のらべりIV寄稿作品「夏の熱い日に」 #N_V_Q #NVQ4感想募集
「イームラ イムラ イームラ傭兵!イームラ イムラ 高火力~~!」
幼い頃、ポケットラジオのチューニングをくるくる回して遊ぶのが好きだった。何Hzがどこの局か?なんてことは知らなかったが、サー……と鳴っているノイズの音が突然くっきりした人の声に変わる。あのどこかに繋がった感覚が好きだった。だけどあの日、たまたまラジオが拾った電波からこの妙竹林な広告が流れ、母の笑顔が強張っていく瞬間はきっと忘れることができないだろう。
小学校の校章が大きく刻まれたスクールバッグを小さな背中にひっかけて、私は下駄箱へ急ぐ。放課後のいつもの風景だ。
「おかあちゃんただいまー。」
「おかえりリベラタ。ちゃんとおてて洗ってねー。」
「洗う洗う~。はい洗った~。じゃ、今日も”あそこ”行ってくる!」
「またぁ?行くのはいいけれど、危ないからあんまり近寄っちゃだめよ?」
我が家のすぐ近くに父の働く現場がある。私の放課後といえば、そこへ遊びに行くのがお決まりになっていた。母の注意には背中越しに返事をして、私は玄関を飛び出した。蝉の声を浴びながら自転車に乗って数分もすると、動く重機と人の声が大きくなってくる。
「おや、また来たのかい?嬢ちゃん。」
「こんにちは~監督のおっちゃん。おとうさんはサボらず頑張ってますか?」
何度も訪れているうち、現場の方々とはすっかり顔なじみになっていた。かつては近くの鉱山で働く鉱夫が住んだことから賑わったこの町も、今では人口は減る一方らしい(と小学校の授業で教わった)。そんな寂れた町の一角をとある企業がなんとまるごと買い上げ、最新の巨大拠点を作るというのだ。父はその工事に従事していた。私の放課後の楽しみは、たまたま見た父の仕事場。この場所に大きななにかを作り上げるため、一生懸命働く人と機械を(近づくと危ないのでプレハブから)見ていることだった。
「おーリベラタまた来やがったのか!本社のえらいさん方が視察に来るってんでバタバタしてるから、邪魔するなよぉ~~!」
噂をすればなんとやら。
「おとうちゃんこそ、みなさんのジャマにならないよーにね!」
口答えする私を抱きかかえ、うるせえ~!と頬をすり寄せてくる父。もう小学生なんだからやめてよそれにジョリジョリするしクサいし、と告げると私をおろして寂しそうに仕事に戻っていった。監督さんは父子のやりとりに一頻り笑ったあと、”いつもの話”を語った。
「嬢ちゃんわかるかい。ここにでっけープラント……工場が立つんだ。それと本社機能を移すっていうでっけービルもさ。世界に、そして月面のやつらに見せつけてやるんだと。地球の上で一等でっかい仕事をな。そいつが朝も夜も動き続けるんだ。この町にもまた人がたくさん溢れてさ、世界一の仕事が世界一の町を作るんだ。」
「そのへんはあんまりわかんないけど、楽しみだね。任したよ、おっちゃん。」」
「おう!」
傾き始めた太陽のせいか、高くそびえる鉄筋に囲まれて夢を語る暑苦しい大人たちのせいか、プレハブの中はすっかり熱気に満ちていた。
そうして帰宅した私は宿題を済ませるとリビングのソファに転がり、父のポケットラジオをもてあそぶ。すっかりリベラタのおもちゃね。そういって微笑む母の夕飯仕度をする音が聞こえる。サーーッ……の番組はおたよりを……サーーーーッ……ースーウォーターの危険性が指摘……サーーーッ。局の名前も周波数も知らない。内容もよく聞かないままくるくるとチューニングを回す。サーーーーーーッ……。
「イームラ イムラ イームラ傭兵!イームラ イムラ 高火力~~!」
楽しげな声の歌がラジオから流れ、ふと選局する手を止めてしまった。私の視界の隅で、母の笑顔は別の表情に変わっていた。
「……イムラ?イムラがなんで!?」
母はそう呟くと私の持っていたラジオを取り上げる。
「このあたりでイムラのCMなんて……おかしい、この周波数ってNKMRの……!」
リビングの窓の向こう。空からゆっくりと降ってくる3つの影が見えた。黒いドレスを纏った少女。不思議なことに、私には空から少女が降ったように見えた。
爆発、崩落、悲鳴。私たち3機に与えられた今回の任務は、いまだ懲りずに地下資源を堀り突くさんとする「ある地球企業」に警鐘を鳴らすこと。
「企業の人間が来るならそこをたたいた方がいいんじゃないんですか?」
「いや、彼らにはまだ影響力を持ってもらわないといけないし。なにより強制せず彼ら自身に選ばせてあげることが大事。IMRは公明正大。」
「ぜんぶ完成してからのほうがよかったの。その方がいろいろぶっ放せた……もとい衝撃も大きかったと思うの。」
青い目をした3機の少女はそれぞれに不満をぶつくさいいながらも、新拠点建設予定地をすでに更地。
「さて、それじゃこっからが大変だよ。目的を知りながら誘致した『町』も今回の対象なんだよね。」
「誘致した『人間』じゃないんですね。」
「知らないよ。作戦考えてるのはあの背の高い男の人だから。」
「正直ますきゃっとの降下作戦よりパイクリート落とすほうが早いと思うの。」
地中の鉱物も掘れるし有効かも、あれ許可申請とかいらないの?、そういや作戦前に電波ジャックして広告流してたのなに?、など暢気に聞こえる会話の後ろで、少女たちはその身体の何倍もの質量の建築物を静かになぎ倒しながら侵攻を進めていた。
夏の夕暮れは長い。そうかと思えば太陽はさっと地平線に沈み、真っ暗になったことに慌てて帰宅しては母から大目玉を食らったこともある。今日に限ってはそのどちらでもない珍しい日だ。太陽は遠く沈んでしまったのに、この町は瓦礫にその姿を変え、まだ消えない炎に照らされていた。正体のわからぬ突然の襲撃に逃げ惑う人々。私と母の姿もその中に混じっていた。母に強く握られた手と、それを引く母の背中を見つめ、ふと視線を横に逸らすと道の傍には倒れた人、瓦礫の前に跪く人。そして人の群れの隙間を縫って見えた倒壊したビル群の重なり、その一際高い頂点で月明りを受けて佇む青白い双眸。黒いドレスを纏った少女たち。
「リベルタ!ちゃんと前を見て!」
母の声に我に返る。なぜこんなことになったのか?私が幼いから分からないのか?父はどこだ?学校の友人は?彼女たちは何をもって私たちを恐怖させた?考えても分からない。熱い火に焼かれながら、私は母の手を一層強く握った。少女たちが見えた場所にはもう姿は無く、すでに真っ赤な火の手に包まれていた。
ますきゃのいる生活、ますきゃのいる日常を書こうとしたらこう。こんなにのらきゃっと型が出てこない作品になるとはな。のらべりに投げてよかったのかちょっと迷ったけど、まあええやろの気持ち。とはいえ普段ものを書かない人間が執った筆が進むわけもなく、大迷惑の大遅刻をしてしまいました。編集班の方々すみませんでした。でも自分の書いた世界が、前後のページで他の世界と隣り合って繋がったり隔たったり。それを目にするとほんとうれしくなっちゃうな。またうれしくなりたい、次回ののらべりで。