この5年間で「ない」から「ある」になった―土門蘭×徳谷柿次郎 40歳を見据えた対談
2022年9月16日、初の自著『おまえの俺をおしえてくれ』が風旅出版から発売します。
自分の会社で出版レーベルを立ち上げて、自分自身のアイデンティティを振り返った本を書き上げて、自分たちで営業から流通までぜんぶDIYする今回のプロジェクト。精神的に心を削る作業が続きましたが、あとは売るだけです。
今年の2月、大雪が積もる長野県飯山市の取材の流れで35歳の節目にインタビューしてくれた作家・土門蘭さんに「続編的な記事を作りませんか?」と再び話を聞いてもらいました。思えばこの時点での言語化が、40歳に向けた執筆の土壌になっていたんですよね。
5年の時を経て、Huuuuの会社の成長、長野移住の馴染むための期間、寅さん的なフーテンの生き方も一周した感覚すらある。「ない状態」から「ある状態」への移行期。人生のハーベストタイムと言ってもいいかもしれません。
自ら選び取ってきたカードの蓄積は、人間の言葉に依存しすぎず、むしろ動物的な例え話を引っ張り出したくなるような抽象的な衝動に駆られています。
経営者=ゴリラ
編集者=ミツバチ
個人=カニ
謎の見立ての萌芽はこのインタビューにも散見されていますし、本著の中でもしっかり落とし込んでいます。表紙イラストはこのモチーフ。謎の包まれすぎている『おまえの俺をおしえてくれ』の世界観を少しでも感じ取ってもらえたら嬉しいです。
文章:土門蘭
聞き手:土門蘭、小林直博(鶴と亀)
写真:小林直博(鶴と亀)
これまで集めてきた点が全部繋がってる
土門:「スタンド30代」でインタビューしたのが4年前。柿次郎さんが35歳の時でしたね。
柿次郎:あの頃は、Huuuuを立ち上げてから間もない頃でしたよね。
土門:当時はHuuuuの社員は柿次郎さんひとりで、フリーランスの集合体として案件ごとにチームを組んで動く、みたいな働き方をされていました。それから数年経ちましたが、今はどんなことをしているんですか?
柿次郎:まずは会社経営ですね。Huuuuが今6年目で、取締役は僕とだんごさん。社員は4名でアルバイトは5名です。
それから編集。運営しているウェブメディアは、「ジモコロ」「SuuHaa」「Yahoo!JAPAN SDGs」。あとお店の「シンカイ」もやっているし、「MADO」っていうオフィス兼コワーキングコミュニティスペースも始めました。
土門:おおー。媒体が、ウェブだけじゃなくリアルな場所にも広がったんですね。
柿次郎:そうですね。あと、本作りもしています。風旅出版っていう出版レーベルを立ち上げて、この間は『A GUIDE to KUROISO 栃木県、黒磯。あたりまえに未来が生まれる町』って本を作って。
それから家作りもやってるな。僕個人の自宅なんですけど、信濃町に平屋を買って、大掛かりなリノベーション工事をしています。もう東京には家がなくて、長野に定住してるんです。あと、京都にも部屋を借りていますね。これは好奇心から。
土門:いろいろやっていますね。大きく分けると、「経営」と「編集」なのかな?
柿次郎:うーん、両方あんまりやってないかな。やってると思わないようにしているっていうか。経営したくないし、編集も企画とか取材をする以前のような……。
そもそも編集の仕方が変わってきているんですよね。ウェブの記事単体で自分が気持ちいいっていう感覚は減っていて、シンカイとかMADOとか、場所を主軸にした編集に変わっていっている。長期的に見て、何が起こるのかを考えながら動いているから、自分の中で「これはええ感じになるなぁ」って実感を伴いながらやっています。
土門:今は、リアルに人と交わって、そこから何かが生まれるのがおもしろいですか。
柿次郎:そうですね。もちろん、チームを組んで伴走して作ったものが、ちゃんとした強度で世に届くのは嬉しいしおもしろいんだけど。でも、今は仕事がどんどん広がっている感じです。
土門:そのほかにもやっていることがあるんですか?
柿次郎:「ゼンブツナガッテルズ」ですね。
土門:ゼンブツナガッテルズ?
柿次郎:はい。「サーキュラーエコノミー」って、何かよくわからない横文字じゃないですか。その概念を、Huuuu的にアウトプットしたお店がゼンブツナガッテルズなんです。
土門:……と言うと。
柿次郎:例えばサーキュラーエコノミーで誰かが作ったものを仕入れて売るとか。その商品の何がおもしろいのか?を、「サーキュラーエコノミー」で表現しないで、繋がっているポイントを3つ書いて売るとかね。つまり、概念・もの・土地なんかを全部繋げて捉えることができる場所。人と文化が繋がることによって、実体を伴ったおもしろいことをする場所にしたいなって。
土門:へえー。
柿次郎:繋がっていることを各々が感じ取れるようになったらめちゃくちゃおもしろくなると思うんですよね。「結局全部繋がってるんだな」って思うと、楽になるし。「自然」とか「循環」とかいう言葉も使わないで、「こことここって繋がってるんだ!」って、バタフライエフェクトみたいに感じる場所を作りたいんです。
土門:なるほど。でも、どうして今「ゼンブツナガッテルズ」なんですか?
柿次郎:「サーキュラーエコノミー」の話を安居昭博さんから聞いたのも大きいんだけど、トップダウンの「SDGs」と違って、こっちはボトムアップなやり方なんですよ。目の前の暮らしと自然と経済を、大喜利的なアイデアで解決しているのがサーキュラーエコノミー。これは性に合ってるなと思ったんです。企画を考える人にとってはいいフレームだな、と。
土門:なんか、これまでやってきたメディア全部とも繋がりそうですよね。
柿次郎:そう。「ゼンブツナガッテルズ」なんです。これまで取材で拾い集めてきたいろんな点が、自分の中で「全部繋がってる!?」ってなってる。例えば本を読むと、「あれ、この本、以前取材したAさん、Bさん、Cさんとやってることが同じじゃん!」って衝撃を受けたり。好奇心を持って触れてきたものが、知識で繋がっていくのがおもしろいんです。
土門:これまで培ってきたものが、全部繋がってるフェーズなんだ。そのアウトプットが、「ゼンブツナガッテルズ」なんですね。
柿次郎:もう、好奇心がジモコロに収まらなくなってしまいました。以前は思想を取材してウェブ上で「おもろいでしょ!」と紹介していたけど、今は自分自身が思想を世に出そうとしている。もうそれは何万人にも届かなくていいんですよ。少人数にちゃんと届けたい。それで良いと思っているんです。
「ない」から「ある」になった
土門:「スタンド30代」で取材した時に思ったのは、柿次郎さんは全部「ない」から始まっているってことだったんです。居場所がない、お金がない、仕事がない……。そういうところから、今あるもので何かできないかと、結構突っ張って生きてこられたような気がしていて。
柿次郎:はい、はい。
土門:私はそこから「怒り」のようなものを感じていたんですよね。でも今は、かなりそれがなくなっていますよね?
柿次郎:うん。そう。もう「ある」んですよ。「ない」から「ある」になった。この5年で集め切りました。環境、仲間、フィールド、土、水……。
土門:もともとは「強い生」への欲求があったじゃないですか。強い身体性への興味から端を発して、いろんなものを集めていきましたよね。だけど今や取材して記事にするだけに止まらず、場所や人に落とし込んでいって、概念から身体性へと進んでいるというか。それがどんどん「ある」として溜まっている気がするんですけども。
柿次郎:本当にそうだと思いますね。なんかね、変な話なんですけど会社として売れちゃうなって思うんです。
土門:「売れちゃう」?
柿次郎:そう。僕は30代前半まで自己肯定感がめちゃくちゃ低かったんですよ。だから35歳くらいまでずーっと集めていた。自分の中にあるカードをどんどん強いやつと交換して、今カードデッキがめっちゃ良くなっているんです。これは売れちゃうなと。積み上げてきたことが花開く感覚というか。
土門:おお。
柿次郎:最初から経済性を組み込んで、そこを意識しながら動いているので、身体性や好奇心を拡張すればするほど、あらゆることが仕事になってしまう。今、そういうところにいる気がします。エネルギーと道筋が間違ってないっていうか。周りから見たときに、柿次郎がずっと言ってた「やってこ!」ってこういうことだったの?みたいな。
この間、40代で複数の会社を経営いる人に「40代で会社するのってどうですか?」って聞いたら、「一発の仕事の飛距離がめちゃ伸びるよ」と言われたんです。一振りの影響力が大きくなるよって。そうなった時の準備を今すごくしている感じがする。
土門:準備?
柿次郎:もしそうなると、経済性が大きくなって、バランスが崩れて忙しくなったりお金の悩みが増えたりするじゃないですか。だからその前に、今は仲間を増やそうとギアを入れているところなんです。30代で地方で取材をして酒飲んできた奴らは、もう今みんな偉くなっている。だからその時こそ俺らが牙を剥く時だと。地方豪族みたいになってね。だから、ないものを集めるための布石が、今全部繋がってるんですよ。
土門:そうかぁ。柿次郎さん、自己肯定感が確かに高くなってる気がします。ただそれは「俺すごいだろ!」っていうんじゃなくて、単純に「ある」ことを認めているっていうか。
柿次郎:そうですね。長野に住んで5年目ですけど、だんだんここが地元っぽくなってきていて、ここでの役割にも自信を持てているんです。僕、10組くらいここに移住させているんですよ。
土門:すごい!
柿次郎:5年10年と時間と信頼感を積み上げていけば、地方の仕事は回っていくはず。それまでは驕らずに。カニ的に狂いたいと思いますね。
宝石を食べて大きくなってるカニ
土門:カニ? カニって、柿次郎さんがよくSNSであげている「現場宝石タラバガニ」ですか? あれって何なんですか?
柿次郎:あれは、だんごさんと飲んでて久しぶりにムカついた時に出てきた言葉なんです。「東京のことで忙しいのはわかるけど、もっとシンカイとか長野のこととか関心を持ってよ!」と。「今Huuuuがあるのは、俺らが現場で酒を飲んできたからやん。現場には宝石があるのに、そこに行くのをやめたら終わりやん!」って、夜3時とかに酔っ払って、すごい顔して怒ってたっぽいんですよね。その時急に「現場宝石タラバガニやん!」って言葉が飛び出て。
土門:ええ?
小林:「宝石を食べて大きくなる!」って言ってましたよね。
柿次郎:そうそう。現場の宝石を食べて大きくなってるんやと。そこから始まった活動です。
小林:カニの動きが柿さんの体にしっくりきてた感じがありました。
柿次郎:そう。翌日、取材の流れで集合写真を撮るときに、タラバガニの真似をしたら、自然と足がピーンッてなって。それを動画で撮ってもらったらおもしろくて、手応えを感じちゃった。あれはフィジカルアートなんです。
土門:(笑)
柿次郎:カニって横にしか動けないじゃないですか。遠回りすることで、非効率に時間をかけた方が結果おもしろいものが生まれるんですよね。そして、現場宝石は食べきっちゃダメなんですよ。味見したら戻さないと、次の人が食べられないから。食べ切るのではなく、一度インストールする感じ。
あと、カニは腕がデカいんですよね。そのデカさが意味わからないのもめっちゃいいなって。そもそもカニって、虫にわからないと書いてカニですしね。
土門:すごい。カニ、柿次郎さんのコンセプトにめちゃくちゃハマってますね。
柿次郎:うん、今カニにめっちゃハマってます。自己表現としてのカニ。
ゴリラとチンパンジーの「Huuuuのマネジメント理論」
柿次郎:個人としてカニだとしたら、編集者としてはミツバチかもしれないですね。全国を取材して、お節介的に「こことここの情報や人を繋げよう!」みたいな。そういうハブ的なことをしたくなるのは、性分だと思います。友達が繋がった方が自分の生存率も高まるし、良い情報が伝わると花が咲く。それを欲する業みたいなものを持ちながらミツバチをやっているのが、編集につながってる気がします。
土門:個人はカニ、編集者はミツバチ。
柿次郎:で、経理者としてはゴリラ。
土門:ゴリラ?
柿次郎:そう。これは「Huuuuのマネジメント理論」って呼んでるんですけど、組織をゴリラとチンパンジーで表現するんです。
土門:……? はい。
柿次郎:ゴリラは、野心や達成欲求がでかい状態の人。やりたいことがあって、自己決定の中で何かを形にしたい人です。僕はこっちタイプ。でも意外と繊細でしょっちゅう下痢しているっていう。
一方でチンパンジーは、自分がやりたいことがそんなにないんですよ。調和とか、共存とか、伴走ができる人。争いを好まないような。だんごさんはこっちタイプ。
土門:あーなるほど。おもしろい。
柿次郎:経営者は、シルバーバッグのゴリラなんです。ゴリラのリーダーって、背中に銀色の毛が生えているんですけど、それが実績とともに濃くなっていくんですね。みんなそれを目印についてくる。僕は会社を乗りこなす装置としてゴリラになっているけど、ずっとついてこられるのも嫌なんです。
土門:へえー。
柿次郎:Huuuuには今、東京の森と長野の森があって、スタッフがそれぞれの場所を行き来しながらコミュニケーションをとっている状態です。だんごさんと僕だけだったら、まだ群れになっていないので、オンラインだろうが旅だろうが、ゴリラとチンパンジーの関係性は一緒なんだけど、僕が長野にいることが増えて人も増えたら、東京の日向くんとかの面倒を見るのがなかなかできないんですよね。そういう時に、「ゴリラで社長じゃないですか」って言われたら、「俺のゴリラが続くと思うなよ」ってカニになるんです。
土門:いきなり、ゴリラからカニに。
柿次郎:そう。ゴリラがいきなり北海道行ったら「ちょっと何してるんですか」ってなるけど、トランスフォームした柿次郎がカニになって北海道行くなら仕方ないなって思うんですよ。みんな。
土門:そういうもんなのか……。ゴリラとカニとミツバチを、その時々で使い分けているんですね。
柿次郎:はい。まあ、こんなふうに言い出した発端は、「みんな人間の言葉を信頼しすぎじゃね?」って思ったことからなんです。マネジメントだのなんだのとカタカナの言葉で表現するとそこに引っ張られちゃう。でもその手の言葉って、何百人規模の会社で使われているもので、個人や群れの関係性には必要ないんですよね。
そもそも言葉ってあやふやなものだし、共通言語だと思っていてもそれぞれ受け取り方も違うじゃないですか。だから、僕自身そんなに信用していなくて。動物とかに例えた方が、誰も嫌な気持ちにならないし、よくわからないところで煙に巻いた方が組織ってうまくいくんじゃないかなって思ったんです。
土門:それはなんとなくわかる気がします。
柿次郎:よくわからないものを置いて、そこに人を導いた方が生き物はうまくいく。祭りとかと同じですよね。よくわからんけどおもろいから行こうぜっていう方が、組織はうまく行くんじゃないか、と。人を集めるには、意味わからない方がいいんですよ。
洋平から柿次郎へ。柿次郎から洋次郎へ。
土門:ゴリラ、カニ、ミツバチといろんなメタファーがありますが、柿次郎さんは最終的にはどうなりたいんですか?
柿次郎:最終的には、自分の森に帰りたいんです。そのために会社をやっている。
土門:自分の森?
柿次郎:そう。僕は今東京のゴリラじゃなくて、長野のゴリラなんですよね。長野のゴリラはお節介で面倒見がいいから、Huuuu以外の人も拾ってくる。それで長野の森ができる。同時に今は京都の森も作っています。
森を複数拠点で作るのは、それぞれの森でとれる野菜や果物が違うから。京都でとれたものが長野や東京では珍しいものとして売れる。逆も然り。つまりそこで経済が生まれるんです。
これからも僕はゴリラとかミツバチとかカニになりながらぐるぐるやっていくけど、でも最終的には自分の森に帰りたいんですよ。
土門:自分の森ってどこですか?
柿次郎:信濃町ですね。今家を作っているところ。
土門:そこは、経済性のないピュアな森ですか。
柿次郎:そうです。畑を耕して、本当にうまい野菜を作りたい。生活力が単純に上がるから。
僕はシルバーバックのゴリラの役割は理解しているけど、それをしたくてやってるわけじゃないんです。自分の森に帰るためのプロセスとして経済を利用した方が、もっといい森に辿り着けるからやってる。俺はそこで死んでいくって決めているんです。
土門:最終的にはエゴなんですね。
柿次郎:はい、自分のためです。
土門:じゃあ、いつかは経営者をやめるんでしょうか?
柿次郎:うーん、やめた方がいいんじゃないですかね。でもわかんない。豪族になったら、ゴリラの次のキングゴリラになるかもしれないし。100人雇用するとか。
土門:前に「村を作りたい」って言っていましたけど、それと「森」はイコールですか?
柿次郎:今は「村」欲が減っていますね。
土門:「森」より「村」の方が人間ぽいですよね。
柿次郎:この5年で、自分が捉えられる人間の量とかサイズが小さくなっている気がします。なんでだろう、長野にいるからかな? それとコロナも相まって、パーティトークみたいなものが急にできなくなったんですよ。気を遣って話すのがしんどいんです。もしかしたら元の洋平に戻っているのかも。
土門:えっ。柿次郎から洋平に戻っている?
柿次郎:もともと、洋平は社交的じゃなくて人見知りなんです。そこから柿次郎になり社交性を覚えて、自分を強くしていった。仮面を分厚くしていったけれど、もういいかなって。疲れやすくなっちゃいました。
土門:洋平って、「なかった頃の自分」ですか?
柿次郎:そう。でも、小二までの幼少期、親が離婚する前までの自分って、自然の中でよく遊んでいたんですよ。母方の実家で虫を捕まえたり、家族という群れの中にいた原体験があって。その原体験に、いまだに救われているんですよね。
土門:じゃあ、小二までは「あった」んだ。
柿次郎:年齢を重ねるうちに……
土門:少しずつ失っていったんですね。
柿次郎:まさにそうですね(笑)。失うだけならまだしも、小2で親が同居して、急に群れと群れがくっついて、不協和音ですごいストレスだったと思う。
土門:少しずつ失って「ない」が増えていく中、途中で強制的に「柿次郎」という名前を背負ってアイデンティティの上書きをした、と言っていたじゃないですか。でも今は、見事「ある」になってきている。その結果、現在はどうなっているんでしょう。「柿次郎」なのか「洋平」なのか……。
柿次郎:うーん……洋次郎?
土門:洋次郎!(笑) 統合されましたね。
柿次郎:でも柿のタトゥー入れてるからなぁ。柿の周りにゴリラとカニとミツバチを彫ったら面白いかも。
土門:アイデンティティの上書きは、今もしてるんですね?
柿次郎:してますね。以前は「ない」ことが原動力だったのに、今は「ある」ことがつまらないなって思っています。だから、新しいことをしないといけないなって。
土門:「ある」ことがつまらないんだ!
柿次郎:そう。もともと欲が強くないんですよ。「ベンツ乗りたい!」「高い服が着たい!」とかないし。ただ、売れちゃう世界線にいるためには、勉強としてお金を使って、コミュニケーションや体験をして、それを人に伝える努力はした方がいい。それは編集者としても必要だと思うので。
だけどそれを主としてやりすぎると、自分があまり好きじゃなかった「お金を持ってる人」になってしまうから怖いんです。そうなりたくないから、サイズ感を小さくするためにも森に逃げた方がいいって思っているんでしょうね。
土門:なるほどなぁ。別に「ある」ことに重きを置いていないんですね。
柿次郎:矛盾してますよね。経済性と実績に対する自信でどんどん大きくしているけど、小さくもしている。そこの矛盾でモヤモヤしているところはあります。こっち行けるじゃん!って、大きい方へ流されてしまう力学が資本主義にはあるから。
土門:一方で森は物理的・身体的だから、自分のサイズに戻れる場所なんでしょうね。
柿次郎:そうそう。僕は「信濃の森1年生」なので。畑やって、木を切って、「教えてください!」って先輩に教えを乞うて。そうやって自分のレベルが上がっていくのが楽しい。そっちにも行かないと、バランスが崩れるなって思います。
土門:今はうまく棲み分けできていますか?
柿次郎:そうですね。もともと守りながら攻めていく人間なので。でももし踏み外した時には、周りに言ってもらえる自分でありたい。それが無自覚になっていくのなら、会社をやめようと思います。
土門:本質的に一番大事なのは森なんですね?
柿次郎:そう。僕自身がサーキュラーエコノミーだと思っています(笑)。ミスター「ゼンブツナガッテルズ」。経済性も自然も仲間もみんなに分配しながら、自分の森を豊かにしていきたい。
土門:そう考えると、今とてもいい感じですね。
柿次郎:そうですね。30代、身を粉にしてやってこしてきた甲斐があった。ちゃんとトレーニングしてきたんで、自分。
自分の過去をアート的に捉えたらめっちゃおもしろい
土門:今は悩みはないですか?
柿次郎:「家族」かな。そこはずっと悩み。難しいですね。
土門:それは、新しい家族を作ることについて?
柿次郎:それもそうだし、大阪の家族もそうだし。向き合うのがしんどいんですよね。でも、消化しなくていいかなって。どうしようもないんで。そこも、どっかのタイミングで諦めていますね。
土門:いいですね。と言うのも、穴って、やっぱり埋まるものじゃないじゃないですか。埋めなくていい、あるものなんだから。
柿次郎:そうなんですよね。ただ、歩き方はわかるようになりました。穴に落ちないようにすることもできるし、おもしろい方を見ることもできる。それができずに、穴ばかり見て呑まれていくのが良くない。今は自分の人生おもしろく見てる気がします。俺の過去をアート的に捉えたらめっちゃおもしろいでしょって。
土門:それは素敵だなぁ。
柿次郎:「柿次郎さんの人生めっちゃおもしろいから羨ましい」って言われることもありますけど、「そらそうでしょ? おもしろいもん」ってなる。それは僕自身が自己開示しながら自己決定してきて、自分の人生を作ってきたから。
土門:柿次郎さんが好きなヒップホップって、そういうものですよね。穴を認めつつ、落ちないように、作品にする。
柿次郎:そう! ヒップホップには救われました、本当に。どんな状況でも、自分の経験をおもしろくかっこよく伝える技能がヒップホップにはある。だから以前の土門さんのインタビューで話したことは、僕のラップなんですよ。それ自体自分の人生だから、強度があるんですよね。
土門:柿次郎さんは、家族が「ない」から疑似家族を作ろうっていうのではなくて、家族が「ない」のはそのままで、新しい概念「森」を作っているような気がします。
柿次郎:ふふふ、そうですね。俺、森の人になってるもん。森おもろいもんな。
今はDOにしか興味がない
小林:俺は柿さんって、インターネット的な人だと思ってるんです。「ネット」って網でしょう。穴がめちゃくちゃあることには変わらないけど、落ちないための網、みたいな。
土門:ああー。
小林:柿さんの網は広がり続けていて。誰かの穴にもその網をビョンて延ばしている感じがする。
柿次郎:うん。セーフティネットを作りたいっていうのは思いますね。網を広げて。
土門:ここでも「ゼンブツナガッテルズ」ですね。すごいな。
柿次郎:僕が東京じゃなくて長野に住むのも、地震が来るのが嫌だからなんです。だから東京の森はそんなに好きじゃないんだけど、東京の友達は好き。なので、東京で何かあったら俺の森に来いよって思ってる。それって「村」じゃないんですよね、主権がないから。ただ受け入れている「森」なんです。
もともとインターネットにめちゃくちゃ救われているので、そこがベースかも。でも小林くんはそんなことないよね。むしろインターネットを警戒しているような?
小林:俺は、インターネットって自然と同じで、自分でコントロールできないものだと思ってるんです。天気と同じ。めちゃ好きだし使うけど、環境の一部みたいな感じですね。
柿次郎:なるほどね。……まあ、最終的には全部切り離したいですけどね。網を最終的にばちんって切って、ブシューって森に収斂して、「みんなありがとう!」みたいな。それが俺の死。
土門:そうか。でも、網は残りそうですね。
柿次郎:文化的に残るかな? でも、それはどっちでもいいんです。迷惑かけないように死にたいってだけ。
土門:柿次郎さん、なんかすごく成長した感じがしますね。全然ヒリヒリ感を感じない。
柿次郎:それはもうないですね。誰かと競うとかもないし。なんか言われても、「なんでこの人こんなこと言うんだろうな?」って思う。
最近「『移住』って言葉どう捉えてる?」「『ローカル』ってどういう意味で使ってる?」って言われる機会があって。でも、「言葉の定義を詰めてどうなるんですか?」って思うんですよね。言葉尻をどうこう言うよりも、やることやった方が良い。実際、ライフワーク的に10組ぐらい移住させてたりするので。
土門:まさに「やってこ!」だ。
柿次郎:前まではもっと言葉について考えていたけど、今はDOにしか興味がないんです。センスや知識で勝負している感じでもない。それって他者評価に委ねられてしまうので。
土門:インターネットって、概念とか情報のやりとりじゃないですか。でも、そこから始まった柿次郎さんが、どんどん身体化、具現化していっていますよね。これまでイメージだったものが、どんどん体に落ちていく感じ。だから、言葉も人間の言葉には頼らないってふうになってるんでしょうね。
柿次郎:そうかも。
土門:また50歳になった時にインタビューしたら「話すことなんかねえ!」とか言われそうですね。「いいから森を見ろ!」みたいな。
柿次郎:確かに(笑)。蕎麦とか作っちゃってるかも。
土門:40代は、どう過ごしていきたいですか?
柿次郎:40歳の誕生日に、自分で書いた本を出したいんです。自分のために書いたものが、長い時間をかけて人の影響を与えておもしろがってもらえたらいいな、と。言うなれば思想書ですね。
土門:思想書。
柿次郎:それが、40、50代につながる布石になる気がする。ビジネスだけじゃなくて、純粋な思想をアウトプットできる環境を作らないと、キツくなりそうだなって思うんです。自分の純粋なアウトプットやインプットをする時間や空間を作らないと、経済合理性の方に流される気がする。
土門:なるほど。自分の内なるものを保つ時間と空間。
柿次郎:それと長野の森は近いですね。森を作るとともに、一人で本を読む時間、書く時間を持ちたいです。それを進めていたのに、みんなのためにMADOとか作っちゃって。矛盾してるなぁ。
土門:でも、矛盾してないと思いますよ。どっちかによると小さくなるから、そうやって両輪を大きくしていっているように見えます。
柿次郎:そっか。そうだといいですね。
土門:いやぁ、今日は柿次郎さんの変化を見られておもしろかったです、いろんな話をありがとうございました。
1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!