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人間の夢

歩いていて気づいたんだけど、空気を読んでいるみたいで、実のところ空気に読まれている感じがある。


自他境界が普通にバグっているので、例えば自分の目の前で人が歩いてると、勝手に自分の視点がその人(たち)の視点にハックされ、自分の行動がすべて「その人(たち)の迷惑にならない」のために自動化されゆく感じ。

他人がいるという状況下で、他人のために自分の損得勘定とか諸々の期待感が制限され、自我を失った舞台装置になる感じ。

これは他人のために気を使って空気を読んでいるというよりは寧ろその逆、自分という人格が空気に「読まれている」っていう言葉の方がしっくりくる気がするんだよね、っていうお話。


とは言え別に、そのせいでめちゃくちゃ困ってるわけでもないし、寧ろ変に自我を出して迷惑かけるよりは空気に読まれる方が幾分かマシだと思ってる、
っちゃあ、
思ってるんで、特にここからその話が膨らむ訳じゃないんですけど。




ところで昨日母から電話が来て、ちょっと喋った。気に留めるほどでもない最近の話をいくつか。

そのなかで母の口から、今年小一になった従兄弟の話題が出て来て、あーあのヤンチャ小僧に久々に会いてえな、という気持ちになってその日、

寝てたら、

夢の中にもう、当たり前のように、その従兄弟が出て来て、人間の頭はつくづくシンプルだな〜と思った。


でも、逆に、人との会話の中で任意のワードを紛れ込ませて印象付けて、そうして人間の夢を操ることも可能なのではないか、と考えた。

そんなことができたら俺はそいつを支配したも同然なんだがなあ、って感じじゃん。


なあ空気さん、

空気の皆さん、

俺のことばっかり読んでさ

ようやりますわ

気分はどうだ


俺いずれ、お前らの夢に出て来てやるからな




バーイ

↑書き手、HIKAKINだったことが判明


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