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420 81歳の暮らしから

 (57)人間の仕業

 朝日歌壇のある日、4人の選者がすべて取り上げた短歌があった。
東京の十亀弘史さんが作者。
 (戦争は祈りだけでは止まらない、陽に灼かれつつ、デモに加わる。)
 何もできないでいる己をつらい気持ちで、いたたまれない。
行動を起こし現場に身を置く人の切実さに、共感しながら、情けなく座している。

何が役立つのか

 コロナは遂に、人の暮らしの細部にまで影響を及ぼしてきた。イタチごっこの情報と現実、言われたことを真面目に、マスク手洗いの人もいるが、もう我慢が切れた人もいるらしいし、端から、斜に構えて我関せずの人もいる。
 戦争も、何が歴史から学べだと?馬鹿みたいに、ずっと昔から繰り返し、何処かそこかで武器を振りかざし戦って人殺し、何やかやの取り合いっこ。飽きもせず、こりもせず、武器がボタンひとつに変わっても、まだ、わからぬ。
 便利さ求め、上向き、前向き、スピードアップ、さんざん積み重ねた人間の仕業で、地球全体の気候まで、狂ってきた。
 気がつけば今、この混乱から逃れるところはどこもない。何せ、地球全体に歪みやひずみを起こし、よって立つ確とした地面はない。

素人でも

 科学者でもない、政治家でもない、知識人とやらでもない、庶民の一人でも薄々感じている、この混乱。
 歴史を顧みて役立てることはできてないとつくづく身にしみる、速いテンポでどこぞへ突き進む今、知識はみるみる古びて現実の変化におっつけない。
宗教?助けになるどころか、肝心のときは音無しの構え。
かくて、大いなる自然までも歪みに耐えられず、崩れ落ちる様相の痛ましさ。
 教養を、今こそ、かき集めて、混乱を鎮めねば。あらゆる垣根を取っ払い、地球を根深い病根から救い出し、人間自身もこの世界から、一旦足を抜いて、やり直さないと。

ただの切れ端

 そりゃあ、一人の老女の戯言に過ぎない。何もかも中途半端にしかわかっていないのだが、それなりに穏やかに暮らしてきた長い年月からすると、私の感覚では、ここ20年、特に最近の5.6年。キチガイじみたスピードで世の中の事情が変化して、暮らしぶりの全体を落ち着きのなさで囲まれてしまった感じ。
そこで私が思うことは、生活の小さな変化を皆書き留めて、ここから果たして、何が飛び出してくるのか、
なるべく確かなことを見定めたいと。
ながれに、くるくる舞いさせられるより、少し積極的に、受動の構えをする。
当たり前の人間の目から意図的に、世の中を時には高いところから鳥になり、地を這う虫にもなって、考えてみよう。
一処でコテコテにされるのは嫌だから、なるべく柔軟な姿勢で世の動きをキヤッチしたい。

#気持ちを文字にする
#時々立ち止まること

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