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深夜の不随意散歩

たった今、帰宅した。

ちょっとした用事のあと、友人に追随するかたちで、友人と、友人の友人数名と、軽い飲みの席みたいなものに、参加だけして、一滴も呑まず、ガン素面のまま、帰路に着いた。

が、

酔ってる時みたいなミスをした。
各停のはずが準急に乗ってしまい、僕を乗せたそいつは、僕の家の最寄駅には止まらず、それを通り越して、一つ隣の駅に到着した。
そこに着いた頃には、頼みの綱であった逆向きの電車も、とうに終電を越えていた。



ミスった〜


ちなみに、準急に乗っちゃってたことは、発車の直後に気付いたので、乗っている途中、ずっと「絶望に打ちひしがれっぱなし状態」だった。
こんなに悲しい帰宅ある??



こうなってしまっては、もう、歩いて帰るしかない。幸い歩く距離は一駅分。不幸中の幸いとでも言うべきか。
散歩は好きだが、こういう、自分の意思とは関係のない、仕方なく歩いてますっていう状態は、苦痛でしかない。もとより運動は大の苦手だ。


まあしょうがない。


兎角、歩くぜ。




歩く。


車も人も、殆ど通っていない、この大通りの、今までに見たことのない姿。

飲食店も、よく行くスーパーも、全部閉まってる。コンビニだけが煩い灯りを放つ。

ものが光を放っていなさすぎて、街灯が、街灯がもう、イルミネーションのように美しく、この身体の行く道を仄かに照らす。


そして、

そして、寒い。
寒気が衣服を貫通して、皮膚を直接刺している。ポケットに突っ込んだ両の手を、夜風に晒せない。ただでさえ、右手の中指は酷いあかぎれを患っている。これ以上はもう壊死。

そんなもんで、ポケットに手ぇ突っ込んだまま、のそのそ歩く。


足取りが重い。
いつもより猫背。
地球の重力に負ける。
日付が変わって20分くらいか。
まだまだ道は長い。
自販機で飲み物を買おうとして、
やっぱやめて、
また歩き出す。
イヤホンから流れるお気に入りの音楽も、脳髄まで届いていない感覚がする。

この歩のひとつひとつが、僕の人生が作り上げてきた結果で、だとしたら、惨めで、滑稽で、そして、寒い。寒いんだなこれ。
寒いのは、この道だけじゃなくて、東京の街だけじゃなくて、僕の人生ひいては僕という人間自体も、寒いのかもしれない。そんな気がした。




寒い。
寒いと思ってしまうのは、僕が弱いからだろう。


僕は凡人だが、残念ながら、凡人より弱い。

何に弱いってそれは、勿論全部に弱いのだが、取り分け、人間にはめっぽう弱い。

他者が僕に向けて放つ、善意からのアドバイスは、僕の目には攻撃に映る。稀にしか頂けない筈の期待や賞賛の言葉は、重圧としてのしかかる。

唯一、冗談は、ちょっと好きだ。冗談の言い合いというプロセスの中にあるのは、生身の人間じゃない、虚構の人格だから、人間と喋ってることにならないので、好きだ。
が、
「人間関係」という概念は、そういう、虚構のペルソナを嫌う。他者と関わるということは、より現実的で、個人的な情報や、性格、主義主張の交換であり、契約だから、怖い。嫌いだ。

僕は前述の通り、他者より与えられる、助言や、期待で、傷つく。それくらいに弱い。
その割に、口を開けば、自分を隠すための冗談とか、逆に、剥き出しの本音とか、そういうのを境目無しにぶちまけてしまう癖があり、その所為で、幾度となく人を怒らせ、傷つけ、迷惑を掛けてきた。

要するに、僕はキモいやつで、そんなキモいやつと関わるなんて、他者にとっても嫌な筈だから、そういうことを考えると、より、人間関係が怖い。
僕は、誰かの辞書に、個人として登録されたくない。誰かの物語になりたくない。僕は、出来るものなら永久に、人格を持たない舞台装置でありたい。概念でありたい。

だが、人間に生まれてしまった。
この体はいま、冬の寒さに耐えながら、さして暖かくもない家を目指して、惨めな散歩を続けている。
クソッ!!
どうして俺は人間なんだ!!
どうして俺はあいつらと同じ人間なんだ!!
あいつらみたいに器用じゃないのに、
あいつらと同じ人間なんだ!!!
俺は!!



みたいな、別に何に怒るでもないけど、そういう怒りを頭の中でうねらせながら、この体は家のドアをなんとかして開けて、なんとかして閉じて、漸く、長い帰宅を遂行した。

この帰路で、自分の弱さを、結構しっかり、見つめてしまったな。
最近は、知らない他人に挨拶をする機会が平生より僅かに増えていたものだから、僕も少しは社会に適合し始めてきたのかな?と、何となくそういうことを思い始めていたのだが、別にそんなことはなかった。僕はずっと、弱いままだ。

誰か冗談を、言ってくれないか。


下北の飲み屋で皮下にこびり着いた人の気配が、まだ落ちきっていない。
シャワーや寝床じゃ洗い流せない。



にゃ〜ん


🐈

締めの言葉が思いつかないから猫になったよ。




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