560 83歳の日々
(35)美しい人の訪れ
今年の猛暑続きは、かつて経験のない酷暑というべきである。
暑中見舞いの絵手紙を受け取った。下手で良いと言われる絵手紙ではあるが、文字といい描かれた大ぶりの花といい、見れば見るほど味わい深い。送りては90歳女性。
4月に転んで背骨を折り、やっと痛みが取れたので葉書を書いたとある。あなたは元気かと思うがくれぐれも体に気をつけてと記してあった。
すぐ返事を出し、電話でもくれるように、と伝えたら、事はトントン拍子に進み、遊びに行きたいが良いかとのこと、二つ返事でどうぞどうぞと相成った。
彼女とは43年前まで、同じ公共の県営住宅の住人として、棟も同じで親しく付き合っていた仲。できたばかりの住宅なので住人も若い、お互い小さな子供を持つフアミリーが圧倒的に多かった。
私より少し年上の彼女は男の子一人の母親、何でも作るのが上手な人で、女の子3人の我が家は、みんな喜ぶからと、色々上品なお料理を頂いて、ホクホク。
5人家族には県営住宅が手狭になり、折しも私の就職が、決まったのを機に、家は現在のニュータウンに引っ越した。
以後
同じ路線のバスなどで時々は顔を見た。小柄で、おしゃれで、いつもトータルファッションきれいに決まり、普通の奥さん連中の中では、小粋に決まっていた!
まだ若いときに一度、自転車で、我が家に来てもらったことがあるが、あとは、バスであったときに会話する程度。互いに忙しく暮らしている内に気がつけば二人共れっきとした高齢者の盛?!
話がまとまれば善は急げ、9月になっても続く猛暑のなか、彼女は相変わらずきれいな格好で、我が家にやってきた。
バス停まで迎えに出た私の前に降り立ったのは、足取りも軽く、暑さを感じさせない黒白の小粋なパンツルック。スカートでパンプスのイメージではなく、軽快な足さばきのスタイル。さすが!
全館冷房してある拙宅に早速落ち着いてもらった。
お昼時なのに、間の悪いことに、ランチ一つ出せるものがなく、おそうめんでもと思っていたところ、小柄な人の大荷物、何かと思えば、やはり一人暮らしの彼女、長い一本のホテル食パンが、買いたかったと、ふかふかの焼き立てを!その他、菓子パンと牛肉コロッケなど持参。買い物をしてきてくれたようだ。
そして、以前にもそうだったように、小さな花束を差し出す。主婦同士なのに、さりげなく素敵なプレゼント!
なお彼女が大切そうに渡してくれたのが、得意の手芸品。真珠のひと粒に大小星を散りばめ、銀や、白のビーズでつないだ飾り。
90になっても目も手も達者、作るのが好きで、作品は皆さんに惜しげなくとか。
有り難く嬉しく頂いた。
私ときたら、とっかえひっかえ、飲み物を出すばかりで気の利いたものがまったくない、台風騒ぎで、急遽連泊の婿殿のもてなしで力も物も尽きていたから、こんなことも珍しい。仕方がない、お話がごちそうとばかり、
お客持参の食料で、バスの時間許す限りを、思い出話尽きることなく、続きは締めまで
老人問題。
とは言っても、二人共、人からの婆さん呼ばわりは腹のたつ方なので、若々しくきれいに暮らしたいとの意見はピタリと合う。
人に迷惑は極力少なくして、後は気の済むようになるべく楽しく暮らしたいと。希望的意見の一致を見て、この日の終りとする。
また会おうねと、バスに乗る人、送る人、満足の笑顔で別れた。