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ジョニー・トー監督は生きていた *わたしのトー映画ベスト10
香港映画の巨匠、ジョニー・トーは、まだ生きていた。
ちょうど1年前、ジョニー・トーは、ベルリン映画祭で、中国の言論弾圧を批判した。
それに中国が怒った。
「ジョニー・トーが危ない!」と思い、わたしはそのとき、それを記事にした。
中国大陸では、杜監督が第73回ベルリン国際映画祭に際して不正な発言をしたとして、今後は杜監督の9作品が(中国大陸では)上映されない可能性があると論じる記事も発表された。(recordchina)
それ以後、ジョニー・トーの話を聞かず、新作の情報もなかったから、
「あー、ジョニー・トーは中国に消されたなあ。ジョニー・トー映画のなかでギャングがやるように、簀巻きにされ海に沈められたか。かわいそうに」
とかぼんやり思っていた。
ところがジョニー・トーは生きていた。
こんど日本に緊急来日して、1月26日からの「ジョニー・トー 漢の絆セレクション」特別上映で舞台あいさつするという。
特別上映では、「エレクション 黒社会」「エレクション 死の報復」「ブレイキング・ニュース」「エグザイル/絆」が上映される。
特別上映の予告動画↓
ジョニー・トー自身の動画もアップされている。↓
上の動画のなかのジョニー・トーは、なんか自宅軟禁中という感じだが、「毎年少なくとも4、5回日本に来ている」とか言っている。
映画もつくらんと、なにやってんの、このおっさん。よほどヒマそうである。
(香港を離れて、自由になればいいと思うけど、香港を離れられないんだろうなあ)
ともあれ、生存確認はされたわけだ。よかった、よかった。
*
2000年代前半くらいのジョニー・トーはすごかった。
ジョニー・トー映画は、わたしのなかでは、TSUTAYAの思い出とむすびついている。
まだストリーミングサービスが普及していなかったころ、TSUTAYAでDVDを借りまくっていた。
そのころよく見たのがジョニー・トーの映画だ。
「こんな面白い映画をつくるやつがいるのか!」
と驚嘆し、TUSTAYAにあるかぎりのジョニー・トー映画を見て、新作を心待ちにしていた。
彼の全盛期は、2003~2006年くらいだった。
その後、2010年代に入って、彼の作品が下降線をたどりはじめたのは、いくつかの要因があったと思う。
・アイデアが尽きて、マンネリ、自己模倣がはじまった。
・香港の政治状況が悪化し、自由がなくなった。
・彼のようなパワハラ的、職人気質の映画製作がやりにくくなった。
最後の点について、わたしはべつの記事を書いている。↓
そうした複合的な理由で、全盛期の彼の映画を支えた俳優たち、スタッフたちが離散し、彼の映画製作の基盤が失われたのではないか。
そんなふうに考えていた。
逆に言えば、彼の全盛期に集まっていた彼の仲間たちは、本当にすごかった。
あれだけ短期間に、あれだけ粒ぞろいの傑作を生み出せたのだから、映画史上の奇跡の一つだと思う。
自分は同世代のスタッフとの仕事を好む、とジョニー・トーはインタビューで言っている。
自分より若い俳優はあまり使わない。「成熟した技」が彼の好みで、「若さ」「未熟」を嫌う。
だから、彼の映画には、つねに成熟した大人のテイストがある。(「男っぽさ」はその一要素だ)
2000年代前半、彼らグループ全体の「成熟」度が、ちょうどいい時期だったのだろう。
でも、ジョニー・トーは、まだ68歳。
元気なら、もうひと花、ふた花咲かせることができる。
「過去の巨匠」や、映画祭の審査員のポディションに甘んじることなく、実作者として、かつてのように面白い映画を生み出してほしい。
その期待をこめて、わたしのジョニー・トー映画ベスト10(+4)を以下に発表します!
1位 「エレクション 黒社会」(2005)
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*ヤクザの組長選挙、という意表をつく着想。レオン・カーフェイ、一世一代の名演。「ゴッドファーザー」「仁義なき闘い」とマフィア映画史上ナンバー1の地位をあらそう大傑作。
2位 「PTU」(2003)
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*PTU(Police Tactical Unit 香港警察特殊機動部隊)の一夜を描く、これこそ奇跡のような一作。全編にただよう異様な緊迫感とスピード感。サイモン・ヤム、ラム・シューの名演。香港という街の魔窟のような魅力が生きている。黒沢明の「野良犬」との共通点がとりざたされたが、トー監督は「黒沢を尊敬し、影響を受けているが、この映画が似ている部分はたまたま。描きたいことがまったくちがう」としている。テレビ映画としてつくられた続編もあり、そちらもよかった。(*PTUは所轄に属さず犯罪を実力で制圧する制服組。私服組で捜査を担当するCID=Criminal Investigation Department=と香港警察で同格とされる)
3位 「スリ」(2008)
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*ジョニー・トーの最盛期の余韻、才能の余裕すら感じる集大成的作品。男たちの友情、ユーモア、香港の街並みへの愛情、そしてサスペンス。ジョニー・トー映画のすべてがある。
4位 「暗戦 デッドエンド」(1999)
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*アンディ・ラウとラウ・チンワンの演技合戦に圧倒される初期作。異様な高揚感を与えられる。
5位 「奪命金」(2011)
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*主役のデニス・ホーの演技が忘れられない(トー映画の主役は男だけではない)。わたしが偏愛する作品。面白いから未見の人はぜひ。
6位 「エレクション 死の報復」(2006)
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*エレクションの続編。ルイス・クーの男気あふれる演技にだれもが惚れる。
7位 「マッスルモンク」(2003)
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*これを見たとき、「すごく変な映画を見た!」と興奮して周囲に触れ回ったことを覚えている。ただの「かっこいい」とか「面白い」とかを超越している。全盛期ジョニー・トーの独創性を示す異色傑作。
8位 「ヒーロー・ネバー・ダイ」(1998)
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*若きラウ・チンワンの名演が忘れられない。ジョニー・トーのノワール系の原点にあたる作品。
9位 「ザ・ミッション 非情の掟」(1999)
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*「ヒーロー・ネバー・ダイ」の流れで、ジョニー・トーのノワール色を決定づけた出世作。
10位「MAD探偵 7人の容疑者」(2007)
*ワイ・カーファイと共同監督
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*わたしは、ノワール系より、こういう「変な映画」系が好きだ。ジャンルすら特定できない、奇想と演技力だけで見せる力業的な作品。とにかく面白い。
11位「ブレイキング・ニュース」(2004)
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*ジョニー・トーの「映画製作力」のフルパワーを知ることができる、勢いハンパないサスペンス。ワンカット、長回しシーンが話題になった。
12位「名探偵ゴッド・アイ」(2013)
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*アンディ・ラウとの長年のパートナーシップでできた成熟作。安定した面白さを楽しめる。
13位「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」(2009)
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*「ノワール」の自己模倣がはじまった時期の映画だが、心に残るシーンがいくつもある。
14位 エグザイル/絆(2006)
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*「ザ・ミッション」の自己リメイクのような作品。様式化されすぎているが、ファンにはたまらない。
逆に、わたしがつまらないと思ったのは、「ドラッグ・ウォー 毒戦」(2013)、「ホワイト・バレット」(2016)といった作品。新しさを感じなかったから。
なお、ジョニー・トーは、少なくとも2000年代は一つの路線に固定化するのを嫌い、さまざまな路線を試みた。
「ダイエット・ラブ」(2001)、「独身の行方(単身男女)」(2011)などのラブコメ路線もその1つだ。
この路線の映画は、日本映画と韓国映画の中間みたいな感じで、泥臭いが、安心して楽しめます。
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現在、Netflixで、「エレクション 黒社会」「エレクション 死の報復」「独身の行方」「ホワイト・バレット」、ドキュメンタリー「あくなき挑戦 ジョニー・トーが見た映画の世界」を見ることができます。
わたしも久しぶり、「エレクション」を見よう!