書くことはセラピーである。半生を一冊の本に詰め込んで40歳を駆け抜ける
10年前、バイトをしていたBARに呼び出された。
急にシフトを頼まれるなんて初めてだったし、ただ3日連続通って「ここで働かしてください!」という謎の流れでたまに立ってただけだから、「頼られるなんて嬉しいなぁ」と呑気な気持ちでお店の扉を開けた。
店内には会社の同僚や友人など、総勢30名以上がパンパンに入っていた。「え、どういうこと?」
呆気に取られながら、まわりを見渡すとカメラを構えていた友人が「誕生日おめでとう〜〜!」と叫びながら近づいてきた。状況を把握し、嬉しさと驚きが湧き上がってきた。自分の人生には絶対に縁がなかったであろう、アメリカ式のサプライズパーティが秘密裏に企画されていたのである。
しかも働いていた会社の社長からお祝いとして「北海道旅行にいってこい!」と休日と軍資金をもらえるボーナス付き。こんなことがあっていいの? やりすぎじゃないか? あの日の光景は忘れられないし、あの日お祝いしてくれた人との接点は時ともにしっかり薄くなってしまったけれど、自分が誕生日の節目を迎えるたびに思い出す出来事だといえる。
あれから10年が経った。
もう40歳だ。
さすがに誕生日のありがたみは感じにくい年齢だけれど、死にものぐるいで上京して3年が経ったころに迎えた30歳のサプライズ誕生日の体験がいまだ残っているのかもしれない。熾火のように静かに燃えていて。静かに暗く生きてきたコンプレックスだらけの自分を明るく照らし続けてくれたように思える。だれかに与えてもらったエネルギーは、人生を走り続けるためのエンジンとなる。だから30代を強烈に駆け抜けてこれたんじゃないだろうか。
過去を振り返って悦に浸ることもない。ただ起きた現実のワンシーンだけが長いフィルムのように続いている。
戸越銀座から中目黒まで自転車で通勤した朝と夜の道路、渋谷や新宿などIT企業のオフィスを訪問した打ち合わせの会議室、社員旅行なのに冒険の記憶に変容したタイやインドの強烈な体験、32歳で担ったジモコロ編集長の役割で大きく変わった人生のレール、人前に立って話し続けることの緊張感、ローカルの現実にひたすら向き合って咀嚼した思考の日々、思い切った決断を短い時間に詰め込みすぎた長野移住からのやってこの雄叫び。
どれもこれも自己決定の中で選択したことだらけだ。そこには必ず誰かが傍にいる。30代で出会った人の数は、1000人どころか10000人を超えているのかもしれない。その一人ひとりとの出会いは当たり前なんかじゃなくて、きっと誰かの意志と決断が必ず介在している。無目的で無意識的な人との重なりは記憶に残らないからこそ、誰かの名前をいまだ覚えていられるんじゃないだろうか。
選んだ環境のサークルは常に移り変わり続ける。ライフステージの変化は否応なく訪れる。交差する円は自らが支点となって、動かし続けるに尽きる。どこかの円に甘えることなく、おれだけの円をつくって巻き込み続ける。30代後半はこの意識が加速して、会社だけでなく、お店や飲み屋、畑まで作ってしまった。暮らしに飽きないことへの条件は「自分でつくる」が欠かせない。
40代はどうなるのだろうか。社会は、世界はどうなるだろうか。きっと会えない人が増えていく。距離、お金、健康。限られた原資の配分は、目の前の大切な人に優先されるだろう。
いつまでもそれでも、だ。それでも、また会いたいと思える機会があるのならば。せっかく互いの価値観に影響を与えあった欠片みたいなものがあるのなら、もう一度拾い集めてみたいと思った。
40歳の誕生日に。今度はサプライズではなく、「おれ」が自ら仕掛けたいと思いついてしまった。名の知らないだれかじゃなく、「おれ」にとっての「おまえ」と再会を果たすために。なぜなら、人生は再会がすべてだから。
主役は何度も何度も伝えてきた自著『おまえの俺をおしえてくれ』。出版の〆切を誕生日に設定して、今日までキーボードを叩き続けてきた。とてもいい本になったと思う。
洋平と柿次郎を行き来した40年の軌跡は、メインストリートを外れたわき道の路上がほとんどだといって差し支えない。タテよりヨコ。上より下。急がば回れよりも、とにかく遠回りをしたい。自分の意志で選んでコケて失敗をして、身体で覚えて学んでいきたい。
人間らしく生きるために自己決定した道のりをセラピー的に書き残した内容でもある。だからこそ、自分を過去に置き去りにし、客観的な目線……それは編集者としても「おもしろい本だな」「世の中であまり見たことがない変な本だな」と言い切れる。
『おまえの俺をおしえてくれ』決意の関連note
1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!