私と建築。ニュージーランドでの挑戦。
今回は私と建築についてを太軸に、つらつらと。
私は今NZで建築に携わっている。(つい最近から)
海外で設計をやってるなんてよっぽど建築が好きなんだろう、と思われる。が、実はそうでもない。
日本でも6年間設計をやってきたが、建築がめちゃくちゃ好きかと言われると好きだけど、名だたる著名な建築家みたいな個性の強い、ランドマークとなるような自分の作品を作りたいかと言われるとそんな野望一度も持ったことない。
昔読んだ記事か本かに
「建築家」は建築デザイナー
「建築士」は建築設計技術者と区別されることが書いてあった。
建築家は建築士でもあるが、逆に建築士が必ずしも建築家である必要はないと。そして多くの場合、建築士は建築士に留まるのだと。
建築学を学び始めた大学の初期になんとなく芸術家肌の人と凡人。という風な明確な区別が同級生の中で引かれていたのでその文章が腑に落ちたのを覚えている。同時にやはり私は「建築家」にはなれないんだという諦めも感じた。
でも仕事を始めて数年して仕事が楽しくて、カテゴライズなんてどうでもよくなっていた。
仕事を通じて分かったことは、私は建築よりも人が好き。ということ。
人が喜ぶ姿を見るのが好き。期待の上をいって驚かせるのが好き。
建築が好きかどうかは関係なく、もっと喜ばせたいからスキルを磨きたい、知識を増やしたい。単純な理由だけどその思いがなかったら、建築畑を離脱してたと思う。
一級建築士を取るまでに3年かかった。お金も時間も体力もこれでもかというほど注ぎ込んだ。でもどうしても取りたかった。その資格の名前の力を知ってたから。実務側からしたら資格の等級なんて微塵も関係ないのだが、二級建築士がどれだけお客さんとの心の距離を縮めて最高の提案をしようが、ポッと出の一級建築士の根拠のない助言には敵わないことがあったりする。
お客さんからの信頼が厚くなると、こんなにやりやすいことも嬉しいこともない。もちろん得られた知識と自信が大きかったので総合的に見てもやはり喰らい付いて良かった。
そして今の私にとっても「建築家」も「建築士」の区別も全くどうでもいいのだが、もし誰かにとって、世に誇れる作品や芸術を作る領域をデザイナー=建築家と呼ぶのならば確かに私はそんな神々しいものにはなれない。
私は作品を作りたいのではなく目の前の人を1人ずつ全力で幸せにしたい。その手段が建築なだけ。
設計に自分の想いは最低限しか盛り込まないようにしている。デザインは最低限のルールさえ守ればそれなりに見栄えはよくなる。もちろん個性を出すことを諦めてはいけない。ただ優先すべきは施主の気持ち。尽力すべきは施主の願いを叶えること。むしろ願い以上のお節介を焼くこと。それを踏まえつつ最大限のデザインを引き出す。口で言うのは簡単だがなかなか難しくいつも四苦八苦。でもそれが自分の責務だと思っている。
今の目標は、私だから一緒にやりたいと思ってもらえる設計士になること。
もちろん異国の土地に来たので、この国での実績はゼロ。英語もまだまだ。知識も0。資格もない。0からのスタートで、「40年経って初めて一人前」と言われるこの業界に食らいついていかないといけない。建築は総合芸術と言われるけど私はもっと汗臭い、総合格闘技だと思ってる。文化宗教気候慣習、法律構造材料環境、いろんな知識を地道に泥臭く蓄え、あとは経験の積み重ね。
私は今でも担当したオーナーの内の何名かと退職しても尚付き合いを続けている。物件が完成した時に気づくことも多いのだが、その後のやり取りで学べることの方がずっと多い。家は住んでみないとわからないことが多いから。そしてライフステージや家族環境が変わると、今までとは違った感想が出てくる。
自分が新人の頃一番最初に1人で担当したお客さんの家を思うと、申し訳なさでいっぱいになる。完成した時は達成感よりも実際の建物になって気づいた多くの反省で消えてしまいたい気持ちになった。そしてそう思ったのは1度だけではない。いろんな家族を踏み台にして今がある。私にできることはそのミスをもう繰り返さないようにすることしかない。
日本で経験したことから学んだこの姿勢を、40年後一人前になった時ですら忘れずにいたい。
まぁまだこの国では土俵にすら上がれてないので、こんな大層なことを言っている場合じゃない。笑
やりたいこととやらなければならないことがまだまだ乖離してる状態。。
英語。そう、まずは英語。いやそれ以外にもいっぱいある。
1日24時間がこんなにも短くて刺激的なのは久しぶり。
手探り状態だが、やっていく先に掴めるものがあると信じてもがいてみる。