あれから1年
5月28日、1年前に、川崎市にある、私立カリタス小学校で悲惨な事件が起きました。
児童と保護者の2名が亡くなり、18人の児童がけがをしました。
カリタス小学校は、たまたま知り合いの方のお嬢さんが通われており、そのときの状況をはなされていたのを読んで、本当にびっくりしたのを覚えています。
また、私の2人の娘が、ともにカトリックの学校の卒業生と在校生ということもあり、とても他人事とは思えな時事件でした。
今朝は、ネットでミサが行われ、奥様が参加されていたそうです。
1年が経つのは早いですが、心の傷は癒えておらず、未だに苦しんでいることを聞くと、やり場のない思いがこみ上げてきます。
今回のコロナウイルスも、色々な所で生まれる憎悪感がもたらしたものでは?と思えるぐらいです。
ニュースを見渡すと、暗い話題や争いの話題が多く目にします。
これは、自分で暗いニュースを探しているという面もあります。
正確に言うと、最近のAIの影響で、ネットで目にする話題は、今の自分が興味をもったニュースが流れるシステムになっていて、自分で悪い方向に流れている状態です。
逆に、コロナに全く興味がない人には、コロナ関連の話題は本当に少なく表示され、それこそ、ゲームの話題ばかりが目に付くはずです。
新聞などは、その新聞社の論調が色濃く反映されるし、ネットは、自分が興味をもったものしか流れないようになる。
フラットな視点で見ているつもりでも、興味がない部分はスルーし、興味がある所がクローズアップされて目に飛び込んでくるのが普通です。
そこを理解していないと、溢れる情報の、ほんの一部の偏ったものにしか触れていない状況になってしまいます。
それこそ、情報を探しているようで、実は情弱。ということになる訳です。
ニュースや情報源は、常に、違う部分を探しながら読む。
これを意識すると、少しは違ったものに見えてきます。参考までに。