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【出産レポ①】無痛分娩間に合いません!このまま産みます!

いま、私の隣ですやすやと寝ているかわいい娘よ、君がこの世界に来た時はそりゃもうお母ちゃん頑張ったのよ。

超今更ながら、ずっと書きたかった出産レポです。
結論、予定日から2日後(40w2d)の出産となりましたが、計画無痛分娩のはずがいろいろと間に合わず、結局自然分娩で出産しました。


計画無痛分娩に至るまで

未だに注射が怖くて冷や汗をかいてる30代なので、出産は絶対無痛分娩にしようと決めていた。

もともと里帰り出産希望だったが、妊娠10週目頃というかなり初期の段階で地元の産院に電話したら、なんと「その日程の無痛分娩枠はもう埋まってます」と言われ愕然。
一応地方都市なのに無痛分娩を扱っている産院はかなり少なく、絶対そこにしようと思ってたので、みんな考えることは一緒なんだなと落ち込む。

そして東京の自宅近くの総合病院では、24時間ではないが無痛分娩を扱っているそうで、悩みに悩んだ結果、その総合病院で産むことに。
絶対に無痛分娩したい方、産院の目星は早めにつけて、すぐ予約入れましょう。

妊娠経過は幸いにもすこぶる順調で、32週まで逆子だった以外は特にトラブルもなく臨月となる。
そして予定日の翌日が入院日と決まり、その翌日か翌々日には産まれるだろうというスケジュールで、ついにその日を迎えることに。

出産前日

自宅で朝食のあとは、バランスボールに乗ってぼよんぼよんし(陣痛促進)、少し寝て、湯船に浸かり(陣痛促進)、お昼にどうしても食べたかったマックのてりたまをデリバリーして食べた。今思うとこんなん食べてていいんか?

午後になったら病院に行って手続きをし、麻酔科の先生から説明を受ける。

先生「今日はバルーンを入れて子宮口をだんだん開かせるようにし、明日になったら陣痛促進剤を使って、本格的な陣痛になってから麻酔を入れます。私は明日の朝、8時半から9時ごろに来ますので」
私「わかりました。もしその前に自然に陣痛きちゃったら、それはもうそのまま出産なんですかね?」
先生「そうなりますね」
私「わはは」

ここまで絵に描いたようなフラグ立てがあるでしょうか。

15:00
NST(赤ちゃんの心拍と私のお腹の張り具合を見る検査)をする。
子宮口の開きはまだ指1本分ということでバルーンを入れた。いてて。
バルーンが違和感ありすぎて、円座クッションがかなりお役立ち。

19:00
夕食ののち、夫・両親・友人と電話。
この時は余裕ぶっこいてたので「あ~計画入院ってヒマだな~Switch持ってくりゃよかったな~」とかぬかしたこと言ってました。

21:00
消灯前にもう一度NST。元気いっぱいで安心安心。

そして陣痛がやってくる

消灯した直後から、腹の底からじんわりと痛みがやってくる。
まあ子宮が収縮するから強めの生理痛みたいなもんよね、と耐えていたが、なんかずっと痛くない?ということで陣痛と陣痛の間隔を測ってみると、まさかの5~6分間隔。
通常、家で陣痛が来たときに病院に行く目安が10分間隔ぐらいと言われているはず……
今時点でこうなら、これもう朝に麻酔の先生来る前に産まれんじゃね?と静かに悟った。スクワットやりすぎたか?

22:30
我慢できる痛みだけど、いや多分これほっといたらまずいな……ということで、迷いつつもナースコール。
分娩室で見てもらったところ、子宮口の開きは3cm程度。(※全開は10cm)
だけどまだ赤ちゃんが下りてきてないね~とのことで、いったん部屋に戻る。

その後は基本スマホは見ないようにし、痛みと痛みの間に少しうとうとして、少しでも休もうと努めました。
これはホント正解だった。これからのことを考えると休息マジ大事。
しかしこのとき陣痛のせいか熱が37.5度あって、無痛分娩できないんじゃないか疑惑が持ち上がり冷や汗。まあ別の理由でできなかったんですけど。

えっもう産まれるんすか!?

日付変わって、明け方4:00
細切れながらも睡眠できて少しすっきり。しかし痛みがかなり極まってくる。
その間隔なんと2~3分!やばい!!ナースコールポチ!!!

5:00
分娩室に歩いて移動する。まだ歩けるぐらいの余裕はあった。
子宮口は4cm。こんな痛いのにあんま変わってないな……と思いつつ、バルーンを外してもらう。

5:50
バルーン外したせいか、急に陣痛が両手を振りながらこちらに猛ダッシュでやってくる!
子宮口もとんでもないスピードでずんずん開いていく!!
6cm……7cm……8cm………!!?
一気に進み始め、この時が痛みのピーク。

この痛みは今となってはハッキリ思い出せないんだけど、文字通り腹から何かが突き破って出てきそうな、内側から猛烈に圧をかけられる感じだったような気がする。
「あああぁぁああぁ~~~」と声にならない声が出てきて、でもいきめないから痛みを逃さないとやってられないので、これでもかと右手で左手を握りつぶしていた。

ただ、「お産の最中は絶っっ対にネガティブなことを言わない!」と決めていたので、とにかく謎の声を出しながら、分娩台に横になって痛みに耐えていた。

言霊というか、前向きなお産をすることで赤ちゃんもスポンと出てきてくれるかな、という願掛けでした。
「もう無理」「産めない」「帰りたい」的なことを言うと、不思議なものでお産がうまく進まない、みたいな話も聞いたことがあったので。
そういう言葉もうっかり口から出そうになったけど、ぐっとこらえて、ひたすら「いたいいたい~~~いたい~~あ〜〜〜~」みたいな感じで。「痛い」はしょうがないので私の中ではセーフ。

そんな中、もう一人助産師さんが入ってきて、私を見るなり一言。
「あ~、こりゃもう産まれるねぇ」

必死に顔を回して壁時計を見る。6時35分。
痛みが限界に達したこんな状態で、麻酔の先生が来る8時半まであと2時間耐えられるのか?耐えきった後に麻酔したところで、それはもはや有痛分娩なのでは?
いや助産師さんの言うとおり、これはもうピークを迎えている。赤ちゃんが出てくる。2時間待つのはムリだ。このまま産むしかない。
……ということを頭の中で0.5秒で考え、注射が怖くて泣いていた過去の自分と決別し、覚悟を決めて、出産に挑むこととなった。

夫のナイスアシスト

6:50
陣痛は、波のように一定間隔で寄せては返すんだけど、この次の波がくるぞ……くるぞ……ってなる瞬間がめちゃくちゃ怖い。
そんな痛みの頂点が来る度に、肛門のあたりを助産師さんのこぶしで力いっぱい押してもらうとかなり楽になる。

しかし、どうやら隣の分娩室でもお産が始まったらしい。
助産師さんたちが少しバタバタし始め、限られた人員で回しているであろう夜勤の現場で、貴重な助産師1名のポストを私専門のお尻押し師として割いてもらうわけにもいかなくなる。

「もうこれは旦那さん呼ぼう!すぐ産まれるよ!」とのことで、震える手でLINEを起動し、夫にTEL。

夫「………んぇ?もしもし?(少し寝ぼけてる)」
私「………来゛て!!!今すぐ!!!!」
夫「はい」

7:30
約30~40分ずっと痛みと戦っていたところで、夫到着。
このとき私は痛みと戦うのにかなり集中しており、夫の顔を見ると気が散って痛みに耐えられなさそうだったので、あえて声もかけず目も合わせないようにしていた。そんな余裕はなかった。

助産師さんに代わり夫のこぶしでお尻を押してもらうと、何故かこれがめちゃくちゃ上手い。ジャストフィット。神の手腕のお尻押しマスター。その才能はいったいどこで……
(ちなみに私の場合、テニスボールで押すのはただ痛いだけでしっくり来ず、こぶしや手のひらの付け根で押してもらうのが一番効いた。押す側は大変だろうけど。。)

7:50
あっという間に子宮口が全開になったのでいきみ始める。
頭が出てくるまで30回ぐらいいきんだと思うけど、とにかく、とにかくこの時間が一番長く感じた。夢でも見てるんかと思った。
つらい、息が苦しい、まだいきまなきゃならないのか、いつ終わるんだと思いながら、同じく頑張っているであろうお腹の子のことを想って、なんとか赤ちゃんのための酸素を吸い込んではがむしゃらに踏ん張り続けた。
ちなみにこの踏ん張っている時間は「(無痛分娩の費用の)20万払わせてくれ!!!」と思いながらいきんでました。

いきむときは目をしっかり開けて、ろうそくの火を消すようにフーーーーーと細く長く息を吐くようにして、助産師さんにめちゃ褒められた。
夫が右手を握ってくれていたので、いきむ瞬間は私の肘を支点に前方向にググっと力を入れ、夫と腕相撲してるみたいになって途中ちょっと笑いそうになった。
こっちは出産のいきみというバフ付きでMAXフルパワーなのに勝てないのかよ。

8:45
いよいよ赤ちゃんの頭が出始めるらしいがよくわからない。
最後のいきみは、助産師さん二人がかりで出口を広げられたのでこれが一番痛かったけど、頭が出始めてからのいきみは5回くらいでいけた。
会陰切開も多分痛かったんだろうけどそれどころではなかった。
そしてついに、

私たちの赤ちゃん、やっと会えたね

9:01
ズルッと温かいものが出る感触がして、張り詰めていたものが一気に和らいだのが分かった。
私の脚の間から、なにか赤くてふにゃふにゃしたものを取り上げて、それが次の瞬間「おぎゃあ、おぎゃあ」と声を上げて泣いていた。
赤ちゃんだ!本当に赤ちゃんが入っていた!!
え、私の赤ちゃん?誰かの子どもじゃなくて?いまここから出てきて、いま産まれたの?

このとき、隣の夫が大粒の涙を流して目頭を押さえていて、私は彼と出会ってから初めて、涙を流すところを見た。
ありがとう、本当によかった、よかったね、と手を取り顔を見て声をかけあった。
赤ちゃんも苦しい思いをしながら頑張って出てきてくれた。このお産は確実に3人でしたものになった。

産後処置をしながら、わりとすぐにカンガルーケアをさせてもらえた。
ふにゃふにゃの赤ちゃんが私の胸の上にうつ伏せになり、もぞもぞ動く。
その感覚が、妊娠中に感じていた胎動と全く一緒だったので、妊娠してから今までのことが一気に思い起こされて、胸がいっぱいに。

君が、本当に君がお腹の中にいたんだね。
お腹の中でもそうやって一生懸命動いてて、頑張って外の世界に出てきて、その可愛い顔を見せてくれたんだね。あたたかいね。私をお母さんにしてくれてありがとう。会えて本当に嬉しいよ。

身体が真っ赤だ…と呟いたら、助産師さんに「“赤ちゃん”だからね」と言われた。
そういうことだったのか!

その後、口をパクパクさせ何かを探すような動きをしており、試しにおっぱいに近づけたら本当にくわえたので、「ほ、哺乳類……!」となった。
産まれてすぐお乳を飲めるなんて、我が子天才すぎんか?と早速親バカ発動。

痛みと愛しさとカレーうどんと

突然ですがここで出産にまつわるマイ痛みランキングを発表します。

  1. 最後のいきみで助産師さん二人がかりで出口を広げられたとき

  2. 陣痛

  3. 導尿

  4. 胎盤とか残った血を出す処置

  5. 足から採血するときの注射

  6. 会陰縫合

ほとんどが産後処置ですね。痛かったんですよ。
3位の導尿、人生で初めてやったんだけどなんだあれは。
4位は、子宮から血液を出し切らなきゃいけないので、腹を親の仇のようにグイグイ押された。むこう3日間ぐらいこれをやることになる。
5位の採血は、陣痛中のいきみ逃しで左手を握りつぶしていたからか左腕がむくんでパンパンになってしまい、右腕は点滴をしているので血液をとる場所がなく、人生で初めて足から採血した。足に注射されるのって痛いんですね。

そんな風に痛え~~~と言っているうちに、すぐ横では産まれたばかりで身体が真っ赤な娘がふにゃふにゃ可愛い声を上げている。
もう本当に、本当に、かわいい。
オタクはよく推しを尊いと言いがちだけど、本当の意味で「尊い」。
尊いの本来の意味が、ものすごい解像度で目の前に迫ってきたのがわかる。神聖ささえ感じる。

私は動けないので、このとき夫にとにかくたくさん写真と動画をとってもらった。今でもこの時の動画を何回も見返すので、分娩室での撮影は許される範囲でめいっぱいやることをオススメします。

私は横になった状態で2~3時間分娩室に居なければならないのだけど、そうこうしているうちに昼になり、助産師さんがお昼ここで食べますか?と聞いてくれた。
もうすっかり腹ペコだったので、いいんですか!ぜひ!と返事すると、

助産師「ちょっとお行儀悪いけど、お母さん動けないし寝たままで、お父さんに食事を口まで運んでもらいましょう」
私「そうしてもらいましょう」
夫「わかりました」
助産師「ただね…今日の献立カレーうどんなんですよね……」
私・夫「カレーうどん」

予告通り運ばれてくる昼食。さっきまで感動的なお産をしていた分娩室という空間に漂う、香ばしいカレーのにおい。
分娩台の上の私は天井に向かって大きく口を開け、夫がカレーを纏ったうどんを1本ずつ慎重に、丁寧に私の口へ運んでいく。
その隣で、さっき生を受けたばかりの赤子がほげほげと泣く。
お産の合間に清潔を保つ目的であろう分娩室の手洗い場で、カレーにまみれたお箸を夫がせっせと洗う。
大変おいしかったのでまさかの完食(夫ありがとう)。

分娩室という空間にカレーが掛け合わさることってあるんだ、と感心した。
もし分娩室でカレーうどん食べたことある人いたら教えてください。

長くなりました。私の人生のハイライトなのでしっかり書きたかったんです。
この後の話や、入院生活でやってよかったことなどを後編の記事に続けます。

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