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ロボットとの遭遇
「かつ庵」に行って、タッチパネルの注文が分からず恥をかいた、と書いたのは去年の12月だけど、「かつ庵」のテクノロジーはまさに日進月歩で、今月からは配膳ロボットが、店内を縦横無尽に稼働している。
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正月に、私は初めてロボットを見た。たまげて「座り小便」を漏らすかと思ったが、タッチパネルで恥をかいた経験がまだ生々しいので、必死で平静をよそおい、
(あ、ロボットね、よくいるよね)
という顔でやり過ごしたが、内心はドキドキだった。
で、今週また「かつ庵」に行き、私がカウンターでロボットが配膳したかつ丼を食ってると、70代くらいのお婆ちゃんが一人で来店してきて、プラスチック板で仕切られた私の向かいに座った。
案の定、タッチパネルの注文が分からず、店員さんを呼んで悪戦苦闘している。
(これは・・)
と思った。
タッチパネルもクリアしていない段階で、アレが来たら、このお婆ちゃんも「座り小便」ものだな、と。
約5分後、遊園地のメリーゴーランドで流れているような、けたたましい音楽とともに、お婆ちゃんの注文したかつ丼を乗せた配膳ロボットが、お婆ちゃんに近づいていく。
私は、プラスチック越しに、気が気ではない。
お婆ちゃんの背後にぴたりと停止したロボットが、音楽を大音量で鳴らしつづけるが、お婆ちゃんは気づかない。
お婆ちゃんだから耳が遠いのである。
私とお婆ちゃん以外にも4、5人の客がいた。客席に緊張が走った。
それなのに、なぜか厨房にいる店員は気づかない。
20秒ほどして、お婆ちゃんの並びのカウンターに、数席あけて座っていた男客が、「来てますよ」と声をかけ、身振りでも後ろを示したので、やっとお婆ちゃんは後ろを振り向いた。
ロボットを見て、たっぷり5秒は固まっていたが、お婆ちゃんの脳の認知機能がぎりぎり働いたようで、事態を把握し、かつ丼を自力でロボットから自席に移すことができたので、店内に安堵の空気が流れた。
でも、お婆ちゃんは、ロボットのほうを向いたまま、困惑している。
そりゃ、そうだ。お婆ちゃんは自走してくるロボットを見ていない。ヤツは突然背後に現れた。この機械にどう反応すべきか。何かスイッチでも押さなきゃいけない、と思うほうが自然だ。
「あの、これ(ロボット)、どうすればいいのかしら」
と、さっき注意してくれた客に聞いている。
が、客が答える前に、「アリガトウゴザイマシタ! シツレイシマス!」とロボットが音声を発して、自動で厨房のほうに動き出した。
「あら、行っちゃった・・」
と言いつつ、お婆ちゃんはロボットを呆然と見送って、ようやく自分のかつ丼に向き合って食べ始めた。
私は、その様子を見ながら、さぞかしお婆ちゃんの心中は、
(次に何が起こるのか)
と不安で、かつ丼を味わうどころではないだろうと思った。
まあ店員さんも忙しいのだろうが、タッチパネル注文も分からない老人に、ロボットだけを差し向けたらいかんだろう。
そこはロボットに人間の店員がつき添って、老人にロボットとのつき合い方を教えてあげないと。
それではロボットの意味がないと言われるかもしれないが、2、3回つき添えば、老人も学習するか、あるいは怖くなって店を離れるだろう。
食べ終わったお婆ちゃんは、帰りにタッチパネルで無事清算できるのか。心配ではあったが、それまで待つわけにいかず、私は店を出た。
<参考>