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【創作小話】見慣れないサンタ服にはご注意を

 今日はクリスマスイブ。仕事が終わり帰路につく俺の足取りはとても軽やかだ。なんたって今夜は彼女とクリスマスお家デート! 彼女いない歴二十ウン年の俺に初めてできた彼女と、初めてのクリスマス! あとから仕事が終わった彼女がうちに来る。彼女とは付き合ってそこそこの日数だが、とても気が利くいい子だ。食事やケーキの宅配予約も完璧。明日はお互い休み。ゆっくりと目一杯ステキでムフフな聖夜を過ごすのだ!
 ウキウキ気分で自宅マンションのドアを開ける。すると、玄関のそばに見慣れない赤い服が目に入った。これはなんだ? 広げてみると、サンタクロースの衣装のようだ。俺が用意した覚えはない。彼女に合鍵を渡しているので、俺が留守の間にサプライズで置いていったのか? そう考えて、彼女もかわいいところがあるなぁなんてニヤニヤしながらすぐに着替えることにした。サンタ服で出迎えたら喜んでくれるに違いない。
 スーツを放り出して下着だけになる。サンタ服を手に取ると、よくある安物ではなく、しっかりとしたつくりだ。俺には大きすぎるサイズだな。ズボンと上着だけでなく靴もあったので身に着け、最後に帽子をかぶった。
 突然、全身が重くなったような感覚に襲われる。なんなんだ? 目を落とすと、俺の腹がどんどん膨らんでいるではないか! 腕や足も太くなっている。
「ひ、ひっ!」
 サンタ服のせいだ、と即座に思い、脱ごうとした。だが脱げない。脱ぐように体が動かないのだ。おかしな動きをする手が、顎に当たる。違和感。髭が伸びている! それもものすごいスピードで!
 太った体で転げるように洗面台へ向かい、鏡の前に立つ。髪や髭が、黒から白へ変色していく。握りつぶした紙みたいに、顔がしわしわになる。
 鏡に映るのは、もはや俺ではない。どこの誰とも知らない、しかしみんな知っている、あの人物。俺はサンタクロースになったのだ。
 恐怖のあまり悲鳴を上げた。知らない声だ。徐々に頭がぼんやりしてきた。
 シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン……。
 耳に入ってくる音。鈴の音のようだ。ベランダのほうから聞こえる。ふらふらと近寄り、ベランダの戸を開ける。外、地上8階の空中に、トナカイとプレゼントがたくさん載ったソリが浮いていた。
 行かなくては。朦朧とした意識のまま、勝手に動く体がベランダの手すりを飛び越える。乗り込むと、ソリはゆっくりと動き出す。やらねばならない仕事がある。
 そこから先はおぼろげにしか覚えていない。寒空の下、ソリで飛び回り、数え切れないほどの家々にプレゼントを配り続けた。


 気がついたのは、自宅のベッドの上だった。がばっと体を起こし、体のあちこちを触る。下着姿で、太っておらず、顎の髭も無精髭くらい。元の俺の体だ。
「あ、起きた?」
 部屋には彼女がいた。そうだ! クリスマスお家デート!
「……ええと、今何時?」
「25日の夕方」と彼女は返答した。
 やばい! 完全にすっぽかした! さすがに怒ってるよな? でも言い訳するにしても何て説明したらいいのか……。
 俺がひとり焦っていると、彼女は、
「サンタクロースだったのでしょう、お疲れ様」と微笑んだ。

 彼女は、24日の夜、俺の家で脱ぎ捨てられたスーツと開け放たれたベランダの戸を見て「サンタクロースになった」と悟ったらしい。そのまま俺の家に泊まりこんで、25日の明け方にベランダに倒れ込んだ俺をベッドまで運んでくれたという。
 なんでも、彼女は子供の頃、見慣れないサンタ服を着た父親が「サンタクロースになる」のを目撃したそうだ。
 彼女は言う。皆が信じるサンタクロースという信仰が「そうあるべき」として現実に形作られたのではないかと。その『サンタクロース』を維持するために毎年『サンタクロースになる人』が選出されているのでは、と。

 そこまで聞いた俺は、彼女のありがたさに感動しつつも、一抹の不安が拭えなかった。
「……でも、約束すっぽかしたこと、怒ってない?」
「そりゃ心配もしたし、ムッとしたわよ」
「だよね! マジごめん、本当にごめん!」
「でも良い子のもとにサンタクロースが来るように、いい大人だけがサンタクロースになれるのだと思うのよね」
 そう言って彼女は俺の顔をまじまじと見て、
「『恋人はサンタクロース』なんて素敵じゃない?」
 愛おしさが爆発した。彼女に抱きつこうとしたが妙にふらついて空振り。お腹がぐうとなった。
「ふふ、お腹空いてるでしょ。昨日食べるはずだった食事もケーキもあるわよ」
 そう言っててきぱきと準備を始める。彼女とはこの先もうまくやっていけそうだ。


 クリスマスイブ、見慣れないサンタ服が置かれていたら気をつけて。袖をとおしてしまったら、あなたはサンタクロースになるかもしれない。聖夜の時間を自分のために使うのか、それともサンタクロースとなり人々に夢を届けるのか。サンタクロースになるのか、ならないのか、あなた次第だ。

End

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