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陸上自衛隊雑学              訓練規定が作れない

自衛隊の部隊は、訓練をした場合、その訓練がどれくらいの成果があって、どれくらいのレベルにあるのか?それを評価判定します。
それを「検閲」あるいは、「訓練検閲」と言います。

簡単に言うと「試験」のようなものです。

一番、小規模な検閲は小隊検閲。

次に中隊検閲、大隊検閲、連隊検閲、団検閲、旅団検閲と規模が大きくなって行きます。

ちなみに一番小さい単位である分隊検閲は自動車学校の指導員が教習生の「みきわめ」をするような簡単な検閲なので省略します。

小隊の訓練を評価判定するのは中隊長。中隊の訓練を評価判定するのは連隊長です。一つ上の指揮官が「検閲官」になるのが普通です。

検閲官は連隊長。時期は平成の初めごろの話なので今から約20年前のできごとです。

この話しは中隊検閲での話です。

ただしこれは私が実際に目撃した話ではありません。この話に出て来る迫撃砲小隊の小隊長から聞いた話です。

普通科連隊には、重迫撃砲中隊と、4つの普通科中隊があります。(当時の話です。現在は違います。)

その中の、重迫撃砲中隊の、中隊検閲を連隊長が検閲官となって行います。

その訓練視察には、連隊本部の幕僚も随行します。

連隊長は、ある重迫撃砲中隊の、小隊が戦闘訓練をしている「陣地地域」にやってきます。そこで迫撃砲を据え付けた陣地の周囲の木に、白いセロハンテープが何カ所かに巻いてあるのに目を止めます、

連隊長はそれを見て何のために巻いてあるのか小隊長に尋ねます。

「あの木に巻いてある白いテープは、なんのために巻いているんだ?」

小隊長は答えます。

「はい。あれは、”この木は伐採した”と言う表示です。むやみに伐採すると演習場内の木が少なくなるので環境保護の観点からテープを巻いた木は切ったと言う想定で訓練をしています。」

すると連隊長は言います。

「いやいや実際に切らないといけない物なら切らないといかん。仮定の話だけで省略していたらどんなことでも労力を掛けずに簡単にできてしまうじゃないか。それじゃあ本当の訓練にはならない。たとえ実弾を打たなくても、実際に射撃の邪魔になるものなら切らないといけない。それが訓練だ。」

まったくそのとおり。つまり手抜きをするなと言う意味です。

それからはその中隊での迫撃砲陣地では、連隊長の指導事項に基づいて、実際に障害になる木は切る。と言う超リアルな訓練に変ったのです。

そして中隊は指導に基づいて約二年間練成をしまます。その後、中隊検閲では見事に「優良」と言う高い評価を受けます。

やがて、連隊長は三年目に入り、定期異動で他の部隊に転任します。

そして新しい連隊長を迎え、その連隊長の下で練成訓練が始まります。
そして中隊検閲の次期になりました。

連隊長は、迫撃砲陣地を視察します。すると迫撃砲陣地から少し離れたところに積載して隠してある、伐採した木を見て小隊長に言います。

「あの木はこの小隊で切った木か?なぜ伐採して集積してあるのか?」

小隊長はなんの迷いもなく答えます。

「はい。実際に射撃する場合に障害になる樹木は伐採して、有事の際を想定した訓練をしています。」

自信たっぷりに答えたのですが、連隊長は不思議そうな顔をします。

「それは分かった。だが有事の際とは言っても実際に敵はいない。つまり想定した上での訓練だ。敵はいないのにバカ正直に全部切るのはナンセンスだと思う。そこは柔軟に考えて「切ったという仮定の下」で訓練をした方が合理的ではないのか?切るのはいつでも切れる。木が成長するのには何年もかかる。切ったと言う表示だけでいいじゃないか。もっと合理的な訓練をすればいいじゃないか」

全くそのとおり。連隊長の指導ですから、一言もありません。

しかし、小隊長としては、やり切れません。なぜなら元々、切ったと言う仮定の下に演習場の環境保護を考えながら練成をしていたのです。

中隊長も小隊長も内心は意気消沈したのは言うまでもありません。

結局、新しい連隊長の下で、実際に木は伐採することなく、仮定の下で訓練が行われるようになりました。

これは、自衛隊の擁護で「訓練規定」と言います。

戦術的意味合いもあるのであまり詳細に解説をするのは止めますが、この訓練規定と言うのは難しいことではなく一般社会でも家庭でも使っていることです。

たとえば、職場の倉庫があって、その倉庫には重要な物が入ってない。

誰もが自由に出入りをしたいが鍵を掛けないのも物騒だ。
と言う場合、合鍵でどの社員も開けられるように特定の場所に鍵を隠しておく場合があります。

それは特定の社員だけしか知りません。

決めておくと便利です。そういう「約束ごと」を自衛隊では「訓練規定」と言います。

それは行動においても同じです。いつもは朝礼をするのに水曜日だけは朝礼をしないで8時になるとどの部署も仕事に取り掛かる。それも作戦規定です。

作戦規定が多ければ多いほど組織や会社はスムーズに動きます。これをノウハウと言います。

ただし自衛隊の場合はその任務の特性から決め手はいけないノウハウのもあります。簡単に言うと「手の内」が分かるからです。

訓練を効率化する為には作戦規定は多い方がいいです。今回、ご紹介したのは、指導者の考え方よってノウハウが突然変わると言う事例を紹介しました。

白いテープの話自体は、笑い話のような逸話ですが、これにより長年培ってきたノウハウが無駄になる懸念もあります。

これは、どのジャンルにも共通するもので優れたノウハウなのか?あるいは変えた方がいいのか?これは会社の場合は、営業成績に関わってきます。

ところが実際は、指導者の性格による思い込みで、せっかくのノウハウが無駄になる場合があります。

洗練されたノウハウと言うのはどのジャンルでも役にたちます。それを得るためには生きた教訓を活かせるかどうかです。

生きた教訓とは本当の教訓です。

たとえば登山やキャンプで、テントで寝る場合に使用するスリーピング・バッグ(寝袋)ですが、通常はファスナーですがアメリカ軍と陸上自衛隊は、ファスナーとボタンの併用です。

通常の訓練で宿泊する場合はファスナーを使用しますが、戦闘訓練で野営する場合はボタンを使います。なぜならスリーピングバッグの中に入って寝ている時に直ぐに対的行動がとれるからです。

これは実際にベトナム戦争において、アメリカの海兵隊の部隊がスリーピング部隊の中に入ったまま射殺されて大損害を被った事例があるからです。

つまり不意に敵に襲われた場合ファスナーを開けて起きようとした場合と、ボタンを引きちぎってスリーピングから飛び起きた場合では、どちらが早く銃を手にすることができるかです。

圧倒的にボタンを引きちぎった方が早く対応できることが分かりました。

これは兵士の命に係わることなので、その教訓を踏まえてアメリカ軍のスリーピングバッグはファスナーとボタンの併用になりました。

同時にアメリカ軍と同盟国の、陸上自衛隊のスリーピングバッグもファスナーとボタンの併用になったのです。

このように、貴重な教訓をもとに作られたノウハウは合理的で説得力があります。ところが指導者の性格に起因するものや、好き嫌いで作られたノウハウは合理的とは言えません。

つまり生きた教訓がないからです。

この基準を元に白いテープの問題を検証すると、どちらが合理的なのは答えは出ていません。

こういう場合は訓練を経験していない指揮官が観念で決めるのではなく、実際に訓練をやっている部隊の活動経験に基づく意見を取り入れた方が優れたノウハウになることが多いと思います。

会社で言えば「現場の意見を聞く」ということです。ところが現実には、指揮官の好みでノウハウが決定してしまいがちです。

これらの不具合を改善する機能が、平成16年以降に作られた陸上自衛隊最先任上級曹長制度なのです。現職ではない私が偉そうに言うのは控えますが、是非、生の教訓をもとに優れたノウハウを構築して頂きたいものです。

終わり。

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