(連載小説)「殺人授業~岡部警部補シリーズ~」第2話(全3話)
翌日、いつも通り大学のキャンパスに入る伏山と久保田。大学は庭や講堂含めて東京ドーム5個分の広さであり、その要因もあってか、開校以来続々と生徒数は増えていき、今では3万人の学生が通っている。
伏山は新聞記事でどうやらあの後に、岡山と彼氏の遺体が発見されたと書いてあった。それを見て、自信を持ちながら歩いていた。
しかし久保田は、やはり恐怖なのか事件が起きる前までの明るい笑顔は、少し無くなっていた。
2人があまり会話をせずに、キャンパスの庭を歩いていると
「あの。もしかして伏山さんですか?」
急に女性らしき人から声を掛けられ、2人が振り向くと、そこにはスーツ姿で小柄な女性が立っていた。
一瞬、ここの大学生かなと思いながら伏山が
「あの、どちら様ですか?」
すると、女性はポケットから警察手帳を取り出して
「私、警視庁捜査一課の岡部と申します」
警察がいきなり自分に何の用だ。それもこんなに早くに刑事が来るなんて、正直予想外だった。
自分たちと岡山を繋ぐものは無いはず、でも一応対応しなければならないと思い
「あぁ、警視庁の方ですか」
「はい。実は少しお聞きしたいことがありまして。少しお時間良いですか?」
「あぁ、はい。大丈夫ですよ」
少し久保田を見ると、怯えていた。やはり警察が目の前にいると緊張するのは分かる。だって共犯者だからもそうだし、こいつは意外と小心者だからである。
岡部は続けて
「えっと、岡山鈴さんをご存知ですよね?」
「あぁ、知ってますけど、岡山さんがどうかしたのですか?」
「実は亡くなりました。岡山さんの自宅で、私たちは無理心中だと考えてます」
「まさか、知りませんでした。無理心中って、恋人とですか?」
岡部が頷く。伏山は少し戸惑ったふりをして
「信じられないな。なぁ」
伏山が話を久保田に振る、しかし怯えているためろくな返事も出来なかった。
このままだとすぐに疑われて終わりだと思い、少し微笑みながら岡部に
「こいつちょっと風邪ひいてるんですよ。来るなって言ったのに行くって言うから」
「大丈夫ですか?」
岡部が心配そうな顔になり言った。伏山はさっさとこの場から離れたいと思い
「すいません。こいつを医務室まで連れて行くので、もうこれで大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。お大事になさってください」
伏山が頭を下げて、久保田と一緒に校内まで入っていく。
そして誰もいないところで、少し怒り気味になり
「ふざけなんだよ。これで疑われたらどうするんだよ」
久保田はまだ怯えながら
「だ、だって、まさか刑事が来るなんて思ってないんだもん」
「俺だってそう思ってたさ。でもここは嘘でも乗り越えないと、それ以外どうすればいいんだよ」
少しため息をつく久保田。共犯者として選ぶのを間違えたなと思いながらも、伏山は彼の肩を叩いて
「上手くいこうや」
そのまま教室へと伏山は向かって行き、それに久保田は黙ってついていった。
でも正直伏山は不安でしかなかった。もし久保田が怯えた拍子にあの刑事に全部をばらしてしまったら元も子もない、全て台無しだ。
少しそれも危惧しながらも、講義を受けることにした。本当はこんな気持ちで受けたくなかったが・・・
授業を終えて、2人は食堂に行こうとしたときに誰かが伏山を呼ぶ声がした。2人が振り向くとそこには、完全に見覚えのある人物が笑顔で近づいてきた。
一体何の用だと思いながらも伏山が
「どうしたのですか?岡部さん」
岡部は少し微笑みながら
「実は少しお話がありまして、今大丈夫ですか?」
少し久保田を見ると、やっぱり怯えてる。こいつどんだけ小心者で臆病なんだよと思いながらも
「大丈夫ですよ。これからご飯食べようと思ってたので」
「良かったです。ではご一緒にしてもいいですか?」
図々しいなこの女刑事は。でもこの微笑みを見ては、逆に圧力を感じて優しく頷いた。
3人はそのまま食堂に向かった。このキャンパスでは一番の広い場所であり、どれも200円で定食やセット料理を食べてるため、凄い好評である。
3人はそれぞれ注文し、食事しながら話をすることにした。まず口を開いたのは伏山だった。
「で、岡部さん。気になることって何なんですか?」
「あっ実はですね。他の刑事たちは無理心中と言っているんですけど、私は第3者が殺人に関わってると思っています」
「え?」
一体何を言い出すのか。この女刑事はすぐに無理心中ではないと見破っているし、ということは自分たちにミスがあったかもしれない。
そう考えていると、岡部が
「少しこの事件おかしな点がありますし、この事件をいち早く解決して、岡山管理官の無念を晴らしたいんです」
今になって思いだした。岡山の父親が警察官僚だったってことを、でもそんなことは関係ない。
それだったら自分の父親も警察官僚だ。そう言えば、父親がそのことで心配していたことを、母親から聞いたばかりだ。
伏山は少し重い顔をして
「確か、岡山さんは岡山管理官のお子さんでしたよね。父親が心配していたことを母から聞きました」
すると岡部が気になりそうな顔をしながら
「あの失礼ですけど、お父様は警察関係者何ですか?」
伏山は少し微笑みながら
「警察庁の刑事局長をしてますよ」
岡部は目を見開きながら
「え?伏山刑事局長ですか!?」
伏山は頷いた。驚かれるのも無理はないが、それはもう慣れていた。
全国の刑事のトップの息子が目の前にいるから、恐縮そうな顔をするのはこれは当然のことだ。
だからこそ完全犯罪でなければいけない。そう思い、少し自分にも緊張感を持って話していた。
すると岡部が
「これは失礼しました」
伏山が少し戸惑いながら
「いえいえ、親父とはあまり喋りませんから。そんなことはともかく話を続けてください。そのおかしな点を」
つい伏山は隣にいる久保田を見る。するとずっと俯いており、終始震えている。情けないヤツだと思っていると、岡部は続けて
「実はですね。他の刑事たちの推測だと、岡山さんは恋人にバットで殴られて殺された。そして恋人は自ら薬を飲み命を絶ったと考えています」
「なるほど」
本当はその刑事たちの推測通りに、この女刑事も動いてほしいものだが、少し冷静に考えていると、岡部は続けて
「でもですね。亡くなった恋人の解剖結果が出ました。そしたらですね、腹部に誰かから殴られた跡がありました。それに首には押さえつけれたようなアザがありました」
確かにあれは完全に予想外だった。それは疑われてもおかしくはない。そのため、少しその話に乗る感じで
「なるほど。そうなると、辻褄が合わなくなる」
「そうです。もし岡山さんがこれをしたとしたら、では岡山さんを殴り殺したのは誰だと言うことになります」
「確かに」
冷静に考えてみて、それだったら無理心中だと考える刑事もどうかしていることになる。
すると岡部が
「ですがもう一つ気になることがありまして」
「なんですか?」
「実は、岡山さんの自宅マンションに行き、隣近所の方に話を聞きました。すると事件当時、叫ぶ男の声が聞こえたと話してくれました」
まさか、あの時隣に人がいたなんて思いもしなかったし、それもまた予想外だった。
事件現場から逃げる際に見られていないか少し心配になった。久保田は相変わらず下を見ている。
これじゃすぐに疑われて捕まって終わりだよ。やっぱり共犯者としては失敗だったなと思いながらも
「それは、恋人の声じゃないんですか?」
「いえ、その男は、「早く薬を持ってこい」と言ってたみたいなんです」
それは確かに言ったが、まさかそれまで聞かれていたなんて完全に予想外だった。でも話を聞く限り、完全に見られたわけではないみたいだ。
それが不幸中の幸いである。少し伏山が
「でも、例えば体が悪かったとか」
「いえ、恋人の方は至って健康でした。悪い所なんて何一つなかったです」
「健康ねぇ」
あのクズに健康という言葉は似合わない。似合うのはクズだけだ。少し伏山は怒りを感じながらも、皮肉っぽく言った。
すると岡部が気になりそうな顔をしながら
「そういえば、伏山さんは岡山さんとは仲が良かったらしいですね。他の大学生の方から聞いたのですけど」
「そうですね。同じ親が警察官ということだけで、卒業論文は何にするかとか、将来何になりたいかとか、よく話してましたね」
岡部はメモを取りながら
「なるほど。失礼ですけど、岡山さんは伏山さんのご自宅には」
「来たことないですね。まぁ俺の家に来たことあるのこいつくらいですけどね」
まだ下を向いているため、本気で殴ろうかなと思ったが、そこは堪えていると、岡部が立ち上がり
「ありがとうございました。そろそろ捜査に戻らなきゃいけないので」
それを聞き2人は立ち上がり、久保田を見ると少しホッとした感じの表情に見えた。
伏山は冷静な笑顔で
「いえいえ。こちらこそ、お役に立てなくて申し訳ございません」
「あっ大丈夫ですよ。本当にありがとうございました。お父様によろしくお伝えください」
「分かりました」
そのまま岡部は場を後にした。2人は一息を付くため座った。しかし伏山は怒りの表情になり
「おい。お前一言なんか喋れよ」
「無理だよ」
久保田が少し怯えながら言った。伏山はそんなことお構いなしに
「いいか。もうあの女刑事は第3者が犯人ってことをすぐに見破ってるんだよ。お前のその行動一つで、俺たちの人生が台無しになることをよく覚えておくんだな」
そう言って伏山はその場を後にした。少し久保田は泣きそうな顔になりながらも
「俺の気持ちも考えろよな」
でも二人はまだ気づかなかった。この後本当に人生が台無しになることが起きようとは
~第2話終わり~