【胞状奇胎①】不妊治療と、聞いたことない病気と
我が家は約2年半にわたる不妊治療を続けた結果、幸い娘を授かり無事出産することができました。
その途中で何度も喜んでは落ち込み、胞状奇胎という珍しい?病気にもなりました。
治療を始める前には知らなかったことばかりの毎日を過ごしたので、その時のことを記録してみます。
これまでの経緯
2021年1月 結婚して約2年半後、不妊治療専門クリニックに通い始める。一通り検査するもこれといった原因はなし。
2022年1月 タイミング法を何回か試すが変わらず、人工授精に移行。
2022年10月 3回目の人工授精で胎嚢確認するも、胞状奇胎と発覚。手術ののち、経過観察のため半年は不妊治療をストップ。
2023年5月 治療再開。4回目の人工授精を行うが結果出ず、体外受精に移行。
2023年8月 1回目の移植で心拍確認
2024年4月 出産
仕事との両立のしんどさ
クリニックに通い始めた当初は20代後半で、営業の仕事をしていました。そして職場が遠かったので、職場と家の中間地点である乗換駅のところでクリニックを選びました。
治療をスタートしてから初めて知る、「こんなに頻繁に通わなきゃならんのか!?」という驚き。
半休をしょっちゅう使うことになり、信頼できる上司に治療のことを早めに相談しておいたのはよかったなーと後々思います。
ネックだったのは、社歴を重ねるとともにやはり仕事量が増えていき、治療の途中で大きなお客様を任されたこと。
聞こえはいいですが、その分要求されるレベルも高く必然的にハードワークになります。
家が遠いので、あまりにしんどい時は職場の近くのビジネスホテルに泊まることもありましたが、今となってはあの時期をどうやって乗り切っていたのか記憶がない……
気を付けていたこと
いやこんな働き方して母体がストレスフルならそりゃ授からんわ!!となり、とはいえ仕事をセーブするという選択肢も当時の自分にはなかったので(お金がほしいから)、時間がないなりにできる範囲で以下のことに注意していました。
外食で食費かさんでもいいから、とにかくバランスのいい食事を食べる
朝昼晩かならず食べる(どうしても時間無いときはカロリーメイトとかでいいのでとにかくご飯を抜かない)
身体を冷やさないようにできるだけお風呂につかる
睡眠時間を6時間死守する(本当はもっと寝たほうがいいんだろうけど)
運動のため&陽を浴びてビタミンDを増やすため、仕事中はできるだけ車を使わずに歩く
……と書いてみると至極当たり前のことばかりですが。
でも、出産後の今でも「健康になりたいな~なんか不調が続くな~」と思って何度ググっても、最終的に「適度な運動・バランスの取れた食事・十分な睡眠」に帰結するんですよね……
そんなん知っとるわい……と思いつつ毎回結論がこうなるということは、身体という資本をつくるすべての源なのだから、やはり基本をナメちゃいけないなという感想に落ち着くのでした。
(ちなみに以前は身体は冷え冷えだったし、睡眠も6時間以下で日中常に眠たかったし、血液検査のときは「ビタミンDの数値がアホほど低いから、サプリを規定量の4倍飲んでいいよ」と言われた)
もちろんこれだけで授かったら苦労はしないですし、そんな甘いものではないのは百も承知です。
不妊治療はゴールが見えないのに霧の中を歩いているような状態なので、不妊の原因がはっきりしないのであれば不安も増大し、闇雲に色んなことに手を出したくもなってきます。
しかしそうする前に、ちょっと気を抜くと自分の体調管理を疎かにしがちな私は、まず基本的な身体のケアはちゃんと出来ているのか?というのは常に問いかけるようにしました。
そして「とりあえず健康に保てているからまあ何とかなるっしょ!」と、半ば無理やりではありますが前向きに考えるようにしていました。
やっと授かったと思ったら
タイミング法・人工授精を何回か続けるうち、いわゆる化学流産(検査薬では陽性だったけど胎嚢が確認できない)という状態に数回なりました。
生理がこないことで期待がふくらみ、待ちきれずフライングで妊娠検査薬を使ってうっすら陽性反応を確認し、その後結果が実らなかったことを知って人知れず泣く、というのを繰り返しました。
しょうがないんだけど毎月一喜一憂しちゃうんですよね。
人工授精は4回程度トライしてみて、ダメだったら体外受精に移ろう、というタイミングで、人工授精3回目にしてようやく胎嚢確認までたどり着きました。
このときは妊娠5週目で、6~7週目ぐらいには心拍確認ができるはず…!とドキドキするも、6週4日目の診察では心拍確認できず、期待と不安の間を行き来。。
そして迎えた7週5日目、祈る気持ちで内診台でエコーを見てもらうと、先生の「これは…」みたいな微妙な反応。
ああダメだったか、と落ち込んだ気持ちで診察に戻ると、「ここ最近出血はありませんでしたか?腹痛は?吐き気は?」と聞かれる。
戸惑っていると、「紹介状を書くので、明日朝イチで総合病院に行ってください。胞状奇胎の可能性が高いのですぐ手術が必要かもしれません」とのこと。
初めて聞いた病気のことも気になるけど、それよりも
「胎嚢確認までいったのにまたダメだったんだ。また育ててあげられなかった。もうずっとこのままなのかな」
という気持ちのほうが強く、診察室を出て、誰もいない待合室で止まらない涙を静かに拭い続けました。
夫にLINEすると、今から夜勤で出勤するところを休みにしてもらった、これからクリニックまで迎えにいくよと連絡が来て、その優しさにまた泣けてきました。
ひととおり泣いて冷静になって、胞状奇胎とは何ぞや?と調べ、自分なりにざっくりかみ砕くと
確率が低いとはいえ「がん」の文字に一瞬血の気がひき、そして胞状奇胎が起こりうる確率は500~1000妊娠にひとつという話もあり、そんなSSRをここで引かんでもろて……と頭がクラクラした。
ていうか稀とはいえ、妊娠を望んだだけなのにがんになるリスクがあるなんてちっとも知らなかったよ。
自覚症状が何もないので、早めに見つけてもらったのは良かったのかな、と少しほっとした気持ちもありました。
先生が尋ねてきたように、本来は出血・吐き気・腹痛などの症状が出ることが多いみたいです。
明日入院するかもですすんません、と上司や取引先の人に今週の仕事の根回しをして、夫に迎えに来てもらい、なぜか一風堂のラーメンを食べて帰るのでした。
(一風堂に行くと今でもこの日のことを思い出す)
長くなったので次の記事に続けます。