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ラボコーヒー
研究室からコーヒーの香りがする。コポコポという音が聞こえる。所属研究室には、コーヒーメーカーがある。お代は研究室内のコーヒー好きで等分している。コーヒーメーカーのレンタル代、コーヒーの粉代を合わせてひと月、一人あたり900円ほど。月に一度、業者の人から研究室に電話をくれる。「はい、統計物理学研究室です」「お世話になっております、○○です。明日、宅配に伺おうと思うのですけれども。」「はい、よろしくお願いします。」次の日、10階にある研究室まで宅配に来てくれるのである。
宅配の管理は私たち学部4年生の仕事である。届いた箱を真顔で開けながら、私は内心喜んでいる。「また小樽ブレンドか。誰が決めたの」と同期。「誰だろうね。たまには変えたらいいよね。」「このブレンドはどんな味なんだろうね。」私はコーヒーが好きである。しかしカフェインに弱く、せいぜい1週間に1杯か2杯しか飲めない。するとコーヒーの値段は一杯100円から200円くらいになる。自動販売機では80円で買えることを思えば、研究室のコーヒーは割高になる。
そろそろコーヒーがたまってきている。いただこうかな。コーヒーメーカーは先輩方の席に近いところにあって、コーヒーをとりに席を立つと、先輩の手元が見える。そのときに先輩に話しかけてみる。「おつかれさまです」「おつかれ。解析がうまくいかない」「そうなんですか」「積分がちょっとね」「へえ…」「いま何の勉強をしているの。」「カオスのこの教科書を読んでいて…」「ああ、これかあ」と先輩。「読んだことがあるな。数学の言葉がたくさん出てくるから、そっちをちゃんとやらないと、きちんとはわからないんだよね。なんとなくの理解でいいなら、数学はとりあえず飛ばしてもいいんだけど。」「そうですね…」「ところでN君、研究はどうなってるの。」「ひと段落です。」「ひと段落って言うのは…」さっきまでキーボードの音がしていた研究室に、コーヒーの香りがして、学生たちがなんとなく集合する。私はこの平和な時間がとても好きである。
話が終わると先輩方も席に戻り、それぞれの活動を再開する。目の前には確率論のテキストがある。ペンをとる。コーヒーがなくても先輩に話しかけたり、議論を吹っ掛けたりできるようにならないと。平和にしているだけではだめだよなあ…。コーヒーメーカーは相変わらずコポコポ言っている。なんだかくやしい。もう少し、頑張るか。
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