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okusya
お客様は神様
大いなる誤謬。金銭取引のお客様論。私は誰に対しても尊敬が重要であると考える。お金を払うから偉いのだとか、貰うからには低腰でなければならないと言う考え方とは馴染みがない。何故なら、ものを買うということは、そこには作り手がいて、買わせてもらう立場でもあるからだ。お客様は神様ならば、取引相手は仏様とでもいうべきなのだろう。
教育にお金を払うにしても、教えてもらっている立場となる。米を買うにしても作ってもらっている。日用品であれば売ってもらっている。お客様根性になると、こうした双務契約が対等の関係に成り立つものであると言う至極当然の理解を越えているように映る。特に接客業では従僕(サーバント)のように振舞うことが当然であるかのような態度に見える”お客様”もいるところ。当然、これは逆にも当てはまっており、買ってもらっている。利用してもらっている。と言う関係であることを忘れてはならないと言うことでもある。
雇用関係も当然、雇用契約は本来、双務契約という対等のものであり、雇用主は会社は選んでもらっていると同時に従業員は雇ってもらっているのである。こうしたことはあらゆる関係に当てはまる。契約でなくとも、家族関係や友人関係を含むあらゆる関係性において相手を尊重する姿勢は常に重要であると思う。人間は実りある者ほど、稲穂のように首を垂れるという。まさに、この言葉は言い得て妙だと思える。そうした人間に是非なっていきたいところ。
Noteで出会う文章の中にも、考察録や内省録を綴る方々。私は常にあなたを尊敬している。とそっと伝えたい。