【初心者向けミリタリー】戦車の歴史あらかると/Panzer014【M4シャーマン】
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皆さんおはようございます。
毎週木曜日は、かけうどんの趣味の軍事・ミリタリーに関連する記事を投稿する日にしています。
この『歴代戦車あらかると』シリーズでは、世界各国の歴代戦車を”単品”で取り上げてみたいと思います。
今回は、THEアメリカ戦車の代表『M4シャーマン戦車』について書きたいと思います。
過去のミリタリー関連記事はこちらのマガジンにまとめています。
【M4シャーマン】
1.概要
M4シャーマンは、第2次世界大戦時に米国で開発された30トン級の中戦車で、アメリカを代表するタンク・オブ・タンクとも言える有名な戦車です。
第二次世界大戦当時、連合国側の文字通り主力戦車たる地位にあったシャーマンですが、アメリカの高度な工業力のもとに大量生産され、1945年までの間にバリエーション車両も含めて約4万9千両余りがつくられました。
さすが工業大国アメリカが作った戦車、生産性が高く、性能も良い。とても優秀な戦車。第二次世界大戦後、世界中に供与・輸出され、約30か国以上での運用実績があります。
陸上自衛隊でも1970年代半ばに61式戦車に更新されるまで使用されていました。つい最近の話では、2018年にパラグアイで使用されていたM4A3型シャーマン3両が退役し、正規軍に装備されていたM4は全てが退役/お役御免になっています。
長年のお勤め、本当にお疲れさまでした。
2.シャーマンの歴史
(1)開発経緯
第二次世界大戦がはじまった当時、アメリカの戦車は数も性能も不十分な状況でした。少数のM2中戦車を保有していたものの、対するドイツ軍機甲部隊が装備している高性能な戦車と比べると、フキと大根くらいの差が…。
そもそも、アメリカはヨーロッパから離れていて海で隔てられている。中立政策(孤立主義)の姿勢をとっていたことからも、陸軍戦力の近代化が遅延したことへの背景にあったのかも知れません。
ナチス・ドイツによってヨーロッパ諸国が次々に敗れ、アジア正面では日本との険悪なムードが漂っていた当時。米国の参戦が回避できない状況になると、おのずと新型戦車の必要性が高まります。
新型戦車の実戦配備までの中継ぎ投手として、とりあえず、75mm砲を装備したM3中戦車が先行生産されます。
その後、M3戦車の車体を基礎として、75mm砲を搭載した新型戦車T-6の開発が始まりますが、やはりアメリカの凄いところはその工業力。航空機や自動車の産業体制がインフラを含めて総合的に確立されていきます。余り表に出てきませんが、当時の戦争は国家総力戦ですから、国を挙げての体制整備はとても重要な要素です。
そして、1941年10月、新戦車はM4中戦車として正式に採用されます。急ピッチに戦車戦力を整備しなければならなかったので、試作車タイプの鋳造車体モデルと、鋼板溶接型ボディタイプのものが同時に量産開始されます。
(2)構造・機能など
車内のレイアウトはいたってシンプルかつオーソドックスなもの。車体前方右側に操縦手、左側に前方機関銃手。砲塔内に戦車長、砲手、装填手の5名編成です。
主砲は初期型が75mm砲、後に高性能76.2mm砲搭載型や、戦後には様々なバリエーションが登場しています。
主に米国採用型は12.7mm重機関銃のほか、7.62mm機関銃を副兵装として搭載しています。
本車は大量に生産して早く配備する必要があったので、たいへん多くの車体が多数の生産拠点でつくられました。現地改修など、無数のタイプが存在してもいますので、車体分類については、戦後数十年以上が経過した今も研究が続けられているものの整っていません。
3.運用実績など
大きく分けて、第二次世界大戦では、アフリカ戦線、ヨーロッパ戦線、太平洋正面の3つの戦場をシャーマンは戦いました。
シャーマン戦車のデビュー戦は1942年10月、北アフリカ戦線の第二次エル・アライメンの戦い。砂漠の狐『ロンメル将軍』を相手に、新兵器としての性能を最大限に発揮して善戦し、連合軍の勝利に貢献しています。
アフリカ戦線やヨーロッパの戦場では、総合的に高性能と言われていたドイツ軍戦車と相対して、シャーマンは健闘しています。さすがにティーガーⅠやパンターには苦戦した戦いもありましたし、戦史研究家の分析によっては賛否両論あるとは思いますが、最終的には戦争そのものには連合側が勝利しており、本車の活躍は無視できないと私は思います。
(他の戦例は割愛)
4.最後に…
ずんぐりむっくりしていて、必ずしも、ドイツ戦車のような精悍さや機能美もないし、T-34のような先進的で洗練されたデザインでもないM4シャーマンですが、私はこの戦車がどうにも憎めないし、忘れられない。どちらかと言うとすごく好きなんですよね。
小学校低学年の頃、母にシャーマン戦車のプラモデルを買ってもらった記憶があります。
一人で作れず、母に手伝ってもらって完成した時はすごく嬉しかった。モーターが入っていて、リモコンで動くやつでした。走らせて遊びすぎて、ゴムのキャタピラが切れてしまった時は大泣きしました(笑)
その後、詳しくは覚えていませんが、恐らくシャーマン戦車のプラモは10個以上作ったと思います。社会人になってからも。
毎度のことながら、なにしろ素人が書いている記事です。諸所分かりにくいところもあるかと思いますがどうかご容赦ください。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。