る。
時が癒す。
今日は3つの案件が消えた。
こういうことは重なるのだ。
特に3つ目は堪えた。
でもそれは因果応報とも言えるし自業自得とも言えるし青天霹靂とも言えるし二律背反とも言えるし朝三暮四とも言えるし四面楚歌とも言えるし天涯孤独とも言えるし臥薪嘗胆とも言えるし捲土重来とも言えるし漱石枕流とも言える。
NHKのSONGS佐野元春さんようやく観る。
言葉のひとつひとつに勇気をもらえる(中学生の時から)。
エンタテイメント、そしてその言葉と音楽自体がエンタテイメントだ。
この週末のやるべきこと、緊張する方にお願いのメールを送信すること。
緊張しながら文章を書き、緊張しながら送信した。
緊張した。
平日は仕事で忙しいからこの週末土日で執筆一気に進めるぞって気持ちだけは張り切ってたけど、冷静に考えるとこの土日の時間を執筆に使ってしまったら、いったい自分はいつ休息するのだろう?とふと我に返る。
完全に休む、ただダラーっとするって時間が必要なのだ、とこれもまた自分に言い聞かせる。 https://twitter.com/kakuichi41/status/1315165699912859648/photo/1
雨が続いて散歩もしてないから身体が鈍ると思い、雨が止んで夜散歩に目的地も無くふらふらと出かける。
そしたら新装開店した九十九ラーメンについ入ってしまった・・・意味ない。
しかし久々のチーズラーメン旨し。 https://www.instagram.com/p/CGNAs5YjZuP/?igshid=81v63rdw7pdx
紀里谷和明著『地平線を追いかけて満員電車を降りてみた 自分と向き合う物語』一気読み。
紀里谷さんと話すといつも感じる、彼の強さと弱さ、不屈さと諦念さ、それらが全部内包された作品。
そして、確かに今の自分にも向き合うことができる作品。
どう生きるかは自分次第なのだ。
インドに行きたい。
深淵の中に真理を探したい。
カレーも食べたい。
https://www.instagram.com/p/CGPoM21Dn8e/?igshid=re027fingzcy
今日はクローズド講演会。
なのでオープンでは話せないテレビ芸能界話も。
質問されたのは「数年前から自著(13の未来地図)等で予言してた方向に業界は衰退してるのになぜ皆は対処しないのか?」自分もその中にいた時から不思議だった(だから辞めて外に出たんだけど)。
舵切りは甚た難しいってこと。
それは多分なんとかなるだろう的な他人事的様子見な人が多いのと自分から積極的に舵切りするとリスクが大きいと忖度してるからだと思う。
ただ外に出て気付かされたのは、その舵切りを急進してもむしろ被害もアレルギーも大きいってこと。
いつの間に舵切ってたくらいの操舵能力が必要なんだってこと。
うおっ、携帯の着信見たら、元いた会社の元ゴッドファーザー的な方から着信とメッセが!
「相談があるので、連絡ください」と。
なんと20年ぶりくらいの着信。
・・・どうしようかな?
なにせ、ゴッドファーザーだから、折り返ししてもしなくても、怖そう。
知らない言語(ラテン語とかギリシャ語とか)を学んでると、なんかものすごく心が落ち着いてくる瞬間がある。
思考のシステム自体の切り替えが脳の違う部分を動かすというか、その効果で悩みが消えたりする。
もう33年近く会ってない中学の同級生から連絡。
「角ちゃん買っといたよ。これから読みます。同級生の本読めるって嬉しい」
いやあ、嬉しいなあ!!!
リモート会議が主流になって、今や車の中が移動オフィスである。
遮音性が高いから一番リモートミーティングしやすい。 https://www.instagram.com/p/CGZo2nBDE7B/?igshid=hqg498ol5q29
今日はこの『本を書きたい人の個別相談会』で定期的にお話している方と会食。
実際に本を出版するまで進んだ。
今日話したのは個人の知見や経験をどうオリジナルストーリーに落とし込むか?
それは知見や経験を最短距離で説明することではなく…云々。自分の悩みがむしろコンテンツになる…等々。
そっか、寒い時は暖房を付けるんじゃなくて自分が服を重ねればいいんだ。
一番身近なエコだ。
酷暑の期間が多くなってるからそんな初歩的な温度調節の仕組みをつい忘れてしまっていた。
逆に暑い時は服を脱いでも暑いから冷房つけちゃうわけで。
環境を変えるか自分を変えるか、これ温度以外にも当てはまる。
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