egg(60)
第三十四章
「どうして髪切ったの?
たしか3歳から伸ばしてなかったっけ?」
ドアの向こうにいるお兄ちゃんの高藤哲治に聞かれて、わたしこと由美は、喉に大きなビー玉がつかえたようになった。
決壊しそうな涙腺に負けないように、眼球をぐいと押さえて大きく息を吐く。
くだらない本音なんて、言っちゃダメ!
お父さんとお母さんを悲しませてはダメ!
由美はいい子! いい子なのよ!
お父さんとお母さんを愛してないの?
一瞬でも裏切ったら、
「お前が」愛してもらえなくなるのよ!
そんなどこからともなく頭の中に湧いてくるお父さんとお母さんの顔をした言葉が、わたしの口を必死になって閉ざそうとする。
だけど、だけどさ。
従順でい続けた結果、今のわたしは光すら入り込めない部屋の中で、一週間も引きこもっている。
そして、ここから先、どうしたらいいのか、もはやまったくわからない。
ただ一つはっきりしているのは、
「あの親たちに会いたくない」
ということだけだ。
こんな状態で、親の顔色を窺って本音を抑え込むことに、いったい何の意味があるんだろう。
なんだかすべてがバカバカしくなってきた。
もう、どうでもいい!
わたしと同じ苦しみを知っているお兄ちゃんが、話を聞いてくれているんだ。
いいよ、もう!
全部、全部、しゃべっちゃえ!
わたしはこぶしを握って息を吸い、一気にまくしたてた。
「だって!
お父さんとお母さんにとって、
わたしはただのペットなんだもん!
勉強ができて若くてきれいで、
世間に自慢できるブランドをべったりつけた
ただの所有物なんだもん!
シュヴァルツとおんなじ!
それでも認めてもらえるのが嬉しくて、
ずっとずっと頑張って来たけど、
もう限界!
わたしはお母さんのコピーじゃない!
二人が望む
若いころのお母さんに似た姿でいる自分が、
大っ嫌いになったの!
だからっ!
だから髪を切ったの!
わたしは
お父さんとお母さんの
おもちゃじゃない!」
言いながら嗚咽が止まらなくなる。
最後まで言い切った後は、堰を切ったようにひた隠しにしていた気持ちがあふれ出し、わたしはワアワアと赤ちゃんみたいに大声で泣き始めた。