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egg(21)

 
第八章
 
30分後。3人は再びマンモス団地の中にある駄菓子屋の前で集合した。暑さも厳しくなってきたので、3人ともばかでかい水筒をリュックに入れてしょいこみ、変速ギア付きのスポーツ自転車でやってきた。高藤哲治と唐沢隆は野球帽をかぶっていたが、リーゼントにしている川上直樹はセットが崩れるのを気にして帽子はかぶってこなかった。
「小学生みたいでカッコ悪くね? お前らも脱げよ」
と直樹に言われて、急に恥ずかしくなった哲治は素直に野球帽を脱いでリュックに放り込んだが、唐沢はかたくなに拒否した。
「やだよお。スポーツ刈りだと直射日光が頭の皮に当たって痛くなるんだあ。絶対脱がねえ!」
そもそも、普段から野球帽をかぶっている唐沢は、野球帽をかぶる姿が様になっていた。直樹もそこまで押し切るつもりもなかったようで、この話はここで終わり、3人は早速町田に向けて出発した。
団地の横を抜けて下り道を自転車で一気に駆け降りると、田んぼが左右に広がる平坦な一本道が続く。3人は直樹を先頭にして唐沢、哲治と並んで自転車をこぎ続けた。
そのうち道は上り坂に変わっていた。16メーター道路の先にある山道に似た急な傾斜で、哲治は自転車のペダルがぐっと重みを増したのを実感した。直樹がガチャっとギアを落とした音が伝わってきた。哲治もギアを落としたら、途端にペダルを踏むのが楽になった。しかし唐沢はギアを誰より早く落としたにも関わらずすでに限界が来たようで、腰を浮かして自転車を立ちこぎし始めた。
「あー! 上り坂は大嫌いだあ!!」
叫ぶ唐沢の背中に汗のシミがどんどん広がっていく。体が大きい唐沢は3人の中で一番汗っかきだ。普段野球で体を鍛えているとはいえ、重たい体で急な坂道を上るのは相当しんどいらしい。
「唐沢! あと少しだ。がんばれ!!」
哲治が後ろから唐沢に声をかけた。
「もうすぐ下りになるぞ! ファイト!」
直樹も後ろを振り向いて唐沢を励ました。
二人に励まされたのが効いたのか、唐沢はゼエゼエと肩で息をしながらも、一度も自転車を降りることなく最後まで坂を上り切った。
「終わったあああ」
平坦な道路にたどり着き、唐沢が片手をハンドルから離して、ぐっとガッツポーズをした。
「よーし、唐沢! こっから先はしばらく平坦が続くから足を休めてくれ」
直樹が振り返って話す。
「この先ちょっとだけ上り坂があるけど、そこは大したことない。そのあとはずっと平坦だ。あと20分も走れば町田の駅前だよ」
「うん、わかったあ。じゃあ…」
と言って、唐沢が自転車を止めた。
「おっとっと!」
慌てて後ろにいる哲治がブレーキをかける。
「何で止まったの?」
唐沢は自転車を道路脇に止めてリュックから水筒を引っ張り出した。
「ちょっと休憩だあ」
ごくごくとのどを鳴らして水を飲む唐沢を見ていたら、哲治もめちゃくちゃのどが渇いてきた。
「オレも!」
水筒の中の麦茶を飲んでいると、最後に自転車を止めた直樹が、道路脇の小高い丘の上に立っているのが見えた。哲治が近寄ると、直樹が向こうを指さした。
「ここにもでかい団地があるぜ」
哲治はおお、と思った。直樹が立っている場所は、これまで登ってきた大きな丘の稜線がはるかに見渡せる位置にあった。なだらかにずっと向こうまで広がる丘の起伏には、大量の白光りする団地が5~10棟ごとに群になって整然と並んでいる。そして団地と団地の間にはこんもりとした林がまだいくつも残っていて、大きくて四角い白い団地と小さくて丸い緑色の団地が順々に並んで、こっちに向かってくるみたいに見えた。
「スペースインベーダーみたいだ」
と哲治は思わずつぶやいた。直樹が笑った。
「お前の目にはこれがゲームに見えるのかよ! 面白れえな!」
「えー? どこがゲームなんだよお」
あとからやってきた唐沢がよくわからんという顔で聞いてきた。
哲治はちょっと恥ずかしくなって笑った。
「いや、本物はもっとすごいからさ! 早く行こうぜ!」
3人は再び自転車にまたがった。やや下り坂になった平坦な道をスピードを上げて走っていく。そして、町田駅が見えてきた。

町田駅の出入り口は東西南北にいくつかある。一番大きな出入り口に近い大通りは歩行者天国になっていて、出入り口を出た目の前にあるジーンズ専門店の「ジーンズショップ マルカワ」を代表とする、若者御用達の大人気ショップが軒を連ねているエリアになっていた。インベーダーハウスもこの大通り沿いにある。買い物客でごった返す大通りでは自転車を走らせると危ないので、3人は自転車を引きながらぞろぞろと大通りを歩いた。
「ここだよ!」
哲治がインベーダーハウスを指さした。夏休みの昼間だからか、店の前のスペースインベーダーの周りには、若い男性たちに交じって、小学生っぽい野球帽をかぶった男の子たちもわらわらと集まっていて、巨大な人の塊ができていた。
「どわあ! すごい人だかりだなあ!」
唐沢が目を白黒させて驚いた。3人は店の横に自転車を止めて、ゲームが見られる位置を探し、小学生たちの一群の後ろに陣取った。途端に周囲からどっと歓声が上がった。Tシャツにジーンズ姿の大学生が6面をクリアしたようだ。前にいる小学生たちが「ジョイスティックの持ち方はこうだな!」「UFOが敵の隙間から出る前にミサイルを発射すると当たるんだぜ!」と興奮して口々に語っている。だが次の瞬間「ああ~!」という残念そうな声が響き渡った。7面でプレイヤーが最後の1機を失ってしまったのだ。ゲームオーバーになった大学生はこのゲーム機でのレコードホルダーになったらしく、1位の欄に自分の名前を「AAA」と入力した。
「トリプルAだったんだ!」
と周囲がざわつく。インベーダー好きの間では、このゲーム機で、とある3人がトップランク選を繰り広げていることが噂話として広まっていた。特にトリプルAは町田にインベーダーハウスができた瞬間から高得点をたたき出し、常にランキング上位にいるプレイヤーだった。他の二人はここ1か月で急に得点を伸ばしてきたプレイヤーで、現時点の順位では2位が「T」で、3位が「SAL」だった。実力者3人のうち1人が登場したとあって、子供も大人も熱い視線を大学生に送り、拍手さえ起った。あまりに注目を浴びて居たたまれなくなったのか、その大学生は拍手に送られるとさっさといなくなってしまった。
 
その後は、小学生たちが我も我もとスペースインベーダーに挑戦していった。だが、初体験の子たちばかりで、1面で次々と敗れていく。いよいよ哲治達の順番が回ってきた。そこで3人でじゃんけんをして、最初は直樹が挑戦することになった。
「見てろよ。オレ経験者だから」
自慢げに言うと直樹はジョイスティックを左手で握り、右手をボタンに添えて構えた。1面目。直樹はトーチカという防御壁をうまく使ってインベーダーのミサイル攻撃をしのいでは、自分の砲撃をインベーダーにヒットさせた。
「うまいうまい!」
唐沢が興奮して大きな両手をバチバチと叩いた。直樹もまんざらではない。そして2面に突入した。1面より1段下からインベーダーの攻撃がスタートする。早くやっつけてしまわないと、プレイヤーの砲台に敵が接近して負けてしまう。直樹はさっきよりも速いスピードで左右に動き砲撃を繰り返したが、トーチカが敵の攻撃でみるみる削れ、しまいには自分が撃った砲撃の誤射で自らトーチカを失う羽目になってしまった。
「あああ! 逃げ場がねえ!!」
一瞬でも隠れられる場所がなくなったことで、インベーダーの攻撃をよけるのに精いっぱいになった直樹は、2面目で全機を失いゲームオーバーとなってしまった。
「よおし! 今度はオレの番だ!」
唐沢が初めてのスペースインベーダーに取り掛かった。しかし、プレイヤーを動かすより先になぜか体を動かしてしまう。
「唐沢! 体を左右に動かしてもプレイヤーは動かないよ! ジョイスティックを左に動かして! 左!!」
哲治がアドバイスをしても、唐沢は必死になって自分の体を左に避けるだけで、プレイヤーは1コマも動かず、あっという間にインベーダーの餌食となってしまった。
「くそお! 難しいなあ!!」
頭を抱える唐沢を見て、哲治が言った。
「二人の仇はオレが打つよ。見ててね!」
哲治はおもむろに100円をスロットに放り込んだ。ここ2週間、塾帰りに握り続けたジョイスティックを今日もしっかりと握りしめる。手になじんだいつもの感触を思い起こしていると、ゲームが始まった。すると哲治はトーチカで敵のミサイルをよけながら、中央の縦2列のインベーダーに攻撃を集中し始めた。敵が1段、また1段と降下してくるのに、哲治は気にすることもなく、ひたすら縦2列のインベーダーだけをせん滅していく。不安になった直樹が尋ねた。
「哲治、1か所だけ攻撃していても敵が下についたらゲームオーバーだぞ。もっと攻撃を広げないと!」
哲治は視線をゲームから外さないまま、落ち着いた声で答えた。
「大丈夫。これは作戦だから」
作戦?と、直樹と唐沢が不思議そうに顔を見合わせる。哲治が続けて言った。
「この前たまたま見つけた方法があって、うまくいくかどうか試してみてるんだ」
ついに中央の縦2列のインベーダーがいなくなった。すると哲治は敵がいなくなったそのスペースの動きに合わせて、自分の砲台の位置を左右にずらし、ミサイルが当たらないようにした。そのうえで、わが身を守るトーチカを砲撃で粉々に壊しだしたのである。
「ええっ! なんでトーチカを壊しちゃうんだよ!!」
直樹が焦って叫んだ。しかし哲治は落ち着いている。
「もう少し、もう少しだから!」
ついにインベーダーはプレイヤーの1段上まで迫ってきた。次の段までくればプレイヤーの負けでゲームオーバーになる。直樹も唐沢も「もうだめだ!」とあきらめた。その瞬間に、哲治が叫んだ。
「いけええ!」
哲治は砲台をすばやく左右に動かして、ミサイルをバリバリと打ち続けるインベーダーの真下に砲台を滑り込ませた。
「ミサイルが当たる!」
叫んだ唐沢も直樹も、哲治の砲台が粉々になるのを見た…はずだった。だが、実際は逆だった。敵のミサイルはなぜか砲台には当たらず、砲台が打つ砲撃だけがインベーダーをとらえ、次々と倒し始めたのだ。
「ええええ???」
直樹と唐沢だけではない。周りで見ていたギャラリーたち全員がびっくりしてどよめいた。
「裏技だよな?」「どうなってんだよ?!」
と皆が口々に騒ぎ立てる。
最後の1機を倒して1面をクリアした哲治がふーっと満足げな吐息を漏らした。
「おし! 成功だ!!」
そこからの哲治はすごかった。2面、3面、4面と同じ方法で難なくクリアし、5面では敵を倒し切れず1機を失ったが、6面も無傷でクリア! そしてトリプルAが破れた7面に突入した。直樹と唐沢は興奮して哲治の肩をつかんでゆさゆさとゆすった。
「哲治~! 7面だぞ! お前天才かよ!!」
「トリプルAと並んだあ! ありえねえ!!」
哲治がゲーム画面から目を一切話さず言った。
「トリプルAを抜かしてやる!」
哲治の発言に、再びギャラリーがどよめいた。哲治はゲームで新記録を叩き出せるかもしれないという興奮と、みんなからの注目で胸がどきどきと高鳴るのを感じた。7面目も展開は同じだった。より近くから攻撃を始めたインベーダーの隊列にいかに早く風穴を開けられるかが勝負の分かれ目だった。しかし、敵が下りてくるのがこれまでになく速いと哲治は感じた。これまでになく集中してミサイルをよけ、砲撃を当てようとした。だが、焦ってしまって命中率が下がり始めた。ついに被弾し、残機はあと1機となってしまった。
「くそっ!」
哲治は気を取り直してジョイスティックを握り直した。ゲームが再開する。だが、その瞬間!
「ああ~!!!」
周囲から悲鳴ともつかない声が上がった。最後の1機は発射された2つのミサイルを回避しきれず、被弾してしまったのだった。ゲームオーバー。ランキングが発表されると、哲治は2位。トリプルAとわずか10点差であった。
「くそー。負けたか…」
残念がりながら、哲治は名前を入力した。途端にギャラリーがまた騒ぎ始めた。
「『T』だ! この子がTだったのか!」
そう、夏期講習の間、毎日スペースインベーダーで遊んでいたことで、哲治は上位ランカーに名を連ねる実力になっていたのだ。ゲームが終わって人だかりから抜け出した3人は、ほっとして顔を見合わせ、ゲラゲラと笑った。
「哲治~! まさかお前がゲームの天才だったなんて知らなかったぜ!!」
直樹が顔を真っ赤にして笑いながら、哲治の背中をバシバシと叩いた。唐沢も止まらぬ笑いで痛むわき腹を押さえ、涙を拭きながら言った。
「なんだよお! 先に言えよお! びっくりしたじゃんかよお!!」
3人でバカみたいに笑い続け、ようやく笑いがおさまったところで、哲治が種明かしをした。
「実はさ、オレがやっている方法は別の人がやってた裏技なんだよ」
「裏技?」
「うん。ほら、ランキング3位に『SAL』っていう名前があったの覚えてる?」
「そういえばあったなあ」
と、唐沢が水筒の水をごくごくと飲んで答えた。
「SALさんはサラリーマンでさ、オレが塾から帰る時間にいつもあそこでゲームをしているんだよ。そうしたら、ある日突然SALさんのプレイ時間が長くなってきて、高得点ばかり出すようになったから、どうしてなのかを見ながら分析したわけ」
「へー! わかったの?」
直樹が興味津々で尋ねた。
「うん。わかった。インベーダーの攻撃は下から2段目に入るとプレイヤーの砲台に当たらなくなるんだよ! SALさんはゲームのバグだって言ってた…」
「ああ、それで哲治は敵が下に来るまで攻撃しないで待っていたのかあ!」
唐沢が感心して叫んだ。哲治がうなずく。
「そうなんだ。でも途中から2列開けたくらいじゃ、敵のスピードが速くて間に合わなくなっちゃった。もっとあらかじめ敵を減らしておかないとダメみたいだね」
「なるほどな! よし、今度オレもやってみよう!」
直樹がうずうずした声で言うのを聞いて哲治もうんと頷いた。
「また今度一緒にやろう! 3人でトップ3に名前を入れちゃおうぜ!」
ワイワイ盛り上がっている3人の前で、赤いサンダルとスニーカーが立ち止まった。
「おい、直樹か?」


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