CDジャケットの美学#6:go go penguin『V2.0』
大好きなアーティストが出したCDは、漏れなくジャケットデザインも好きになることが多いです。
アーティスト自体が好きだから関係するすべての作品が良く思えてくるんでしょう(美しいもダセーも、すべてが愛おしくなる)。
そもそも美的感覚が自分と似通ったアーティストの作る曲を好きになるのかもしれません。
いずれにせよ好きになれるのなら理由なんてどうでもいいこと。
今回取り上げるCDジャケットも、そんなまるごと愛してやまないアーティストの作品。
それがこれ。
イギリスのジャズシーンを牽引する、ジャズ界のレディオヘッドことgo go penguinの『V2.0』でございます。
もう彼らについては説明の必要もないでしょう。
聴いたことがない人はぜひ演奏動画を見てください。
「あー、なんだこれかっけえな……。」
という言葉にならない謎の感情に襲われるはず。
ジャズのエモーショナルさと技巧をしっかり継承しつつ、現代風に聴きやすくキャッチーにアレンジする彼らの作曲能力と演奏技術。
なんかこう、「考える職人」って感じなんですよね、彼ら。知恵も技術も伝統を重んずる心も、新しきを取り入れる柔軟さも持ってますって感じの。
でも実際にやってることはすごく愚直で、いい曲を淡々と作っている。
高校卒業後単身海外留学して、MIT主席で卒業して、20代にして今までにない斬新なビジネスモデルで起業して大成功したけど、今は日本帰ってきて木彫りの職人やってます、みたいな(?)。
なんかそういういぶし銀のカッコよさがある、と思います。
今年のフジロックに参加する予定だったんですよねー!見に行こうと思ってたのに、本当に残念。
人生のやりたいことリスト100の中に、「ゴーゴーペンギンのライブを生で見る」は確実に入ります。
それくらい好きだし、アーティストとして尊敬するバンド。
◆
やばいやばい、このままでは好きなアーティスト紹介になってしまう……。
えー、改めて今回取り上げる彼らのCDジャケットの魅力を紐解いていきましょう。
ジャケットさん、改めてご登場願えますでしょうか。
ああー、いい……。
引き算の美学を感じさせる、抽象的で幾何学的なシンプルに研ぎ澄まされたデザイン。
内容盛りだくさんのデザインも好きなんですけど、結局最終的に帰ってくるのはこういうシンプルなデザインなんですよね。
◆
しかし、こういうデザインほど、「なぜこうなったのか?」が解釈しにくいんですよね。
表現が抽象的なだけに、そこから読み取れる情報量が少ない。
はっきり言って、以前紹介したGREEEENの『第九』のように、わかりやすく刺激的なモチーフが用意されているものは、デザインの謎解きもしやすいんですよね(まあ、それでもあくまで個人的な解釈にすぎないので正解かどうかなんてわからないんですけど)。
でもこういう幾何学的な模様とかパターンのみでデザインされたものって、そもそも謎解きのためのヒントが鬼のように少ないので、デザインの意図を考えるきっかけがなかなかつかめない。
作者の考えたことと、実際のアウトプットの間を読み取るには、自分自身にもデザインに関するそれなりの知識と経験値、そして作者側の事情や作品を生み出すにいたったストーリーについての理解が必要だと思われます。
なので、自分のような昨日今日デザインの勉強を始めたような受精卵にもなってないヘボクリエイターが、どこまで深くこのジャケットに隠された魅力を読み取れるかわからないというのが本音です。
いや、だからこそ自分の未熟さを噛みしめるいい機会かもしれません。
デザインを見る眼として、足りない部分はなんなのか。
デザインを深く理解し、楽しむにあたって、必要なものは何なのか。
いや、それは広げて考えれば、デザインだけでなく音楽や社会的事象や、人を見る目の涵養につながっていくのかもしれない。
そう考えれば、このデザイン謎解きに挑まない手はないですね。
シャーロック・ホームズになった気分で取り組んでやります。
◆
いい加減本筋に戻りましょう。
前置きでいいこと言った気になって、本来やろうとしていたことがおざなりになるという常敗パターンに危うく飲まれそうでした。
それでは満を持して、CDジャケットさんにもう一度ご登場いただきましょう(ごめんなさい、たぶんこれで最後だから)。
アルバム情報(ざっくり)
※アルバム情報は、自分自身がアルバムについての理解を深めるための補助としてまとめているものであり、アルバムについての客観的かつ網羅的な情報を保証するものではありません。出典とかもかなり省略してます。念のため。
・概要:イギリスのジャズトリオgo go penguinの2ndアルバム。
・発売日:2014年2月
・発売元:Gondwana Records
・ジャケットデザイン:Daniel Halsall
・その他メモ:2018年4月に、未収録曲3曲を加えたデラックス盤がリリースされてます。
ちなみに、ゴーゴーペンギンが所属するゴンドワナレコーズの創設者であり、トランペッターとしても活躍するMatthew Halsallという人がいるんですが、このジャケットをデザインしたのがDaniel Halsall……。
調べると彼はMatthew Halsallのアルバムジャケットのアートワークも担当してるみたい。
彼らは兄弟なのか……?
調べてもあんまり情報出てこなかったので真相わからないんですが、だったらアツいですよね。兄弟で一緒にひとつのクリエイティブを作るとか。
そんな人間ドラマも想像できたところで、本腰入れてこのジャケットの魅力について語っていきますよ。
いったんコーヒーでも淹れてきましょう。
余白を見るデザイン
最後といいつつ、帰ろうとするジャケットさんを引き止めてサービス残業してもらいます。
もう一度じっくりこのジャケットの美しさを味わってみましょう。
なんかもう、言葉は要らないですよね。美しい。
でもそれだとこの記事を書く意味がなくなるので、ちゃんと言語化していきましょう。
このジャケットの魅力・美しさを端的に表すとしたらなにか?
それは、
「余白を上手に見せているから」
だと思います。
普通、デザインでもイラストレーションでも、「描いたもの」を見てもらおうとしますよね。
ライオンの絵ならライオンを見てほしいし、アーティストの顔写真なら顔の表情を見てほしい。
でもこのジャケットは違う。
このジャケットを見たときに、視線はどこへ向かうでしょうか?
描かれた黒い線?
最初はそこかもしれません。
でもじっと見ていると、なんだか黒い線が背景に溶け込んで後ろに引いたり、また前に出てきたりという曖昧な位置づけに変わってくると思うんです。
むしろ、「白い背景に描かれた黒い線」ではなく、「黒い背景に、穴を開けた白い紙を重ねた」ようにも見える。
そうなると、テーマとして描かれている主体というものがどこにもなく、「すべてが余白(描かれた対象以外の風景)」に見えてくる、という不思議な感覚を覚えるんです。
見るものの内面に寄り添う
なんでこのジャケットを見ているとそんな不思議な感覚になるのか。
それは、このジャケットが
「ねえ、これを見て!」
という発想ではなく、
「ねえ、これ何に見える?」
という発想で作られているからだと思います。
似たような発想で作られたものに、だまし絵があると思います。
ルビンの壺とか、ああいうやつですね。
でも、たぶんこのジャケットはだまし絵とも若干コンセプトが違っていて、
「こうも見えるし、別のこれにも見える。だからバイアスによって人の感覚は支配されてるんだよね。」
と伝えるための設計じゃなくて、
「どうとも見えない。そうやって見ると、そこに自分の好きな情景を思い浮かべることができる。その自由さを味わおう。」
っていう考え方で意図的に作ってるんだと思います。
それはなんのためか?
もちろん、視覚的にこういう幾何学的なモチーフが美しいというのはあるでしょう。ミニマルなデザインって最近の流行りですしね。
でも、たぶんそれだけじゃない。
そこには、見るものに対して
「この絵から何が見えるか、あなた自身が決定してください。」
という意志と遊び心があるのではないかなと思います。
何が見えますか?
そう考えると途端に、このジャケットの絵が私達の心に寄り添いながら形を変える、健気な生き物のように思えてきます。
ある人は、静かに降り注ぐ雨をそこに見るかもしれません。
ある人は、都会の雑踏を。
ある人は、広大な針葉樹の森林を。
あるいは、何にも見えないという人がいてもいいかもしれません。
自分などは「余白を見る」なんてカッコつけた言葉でまとめてしまいましたが、このシンプルな図形の集まりの中からどんな風景やストーリーを見出すのか、なんだか周りの人に聞いてみたいなという気がしてきました。
あなたは何に見えますか?
「V2.0」が示すもの
ちなみにアルバムタイトルである『V2.0』は、おそらくシステム業界でシステムバージョンの管理をするときに使われる「Version◯.◯」から来ていると思われます。
その前提もあったうえで見てみると、ジャケットの絵が一つの河の流れに見えてきました。
音楽という様々な支流がある河の一つとなって、常に新しいバージョン、未来へと流れていきながら、やがて世界という大海に流れ着く。
そんなgo go penguinの思想と意志すら感じます。
アートの見方
このジャケットアートワークのコンセプトは、昨今その見方感じ方についていろいろ物議を醸している現代アート、とくにミニマルアートの部類に近いのではと思います。
でも、今回いろいろ考えてみて、結局アートってのは
「自分がそれを見てどう感じるか?」
でしかないなーと思います。
もちろん作者が込めた思いっていうのは確実に存在しているはずですけど、それを読み取れるから偉いとか、読み取らないと楽しめないってわけじゃなくて、
「なんかよくわからないけど、好き。」
でも全然いいわけですし、もちろんその反対で
「なんかよくわからんけど、見てても楽しくないから嫌い。」
って感じ方もあっていいわけですよ。
自分なんかは、こうやって作品の裏側の思いだったり仕掛けだったりを読み解くのが好きだし楽しいから、こんな誰が見るかもわからないような需要スッカスカの記事を懲りもせず書いてるわけで。
そういう楽しみ方全部ひっくるめて、
「なるほど、あなたはそう楽しむのね。」
って笑いながら応えるのが、アートの懐の深さだと思うんですよね。
今回は、そんなことも思いました。
黒線に隠された真実!
ちなみに、このアルバムについて調べている過程で、こんな記事に出会いました。
自分が惹かれた空白の美学について言及し、さらに日本画との関連にまで考察されている鋭い記事です。
自分が脱帽したのは、ジャケットに描かれた黒線の数を数えてみる、というアプローチと、その結果から見えてきた事実。
そんな発想思いつきもしませんでした。そしてそんなゾクゾクするような隠された真実があったとは……。
答えはぜひ記事を読んでみてください。
こういう着眼もあるんです。
だからやめらんないですね、デザイン謎解き。