夢中になるのはいいことだけれど。短編小説『真夜中の道具屋』
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「ううむ……」
売り上げが芳しくない。
私はもう三度目になる金勘定に臨むかどうか思案していた。
いや、何度数えたところでこの道具屋の売り上げが下がっていることに変わりはないのだが……。
表に出て、道を挟んで向かい側に最近できた道具屋の様子をうかがう。
「安いよ安いよ~! やくそうが5つで30ゴールドでどうだぁ!」
やたらと響く声で店員の青年がやくそうを安売りしていた。
ろくに魔法を扱えない戦士たちがこぞってやってきている。
戦士たちにとってやくそうは唯一の回復手段だ。それが格安で買えるとあっては、群がるのも無理はない。
無理はないけど……。
くぅ、繁盛してるなぁ……。
あの道具屋は一ヶ月前にできたばかりなのだが、開店してからというもの、ああして薄利多売を繰り返して利益を出している。
やくそうが5つで30ゴールドなど常軌を逸している。
わたしの店でやくそうを買おうものなら40ゴールド払わないと買えないんだぞ……。
くぅ……独自の仕入れルートがあるのだろうな。
まとめて仕入れることで安く買い叩いているのだ。
それぐらいは分かる。
だがいかんせん、私に分かるのはそこまでだ。
向かい側の道具屋は店構えからして立派で、私の店の三倍はあろうかという広さ。
安売りもさることながら、品揃えでも圧倒的に私は負けている。
安売りで客を呼び込み、ついでに別の道具も買わせようという魂胆なのだろう。
魂胆は分かる。
だが、私に分かるのは……くぅ。
*
それから数日後。
その日も私の道具屋は閑古鳥が鳴いていた。
向かい側の道具屋はどうかって?
知らん。
どうせ賑わっているだろうけど……。
カランッ。
ドアに取り付けてある鐘が鳴った。
久しく聞いてなかった音なので戸惑ったが、客が来たということじゃないか。
「い、いらっしゃいぃ!」
「いやぁ、疲れた疲れた」
何やら恰幅のいい中年の男が来店した。
「やくそうを三つほどいただけますかな」
「はい、まいど」
「向かい側の道具屋は混んでていけないねぇ。僕は人が多いのは苦手だから」
「ははぁなるほど。旅の方で?」
「えぇ。商人をしていたんですが、今じゃもう引退して悠々自適、気楽な旅人です。十分に儲けましたからねぇ」
「じゅ、十分に儲け……」
いったいどれほど儲ければ「悠々自適」などと口走ることができるのだろうか……。
目の前にいる旅人が、私には神の如き輝きを放って見える。
あぁ、神々しい!
次の瞬間、私は自分でも理解できない行動に出ていた。
「お願いします! 私に経営のいろはを教えていただきたいッ!」
それから一週間も経たないうちに、私の道具屋の経営は右肩上がりで売り上げを伸ばした。
あの旅人の言うとおりにしたら経営は軌道に乗ったのだ。
*
ある日、私は倒れた。
気がついたら私は見たこともない部屋で目覚めた。病院だった。
なんでも、店に来店した客が倒れている私を見つけて医者を呼んでくれたのだという。
「過労ですね」
医者は簡潔にそう説明した。
やはり……と納得する私。
実は私、二十四時間働いていたのだ。
あの旅人に教えてもらったのは、
夜中も店を開けばワケ有りの客が来て儲けられる、とのことだった。
大商人はワケ有りの客など相手にしない。
知らぬうちに犯罪の片棒を担がされているかもしれないからだ。
何事にも隙間がある。
そこを狙っていけと助言された。
半信半疑ながらも私は昼間の営業に加え夜間営業も始めた。
すると、初日に二人、頭まですっぽり入るローブをまとった怪しげな魔法使いが聖水を買いにやって来た。
昼間に姿を現すことのできない輩なのだろう。
でも客は客だ。
それを皮切りに、翌日からは客が来る来る。
どう見る角度を変えても堅気とは思えない人間ばかりだったが、安くするどころか値を上げても売れたのだからもうやめられない。
儲かることが楽しくなった私は、寝ずに日々の営業を続けていた。
その結果が、過労なのだけれど……。
儲けることに夢中になって、自分の疲労のことなど頭になかった。
商売をしていた私は完全に人が変わっていたと思う。
経営を語るときの旅人も、人が変わっていたのを今でも記憶に残っている。
眠らず働け!
と、彼は熱く語っていた。
*
病院で、
「いやぁ、仕事が楽しくなっちゃって」
と私が言うと、
「楽しいのは構いませんが、あなた、命を落とすところだったんですよ」
「…………」
旅人よりも医者の言葉のほうが胸に刺さった。
※あとがき
『熱いコンサルタント』というお題を元にして書いた即興小説を、加筆修正した作品です。
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