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スーパーのペットフード売り場に行くと心がちょっと悲しくなる

いつも行っている近くのスーパーマーケット。

食料品やら日用品はいつもそこで買っているのだが、そのスーパーのある一角に来ると、胸に急に小さな氷が刺さったような気持ちになる。


それはペットフード売り場だ。

そう、ここに来ると亡くなってしまった実家の犬のピーのことがキュンと心に思い出されるのだ。


実家は近くにあるのだが、毎日行くわけでもなく、用事がある時にちょっと顔を出す程度。

だからいつもピーに会っていたわけではない。

私は自分では猫や犬を飼う気がなく、愛犬家とは程遠い。

だからそのピーの事も、実家にいけばなでたり遊んだりはするけど、Pに会いたくて実家に行くというようなほど熱心にかわいがっていたわけではない。


だがピーはとても賢い犬で、私や私の子供たちが遊びに行くと嬉しそうにいつも走ってきてくれた。

でも決してしつこいわけではなく、空気を読んでいるのか?というくらい、こちらが寄れば喜んで寄ってくるし、もういいかなという気持ちになればさっとおとなしくなるような犬だった。


ピーは両親が飼っていたわけだが、うちの両親はかなり喧嘩をする。

典型的な昭和の家庭であり、父が強く母が従うことが多かったが、歳をとり父も丸くなってきたこともあり、母も一つ返事で納得することはなくなった。

だから意見が食い違えば当然言い争いになる。


それをいつも仲裁していたのはピーだった。

2人が喧嘩を始めると間に入りギャンギャン吠える、吠える。

いつもはわけもなく吠えたりはしないピー。

でも喧嘩の仲裁の時は真剣に吠えてとめる。


あまりにピーが吠えるので2人は冷静になり、喧嘩をやめる。

これがいつものパターンだった。


頑固であまり人の言うことも聞かなかったり、子育ても母に任せっきりだった父。

仕事人間で運動もすることはなかったのに、ピーの散歩は父の日課だった。

父が草刈りで庭に出ればピーがお供をしていた。

草刈りが終わるまで何時間でもおとなしく父の仕事ぶりを見守っていた。


そんなピーが昨年の2月くらいから食欲がなくなり、心配になった両親が動物病院に連れて行った。

診断の結果は「様子をみましょう」と薬が出ただけ。


それほど重症ではないのかなという判断でそのまま薬を飲ませていたが、症状は悪化するばかり。

私が実家に行けばすぐに飛んできて迎え入れてくれたピーが目だけを動かすだけで寄ってこなくなった。

「気持ちはあるけど体が動かないんだ」

そんな風に言っているようにみえた。

両親に聞くと「ここ数日はごはんも全然食べようとしないんだよ・・」という。


あまりの衰弱ぶりに

「病院変えてみた方がいいんじゃない?」

父にそう提案し、一緒に隣町の病院までピーを連れて行くことにした。

はじめに行った病院よりもかなり評判もよく人気の高い病院、そこに行ってみることにした。


院長の先生は30代前半だろうか・・この先生が院長なの?というくらい若い先生だった。

ピーを見ると「どうした?どうしたの?ピーちゃん、うん、大丈夫大丈夫」と、優しい声でピーに話しかけながら触診をはじめた。

その様子は獣医というよりも動物がかわいくてかわいくてたまらない一人の青年という感じだった。

血液等の検査は病院に入ってすぐに行っていた。

だから触診のあとは診断結果を聞くだけの状態。

先生は丁寧に丁寧に触診をしてくれた。


そして、「残念ですが血液検査の結果を見ても、触診の感覚からも悪性リンパ腫で間違いないと思います」と先生の言葉が。


「え?」

父も私も言葉を失った。

想像すらしてなかった言葉だった。


先生は

「リンパ腫の場合は血液のガンなのでどんどん体にがん細胞がまわってしまいます。ですのでこれからどんどん体力が落ちていって・・余命は・・なんとも言えないしこの子の頑張り次第なのですが・・1か月くらいの覚悟をしていてください」

と。


あと1か月・・?


それはあまりに悲しすぎる診断結果だった。

食欲がないのがおかしいし、ちょっと診てもらおうよくらいの気持ちだったのに。


悪性リンパ腫?

あと1か月?


先生の診断を聞きながら涙があふれ出てきた。

私だけではなく、父も同じだった。

父が人前で泣くのを見たのははじめてだった。

二人で涙をポロポロ流しながら先生のお話を聞いた。

「がんは完治はありません。治療法としては抗がん剤を投与するという方法もありますが、それでも完治はありません。それでかなり回復する子もいますが、がんが治るということではなく寛解といって症状が一時的に収まったようになる可能性はあります。ですが症状としてもかなり進行していますのでそれもかなり難しいと思います。また副作用もあります。

がんの治療ではありませんが体力を回復させるために点滴のような栄養剤とお薬を投与する方法もあります。

がん治療をするか後者の体力の回復の方の治療を行うか・・ご家族で相談してみてください。」


ということだった。

そして先生は続けた。

「がん治療をするかしないかは飼い主さんたち次第です。ペット達は、決して治療をして長生きさせてくれとは自分たちは思っていません。

残りの時間は飼い主さんがこの子を失う心の準備をするために与えられた時間です。それまでこの子たちは頑張ろうと思って生きます。

そういうつもりでお考えになってみてください。」


先生のこの言葉は本当にありがたい言葉だった。


がん治療は1週間に1回の注射で費用としては1回2万~3万くらいかかるらしい。

両親はもう年金生活者だ。

それほど慎ましい生活をしているわけではないが、抗がん剤治療を行うとなると月に10万から15万くらいのお金が消えていく。

これは正直相当に生活を圧迫するだろう。

1か月、2か月ならもちろん問題はないが、その治療はたぶんこの子が生きている限りずっと続く。

この子には長く生きてほしい、それはもちろんだ。

でもこの月に10万以上の治療費がずっと何年も続き、その間ずっと生活が圧迫され続けたとしたら・・・

その時私たちはずっとずっと変わらない気持ちでこの子を見ていてあげられることができるのだろうか・・・

1日でも長く・・と思っていてあげられるのであろうか・・

もしそう思えなくなる日が来てしまったら・・

それはこの子にとっても一番悲しいことなんじゃないだろうか・・

だったら、がん治療はせずに、この子が生きている間、できるだけの愛情をかけてあげた方がいいのではないだろうか・・


冷たいって言われるかもしれないが私はそう思った。

父と母がなんという結論を出すのかわからなかったが、もし私に答えを求められたらそう答えようと思っていた。

一旦家に帰り母も交えて相談したが、両親ともに同じ意見だった。


そして私と同じく先生の言葉に救われたと言って、また泣いた。


その後、体力の回復のために通院をはじめた。

点滴等も費用はかかったががん治療に比べれば大したことはない。


そして先生からは「食べられるものは何でも食べさせてやってください。今まであまり上げてなかった犬のお菓子でも珍味でもなんでも。

とにかく食べたがったらいくらでもあげてやってください。」と言われた。


今までピーにはカリカリしたいわゆるドックフードに缶詰を混ぜてあげていた。

どこの家庭でもそうだと思うがお菓子や珍味などは肥満防止のためにもあまりたくさんあげてはいけないとされていると思う。


でもそれからは「これならもしかしたら食べてくれるかな?」とドックフードコーナーのおいしそうな(高そうな)ドックフードの缶詰や生ハム風のおやつや、チーズ入りスティックなど、目についたものを山のように買ってきて与えた。


ほとんどのものは食べようとしなかったが、それでいくつか生ハム風おやつやチーズ風味のおやつなどはよほどおいしかったのか、食べるようになった。

少し食べると体力もつくのかどんどん食べるようになってくる。

病院の薬や点滴も効いてきているようで、体力はどんどん回復し、走ったり、散歩にまで行くようになった。


「ねえ、こんなに元気だし、もしかしたらガンじゃないって可能性ない?誤診ってこともあるよね?もしかしたら」


私たちは元気になっていくPを見てそんな期待を抱きはじめていた。


でも病院に行くと「体力回復していますね、よかった。」とは言ってくれるががんが治ってるとかそういう話は一切出てこない。

先生は確実に死に向かっていることはわかっているような感じだった。


そしてそのがんの診断を受けてから2か月半。

ピーは命を引き取った。


前々日までは散歩をしていた。

前日に急にご飯を食べなくなって・・翌日に・・眠るように息をひきとった。


わずか7年の命だった。


まるで

「もうそろそろ僕がいなくなっても大丈夫だよね?」

そんな風に彼は息を引き取った。




スーパーのペットコーナーを見ると、

当時、「これならもしかしていっぱい食べるかな?」と必死においしそうなペットフードを

探していたあの時の記憶がふっと思い出されるのだ。


ピーはとくに生ハムタイプのこれが好きだったなあ。

いっぱい食べてたなあって。


きっとずっとこれからも私はスーパーのペットフード売り場の前を通ると、キュンと心が痛くなるのだろう。




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後日談だが

それからしばらくたった後、私は両親にピーの肖像画を贈った。

オーダーメイドで描いてもらった油絵だ。

その絵はリビングの一番いい場所に飾られた。

両親は高齢でもうペットを飼うことはできないから、新しいペットをお迎えしてペットロスを癒すということはできない。

いつもそこに絵があることで、絵に話しかけ、「忘れてないよ」という気持ちも伝えながら、少しずつ元気になっていった。

いいきっかけになったような気がする。

写真とは違い、いつも眺めていたくなるような絵画はいいもんだなあと、いいプレゼントができたと思っている。



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