BC39「コンテンツの冒険(仮称)」
[水道橋博士のメルマ旬報 vol.50 2014年11月25日発行より一部改定]
水道橋博士のメルマ旬報が祝50回!僕は2014年2月の32号から連載をさせていただいている新参者です。なので連載も今回でまだ19回目。そもそも1月に開催された“メルマ旬報フェス”を観て、その連載陣の熱量に刺激されまして、水道橋博士に「僕もメルマ書きたいです!」と直訴して始まったのですから、まだ10ヶ月です。
そして今号は祝50回ということでなんと無料で読めちゃうらしい!ということらしいので、僕が記念すべき50号で書くこと、それはただのテレビプロデューサー以上に、“こんな僕が今やっていること”を改めて説明することだと思いました。ですので、今号は今まで書いたことと多少重複するかもしれませんが、僕が今やっていること=“コンテンツの冒険(仮称)”を書きたいと思います。なぜ“仮称”なのか?今回はその話です。
今年でTBSテレビに入社して20年です。そもそも僕は“天才”に会いたくて“夢”をかなえたくて、この業界に入りました。僕は子供のころから勉強がものすごく出来たのですが、まあいわゆる秀才でした(笑)。が、その分逆に、自分の中にはからっきし無い“天才”という“きらめき”にものすごく惹かれるようになり、“音楽”でも“笑い”でも“アート”でも“芝居”でも“文学”でも“映画”でも“スポーツ”でも“科学”でも、なんなら“テレビ”でも・・・まさにあらゆるジャンルで活躍する“天才”に、僕は会ってみたくなったのです。(
あらゆるジャンルの“天才”とおシゴトすることができる、それが僕がテレビで“バラエティー番組”を作っている由縁です。バラエティーとは“多様性”です。今やっている、いとうせいこう&ユースケ・サンタマリアMCの水曜深夜のトーク番組『オトナの!』というバラエティー番組は僕が夢にまで見た会いたい人、テレビで語ってもらいたい天才、まさにそんなあらゆるジャンルの“夢の天才”にご出演をお願いしているのです。いや逆に言うと、僕が出ていただきたい“天才”にしかご出演をお願いしていないのです。
そんな純粋でバカ正直な気持ちでキャスティングしている番組ってのは地上波キー局では実はほとんどないのではないでしょうか?実際僕も今まで作ってきた番組もほとんど「〇〇さんだと視聴率取れそうだ!」というこの一点でキャスティングが決められてきました。当然そんな視聴率を取れちゃう人も勿論“天才”なのですが。視聴率が取れる取れないに関わらず、僕は天才に会いたいのです。天才とご一緒したいのです。だってそれが僕の“夢”ですから。視聴率に関係なくテレビにキャスティングしたい天才がいる、でも視聴率が取れないと出してはならない。それは視聴率を取ることが今のテレビの至上命題だからです。
しかし『オトナの!』は必ずしもそうではないのです。実はこの『オトナの!』いわゆる番組制作予算がないのです。また番組スポンサーもありません。制作費を自らの番組で稼いでいる独立採算番組なのです。そのため視聴率にとらわれず、ある種好き勝手にキャスティングしてる、地上波では希有の番組なのです。といいますか『オトナの!』は僕らの“夢”をかなえるためには実はこの方法しかないと思って始めた、僕らの“コンテンツの冒険”番組なのです。
そんな“コンテンツの冒険”がはじまるきっかけは、今から9年前の2005年の2月9日に遡ります。当時の僕は『中居正広の金曜日のスマたちへ』のチーフディレクターと『さんまのスーパーからくりTV』のディレクターを兼務していて、笑いあり涙ありの企画を始終作っておりました。笑いも涙も大事なのは“フリ”と“オチ”です。常に“フリとオチ”ばっかり、ずーっと考えていました。
そんな僕がその日は深夜ひとり社内のデスクで領収書の精算をしておりました。領収書の精算はタクシー代や会食費など、具体的な行き先や目的、一緒にいた人などいちいち正確に書かなきゃいけないので、ためてしまうと締め切り前にあせって大量に処理しなきゃならず結構煩雑な作業で、僕みたいなタイプには最も苦手な作業です。それを深夜一人会社のデスクでやっておりました。テレビ局なんで社内にはつけっぱなしのテレビが目の前に並んでいて各局の放送がいつも流れています。その当時タクシーの初乗りは660円でした。「この660円のタクシーの領収書、どこ行った時だっけな、全く覚えてない・・・もう精算あきらめるか」といちいち660円でもうんうん唸って悪戦苦闘していたのですが、そんな小さい額でも精算あきらめたらいちいち自腹です。何枚もあきらめたら結構な痛手なのです。
その時テレビからニュース速報が流れました「ライブドアが600億円でニッポン放送買収!」。当時ネット業界の話題の若手実業家ホリエモンこと堀江貴文さんが、ラジオ局のニッポン放送そして子会社のフジテレビに食指を伸ばしたのです。ホリエモンとは面識はなかったのですが、実は僕の大学の一年後輩で、彼が東京大学文学部宗教学科、僕が西洋史学科で、研究室は隣同士です。そのライブドアのニッポン放送買収のニュースに端を発し半年後の楽天のTBS買収に及んで、2005年はテレビ業界にとって激変の始まりの年なのですが、僕はその時違う意味で愕然としたのでした。「大学からずーっと、“フリとオチ”ばっかり考えてたら僕は660円の領収書も切れないで悪戦苦闘してて、大学からずーっと“お金儲け”ばっかり考えていたら、ホリエモンは600億円でテレビ局を買おうとしてる!!!」
600億円と660円、ホリエモンと僕。その差に愕然としました。「研究室隣りどうしだったのに・・・この差は何なんだ!?」
この時から、僕が“フリとオチ”以外も考えるようになったのです。でも思いました、正直“お金儲け”ばっかり考えるのは、つまらないしくだらないしやりたくない。これからも“フリとオチ”を考えていたい。でも660円で苦闘するのも嫌だ。なら“フリとオチ”は頭の7割くらいで考えて、頭の3割くらい“お金儲け”を考えてみようと・・・こう思ったわけです。
こうしてこの日から3割くらい“お金儲け”を考え出すと、今まで見えていたものが全く違ったものに見えてきました。例えば、TBSには当時人気番組『関口宏の東京フレンドパークⅡ』がありました。アイドルグループ“嵐”が出演して高視聴率を取った回があったのですが、この収録は赤坂TBS内のスタジオで行われています。けれど“嵐”だったら、もし国立競技場で収録を行えば7万人埋まります。もしですよ、もしその7万人からチケット代3000円いただけば、総額2億1千万円です。で、実際に来場したお客様には、その場でしか楽しめないアトラクションや演出で楽しんでもらって満足してもらい、それを収録して編集して通常のようにTBSで放送しても、視聴率は変わらないのではないか?当然ギャランティーや会場費など出費もかさむけれど、それ以上の利益を生むのではないか?それが制作費の源泉になるのではないか?こう思ったわけです。
僕たちは通常番組制作費を制作予算としてTBSから配分されます。それはスポンサーからの広告費でいただいたお金です。広告は見られなければ意味がないわけで、なので広告費は“みなさんがどれくらい見ていただけたか?”という指標=“視聴率”の良し悪しとほとんど直結です。なのでその制作費は視聴率に左右されます。というか視聴率が取れない番組は民放にとって全く意味がないのです。視聴率を無視して番組を作ることは絶対できないのです。
しかし、しかしですよ、もし自前で番組の制作費を事前に稼ぐことができれば、視聴率にあまりこだわらずに番組を思う存分作ることができるのではないか?思う存分“フリとオチ”を考えていてもイケるんじゃないか?僕はそう思い始めたのです。
そう考えるとバラエティー番組というのは、カメラの前で様々なイベントを“収録”という名で、それこそ無償で行ってきたのですが、そのイベント自体を魅力ある有償の“コンテンツ”に事前にしてしまい、そのお金で制作費を捻出する。そのあとに無料で一般の視聴者に“番組”として楽しんでもらえれば、“今の視聴率のために番組を作る=視聴率を取ることこそが、番組の存在意義”という“視聴率至上主義”から脱却して、本当に本当におもしろい番組を作れるのではないか?まあ、そんな見方をするようになったのです。
この考えが元になって、今までいろんな番組を作りましたが、2012年1月から『オトナの!』を始めることができました。実際“国立競技場”で“嵐”で!ではないですが、赤坂ブリッツで『オトナの!フェス OTO-NANO FES!』を2013年、2014年と開催しています。このロックフェスの入場料で番組の制作費を捻出すれば、視聴率にあまり左右されない番組が成立するわけです。
しかし『オトナの!』は25時46分〜というかなり深い放送時間ですし、TBSテレビなので関東ローカルの6チャンネルです(現在はTOKYO MXにてオトナに!として放送中)。始まった当初から全国の関東以外の方々から「観られないのが残念」とのお声を多数いただきました。当然僕らとしては、番組を作っている以上一人でも多くの人に観てもらいたいのですが、関東以外で放送するためには、系列局(TBSだとJNN系)の各地域の放送局がネット放送してくれないとかなわないのです。お気づきかどうかわかりませんがJNNの『ニュース23』以降の深夜枠はそもそも全国ネットの番組がないのです。深夜枠はそれぞれ、ローカル局が制作したり、各々が番組を購入して放送しています。各局の様々な事情や要件があり、制作側がただ放送したいってだけじゃなかなかできません。
そこで僕はどうしたかといいますと、ならいっそのことYouTubeにアップできないか?と無謀でバカなことを真面目に考えました。Googleが運営している“著作権などおかまいなしにどんどん番組が投稿者によりUPされちゃうYouTube”も、開始当初は著作権ビジネスである放送局とは敵対関係にあったのですが、今は大スポンサーでもあるGoogleと各放送局とは良好な関係です。GoogleさんとはビデオIDというシステムが導入されていて、仮に番組が勝手にUPされても、それが違法ならばしばらくして削除されます。なので皆さんがUPした動画もそれが番組だったりするとやがて削除されます。
でもそもそも一回放送したものを各自がそれぞれ録画できるのに、それを各自が個人の範囲で楽しむのはOKだけど、YouTubeにUPするのは違法ってのは、なんとなく無理な話だと思います。いわゆる著作権ビジネスは、遅かれ早かれ現状のこの“宙ぶらりん状態”から変化して行くだろうし、今がその変化の途中なんだと思います。なら独立採算番組である『オトナの!』がそこに先鞭つけちゃうのはおもしろいんじゃないかと思いまして、関係各所と協議し、現在は放送翌日の木曜日にはYouTubeでご覧になれます。ご覧になったことがない方はぜひ一度ご覧になってください!この『オトナの!』(現在はオトナに!)がかなり本質を突いたぶっとんだ番組であることがわかると思います。
https://www.youtube.com/channel/UCbUSxWWmauPazkahrFrBXhQ
こうして放送前に事前に制作費を確保し、それを放送後にネット上で全世界で観られるようにする。すると、それはテレビ番組という範疇ではもはや無くなります。なので僕は便宜上『オトナの!』を“コンテンツ”と呼んでいます。『オトナの!』はただの深夜のテレビ番組ではなく新たなエンターテインメントの可能性を追求する“コンテンツの冒険”なのです。ちなみに2014年12月には書籍『オトナの!格言』もいよいよ出版されます!!
その“コンテンツの冒険”としてさまざまな企画が、今僕らの周りでは進行しているのですが、今現在行っているひとつが、『オトナの!』の特別版『JAPANG(ジャパング)』という、中田英寿さんと一緒に日本全国を回る企画です。日本の新しいカタチを世界に提言するプロジェクト『JAPANG(ジャパング)』。それはただの旅番組ではありません。そもそもサッカー選手を辞めてから日本全国を旅しているヒデさんなのですが、さまざまな地方の伝統品や工芸品や名産品をその場で実際に半端ない量の体験をしています。
なぜヒデさんがそれを行っているかというと、そんな日本の伝統技術などを使った工芸品を、例えばフランスの皮職人の伝統技術が全世界で愛されるエルメスになっているように、世界で愛される日本ブランドとして発信することなのです。さらにヒデさんは特に日本酒の酒蔵を廻るのに尽力しています。1600近くある日本全国の酒蔵の半分以上をすでに訪れたそうです。ヒデさんの夢は、日本酒をワインのような世界で飲まれるお酒にすることなのです。
僕たちはその運動自体をドキュメントとして、TBSテレビで番組として9月と10月に放送し、さらに番組で紹介する以上の情報に英語字幕を付けて、YouTube上で全世界で観られるように公開しています。さらに今話題のキュレーションマガジン“Antenna”と組んで、スマートフォンから実際購入できるようなシステムを計画しています。そしてそこに、さまざまな共感をしてくれる賛同者・企業をさらに募り、各地方と協力して、本当の日本のよさが世界で再発見されることを目指しているのです。僕らはコンテンツをただ番組として放送しているだけでなく、新しい日本文化の発信を行うスキームを作るために、その最初の呼び水となるようにテレビ番組を中心に据えてコンテンツを制作しているのです。そんなことを願ってマルコポーロの東方見聞録の“ジパング”から“ジャパング”と名付けたのでした。
第一弾として“熊本県”を熊本・天草出身の小山薫堂さんと一緒に回りました。というか、テレビ放送は2回しかしておりませんが、YouTube版はさらに3回加え5回分あります。そして12月3日放送回からは第二弾の“新潟県”を新潟出身の女優・和久井映見さんと一緒に回りました。和久井さんは20年前に『夏子の酒』というフジテレビの人気ドラマで日本酒の杜氏を演じました。実はそのドラマの影響で、ほとんど男性しかいなかった酒蔵に女性の働き手が増えたらしいのです。そのドラマの撮影をした長岡の久須美酒造さんに今回20年ぶりにヒデさんと訪れています。
このように“コンテンツの冒険”を僕らは日々行っているのですが、そこで一番重要な、ものすごく大事なことがあります。それは。“そのコンテンツがおもしろい”ってことです。
おもしろくなければ、テレビ、いやコンテンツじゃないのです。ワクワクすること、ドキドキすることがコンテンツです。先ほど『JAPANG(ジャパング)』の説明を書いていて自分で感じてしまったのですが、やはりビジネススキームの話を書くと、中身のおもしろさが軽視されているんじゃないか?と見られてしまいがちです。でもそれでは本来意味がないのです。僕はそこをものすごく重要視しています。それが9年前のホリエモン事件以来、“おもしろさ”を7割考えて、スキーム作りに3割を割いている感覚です。儲けるためにコンテンツを作っているわけではなく、おもしろいコンテンツを作ってたら、いつのまにか儲かっていたっていうスキームを作るのが理想です。
そうすると、僕は今結構悩んでいることがあります。それはその僕らが作っているものを“コンテンツ”と称していて果たしていいのだろうか?ということです。先ほど便宜上『オトナの!』をコンテンツと呼んでいると書いたのはそういう思いからなのです。コンテンツと呼ぶと問題が2つあります。
1つは、いわゆるコンテンツ・ビジネスという名称が先行して、本来の“おもしろい”ものだという観点より、ビジネス的な側面だけが印象に残るということです。以前、僕が大好きなロックバンドASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)のゴッチさんが、「音楽をコンテンツと呼ばれることに抵抗がある」みたいなことをSNSで語っていましたが、まさにその感じです。僕はゴッチさんがそう語ったことをすごくわかるのです。真意は多分「音楽をビジネス側面だけで判断するな」って言う意味だと思うのですが、僕もそう思います。だけども僕が今テレビでやっている“テレビ以上の冒険”のことを、仮に名付けるとすると、コンテンツと呼ぶしか今のところないから、僕はコンテンツと“しかたなく”呼んでいるにすぎないのです。
2つ目の問題は、これはキングコングの西野亮廣さんとよく話すのですが、僕が『オトナの!』や『JAPANG(ジャパング)』でやっていることも、キンコン西野さんがやっている、例えばチケットを直接手売りしている『独演会』だったり、学校の授業をおもしろくする『サーカス』という公演だったり、人気の有無に関わらず天才アーティストが出演する『天才万博』だったりとかも、社会に新たな仕組みを作るところから始めていて、それはもうコンテンツという呼称をはるかに超えることをやっている、パラダイムシフトを起こす新しいムーブメントだという思いがあることなのです。
この“コンテンツ”の2つの問題を解消するためには、僕は“コンテンツ”という言葉ではない、新たな呼称を作る必要があると今考えています。それをあえて定義するならば、「音楽・笑い・アート・芝居・文学・テレビ等のさまざまなエンターテイメントを含有するコンテンツを生み出すために、ビジネスモデルや社会構造までも変えていくようなムーブメントを内包している、“運動の総体”」とでも言うのでしょうか?それを何と呼べばいいのか絶賛思案中なのです!それもワクワクドキドキしながら思案中です。なので今回のタイトルの“コンテンツの冒険”にはあえて“仮称”と付けさせていただきました。そして仮称が取れる時が、また新たな冒険の始まりです。
読んでいただきありがとうございました!
[水道橋博士のメルマ旬報 vol.50 2014年11月25日発行「オトナの!キャスティング日誌」より一部改定]
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