人は悩みを話すとなぜ落ち着くのか
1 悩み多き生徒
先日自分が関わっている部活動の生徒が、練習中非常に暗い顔をしていました。その生徒は足のケガが理由でしばらく部活動の練習を休み、ここ何日かの間に練習に復帰してきたレギュラーメンバーの生徒でした。
時期は、この猛暑の夏のことでしたので、先輩たちも心配して、「もし熱中症っぽいなと思ったら、すぐ休んだ方がいいからな」とか「けがが気になるの?痛いんなら休みながら練習してな」といった声を掛けていまし。しかし、その生徒の暗い表情は元に戻ることはありませんでした。
これは具合が悪いとかそういうことではないなと思った私は、その生徒を練習会場から離れた場所に連れ出して、「先輩がああやって心配してくれたけど、それに対してあまり反応がなかったから、心配でここに連れてきたんだ。何か心配事?もしよければ話を聞くよ」と申し出ました。自分はこの部活動の部長という立場なので、あまり生徒と交流はなく、監督が不在の時にたまに練習を見に来る程度のかかわり方でした。そんなたまにしか練習に顔を出さない教師に対して心を開くことはないだろうと思いつつも、周りに心配してくれる大人がいるというだけでも少しは助けになるかもしれないという思いで、話を聞こうとしました。
その生徒はぽつりぽつりと話をし始めました。その後以下のようなことに気を付けながら話を聞いたのです。
2 どんなことに気を付けながら話を聞いたのか
自分が気を付けたのはこんなことです。
(1)受容的態度で生徒の話を聞いた
こちらから「こんなことで悩んでるんだろう?」など決めつけることをしないで、最初はひたすら生徒が話始めるのを待ちます。そして、それに対しておうむ返しで返していきます。
例えば・・・
生徒「先輩との関係に悩んでいるんです。」
私 「なるほど、先輩との関係に悩んでるんだ。」
生徒「そうなんですけど・・・」
私 「そうなんですけど?先輩全員と?」
生徒「いや、そんなには・・・」
こんな感じで生徒の文末をとらえることで、生徒は自分が発した言葉を客観的に聞き、「言ったことを客観的に聞くと、自分の考えていることとちょっと違うな」と思うかもしれません。そうすると生徒は少し訂正をします。
(2)生徒の悩みをチャンクダウンする
私 「先輩全員ではないんだね。」
生徒「はい・・・」
私 「どんな時悩むの?」
生徒「ん・・・練習中かな」
私 「練習中の休憩中とか、普段の学校生活では?」
生徒「最初は練習中だけだったけど、だんだん休憩中とか学校の中で会うときも・・・かもしれません」
私「なるほど、じゃあ悩みのスタートは練習中のことか」
先輩との関係がぎくしゃくしていることは自覚していたものの、それが始まったのが練習中のことであることがわかってきます。生徒の中では練習中の休憩や学校生活での先輩とのかかわりも悩みの種であったのが、まず解決すべきは練習中の出来事だということに分割されます。
その他にも、成績のこと、クラスのこと、異性関係の不満など、いろいろなものが渦巻いていました。
でも、とにかく以上の2点について気を付けながら、生徒の話を丁寧に聞き続けました。1時間以上、生徒は話し続けたと思います。
3 練習再開
生徒は自分の中にあるもやもやしたものをある程度吐き出したのでしょう。終わりごろには、自分の好きなことなど、悩みではないことについて楽しそうに話をしていました。そのころ部員が心配してきてくれました。私が「どうする?もう練習時間10分ぐらいしかないけど、このまま終わってもいいし、参加するのでもいいし、自分で決めなさい」というと、他の部員と一緒に練習を始めました。その様子は部活動が始まったころの「暗く沈んだ顔」とは違い、大きな声を出してはつらつと楽しそうに練習を始めたのです。
4 なぜ生徒は練習を再開できたのか
なぜ、この生徒は気持ちを切り替えることができたのでしょう。問題が解決したわけではないのに。
考えてみるとこんな理由かなと思います。
(1)自分の悩みを言語化できたこと
生徒の最初の状態は自分が悩んでいることをうまく言葉にできず非常にもやもやしたものだと思います。先輩との人間関係すべてが嫌になり、練習に参加したくないという気持ちばかりが先行していたのかもしれません。または、自分が何に悩んでいるのかもわからず、ただもやもやした気分でいて、今日はなんか練習するの嫌だ!という気持ちばかりがあったのかもしれません。
しかし、悩みを聞くことで自分が何に悩んでいるのか言葉で説明することができました。そうすると自分でその悩みを解決し始めるのではないでしょうか。
(2)自分がコントロールできる悩みとコントロールできない悩みを分割したこと
言語化できた悩みは自分の頭の中で考えることができます。悩みを聞いていった中で、
私が多少アドバイスしたことは以下のことです。
「過去のことや相手のことはもうどうにもできない。変えられるとした今後のことや自分自身の気持ちや態度だよな。変えられないことはもう悩んでもしょうがないよな。できること頑張れば?」
生徒は自分が変えられるのはこれからの未来と自分自身のことだけだなと少しはわかってくれたのかもしれません。
5 最後に
もし私が話を聞いたときに、大人の意見として「先輩ってそんなもんだよ。いいか?社会に出たらそんな理不尽な先輩なんて山ほどいるぞ!頑張れよ」とげきを飛ばしたり、「なるほど~そうか、先輩との関係に悩んでるんだな。じゃあ部活動やめてもいいんだよ。」と生徒の弱い部分に寄り添ったふりをして、あまりにも受容的すぎるアドバイスを与えたりしても、生徒は練習に気持ちよく戻れたかといったら、そうではなかったと思います。
生徒が自分の気持ちにしっかりと向かい、自分がいったい何に悩んでいて、自分が頑張れそうなところはどこなのかを考えることを手助けすると、こんなにうまくいくこともあるんだなあと感じた出来事でした。