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対面ア式の素黒論
対面ア式の素黒論
(たいめんあしきのすぐろろん)
【この文章はフィクションです。】
アドバイスや「こういう時はこうしたら良い」のような文章ではありません。
ご注意ください。
このnoteにおける素黒(すぐろ)とは
怪しい素村のこと。
おもに初日、よく疑われる。
「なんか怪しい」「黒い」「言っていることがヘン」など言われがち。
「言っていることは変ではないが、怪しい」もある。
黒結果を出されることが多い。
ゲーム中、説得より弁明の割合が多い。
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素黒の白を拾える村人は消される
村人陣営、とくに素村の楽しみのひとつとして「自分が最初に見つける他者の黒要素/白要素」がある。
素黒の村要素を拾う作業は、白狼探しに繋がるルートでもあり、人狼好きをこじらせたプレイヤーほどこれをよくやる。
ただあからさまに素黒を庇ったり、逆に白狼を睨んだりすると、自分自身の命が危うくなるため、そのようなプレイヤーは全ての考えを表に出すことはない。役職者に一通り噛みが入り、素黒生存状況で人狼から襲撃されるのは、定石としては素黒の村を拾えるプレイヤーである。役職COがない初日も、襲撃されてしまうことが少なくはない。
悲しい話だが、素黒にはどうすることもできない。
議論や視点から「この人は素黒の村を拾えそうなプレイヤーだ」と素黒視点で気付くタイミングは、人狼も同じくそのプレイヤーが脅威であると気付く瞬間でもあるからだ。
素黒はでしゃばると死ぬ
素黒は業を背負っている。
基本的に、素黒はなにをしても疑われる。
・積極的に議論に参加する→頑張っていて怪しい、発言タイミングが怪しい
・あまり喋らず議論を見守る→寡黙で怪しい
・民意白い人を疑う→シンプルに怪しい
・民意黒い人を疑う→身内切りっぽくて怪しい
・生存意欲ある→人狼っぽい、怪しい
・生存意欲ない→村なら頑張るはず、怪しい
対面ア式初日において
素黒が疑われ、決戦投票の場に立つことはデフォである。
というか初日決戦にあがらない、一票ももらわないプレイヤーはそもそも素黒ではない。
で、決戦投票にあがり弁明をおこなう未来が決まっている場合、初日議論で前線に出ているよりも、後方から議論を観察し、弁明に備えておく方がその日一日を生き延びる可能性が高まる。
もちろん、相手に役職CO回避されたらそれが真でも偽でもほぼ素黒が死ぬし、決戦前に決定票を打たれて死ぬこともままあるが、それさえも、自分の投票時点でよりパフォーマンスを発揮できるのは、初日でしゃばらず、冷静に、まるで素黒ではないような発言ができたときである。
また、どうにか初日生き延びたとしても、「でしゃばった」ログは消えない瑕(きず)となっている。
月日は流れ、審判の日(いわゆる最終日)。
判定役の頭には、一日一日のできごとが走馬灯のように思い出される。初日の素黒のマイナス要素が、素黒の人狼要素として計上されることは自然なことだ。そうなると、たとえ中盤に確定人狼への投票履歴があったとしてもそれは身内切りという狼戦略にみなされてしまう。
素黒のでしゃばりは、素黒自身の死にとどまらず、村全体を滅ぼしかねない。
「Aさんから疑われているけど、私はAさんを村だと思っている」は誰の心にも届かない
「村人の自分を疑ってくる人物は、間違えている村人」というのは、素黒が頻繁に遭遇するケースである。というか、素黒の人狼ゲームはこればかりである。
素黒ではないプレイヤーの場合、村の自分を疑ってくる、まっすぐ吊ろうとしてくる人物は、人外であることが比較的多い。
だからこそ、村としては自分を怪しむ相手を疑わない行動は、村人らしく見えない。
「Aさんから疑われているけど、私はAさんを村だと思っている」と、たとえ本心から言ったとしても「怪しみ返すと分が悪いから、殊勝な村人を演じている人狼っぽい」とか「自分を取り込もうとしている人狼ではないか」とますます疑われることになる。
村と思しきプレイヤーが自分を疑っている場合、タイトルの台詞だけではなく、まず自分の推理上の人狼位置を提示し、その上で「だから、あなたは私を疑っているが、私はあなたを疑っていない」という結論を述べることができれば、素黒は素黒でも多少スマートな素黒になれるだろう。
また、もしAさんの正体が人狼だった場合、「あなたは疑ってくるが、私は疑っていない」とだけ返したログが残ると、A人狼が露呈したときにめちゃくちゃ仲間っぽく見られてしまうため、疑っていない理由を明確にしておく(自分の中でも整理・理屈づけておく)ことは大事である。
その際「自分が怪しいのは理解しているが、それを疑うのは村人らしいから~」のような理由は卑屈なモンスター感が強まる上に議論の進展に寄与しないため、必要がなければなるべくしない方が良い。
言いたくなるのが人情だが、若干メタくもなる。
素黒がグレスケ上位に置かれたとき
素黒も時にはグレスケ上位になることがある。ただ、素黒である。その村にはなにかおかしなことが起きている、あるいはこれから起こる。
もちろん、こういった発言をすると陰謀論者のように見られ引かれるので、口に出さないのが賢明である。素黒が序盤で疑われずぬるま湯の中で生き延びている場合、後半で大体吊り位置に入る。
真からも偽からも占われず、完グレに留められたままになるからだ。
素黒がグレスケ上位から下位へ落ちるスピードは速い。自由落下よりも速い。滑らかにくだっていったり、枝に引っ掛かったりもしない。一言で、引力よりも速く地に落ちる。
なぜか
序盤黒かったが、マークされながらも、道端の草で飢えをしのぐように、地道に白要素を積み上げてきた村人。
一方、序盤うまいことやって縄から遠ざかり、その後もなんだかんだ、ちゃっかり生き残っている人狼。
ストーリーとして、後者のほうが人の心が腹落ちしやすい。吊りやすくもある。そして占い師が死んで少し経った頃、誰かが言い出す。
「白置きする声が多かったから言い出しにくかったが、最初からなにが白いのかわからなかった。ひそかにずっと疑っていた」
なんらかのはずみで序盤グレスケ上位に紛れ込んだ素黒に対し「騙しやがって、やっぱり人狼だったんじゃねえか」のような感覚が村に蔓延する。吟味しながら少しずつ集めたものを捨てるのは惜しいが、庭に転がっていた思い入れもなにもない小汚い岩をふと持ち上げてみたら、裏側にびっしり虫がたかっていたら、即座に捨てることができるのだ。
素黒が序盤グレスケ上位に入ってしまった場合、失敗は許されない。人狼にしか投票してはいけない。役職真偽を間違えてはいけない。視点破綻してはいけない。村を村と信じ、人狼を人狼と言う。グレスケ上位になった素黒は、些細なミスも許されなくなる。たった一滴の墨で死ぬ。
素黒の壺はだれも買わない
素黒は、対話によって白要素を取り戻したり、相手の考えを変えることができない。
素黒が持つ白要素は、他者が自ら観察して得た情報に基づくものでしか認められない。
素黒は、素黒でないプレイヤーにとって精査や観察の対象である。
たとえ観察対象が観察者に対して何か発言したとしても、それ自体は観察者の考えや感情を動かす力を持たず、単に観察記録の一部となるにすぎない。観察者には自分の論理や仮説、信念(宗教)があり、それは観察対象の行動によって左右されることはない。観察者は、自ら収集した情報を基に、観察対象の正体を探ろうとしている。
ア式においてはあまり見られないケースではあるが、もし素黒が「特定の1人に自分を白置きさせたい」と考える場合、1対1の対話を行うよりも、その観察者が他のプレイヤーに対してどういった評価を下しているか、どのような基準や好みを持っているかを探り、その形に自分を合わせることが重要となる。クロストーク禁止がマナーとされるア式では、特定の人物に直接話しかけなくても、自分が話すことによって他者に聞かせることは可能である。
「壺売り」と呼ばれるプレイスタイルがあるが、これは素黒には適さない。
素黒は白狼を見つけやすい
ただし、白狼を刺すことはできない。
素黒自身は、白狼(民意グレスケ上位の人狼)を見つけやすい。
村目線は素黒が1/3狼として計上されるが、素黒にとっては自分の分が1枠あいているからである。村人はさらに素黒とのラインを考えてしまうことでミスリードしてしまうが、素黒本人にはそれが起こらない。素黒以外の村人は知りえない、「自分が村人である」という情報を持っており、これがなかなかにデカい。他プレイヤーは占いや霊を使わなければ得るのが困難な情報だ。
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ただし、序盤に真っ向から白狼を疑ったり投票するのは相当な悪手である。
素黒にできることは以下のような限られた行動にとどまる。
・LW位置狙いや、白狙いの占いに頼る。
(ただし素黒が占い誘導をするのは超危険。【白】だったときに重い前科となるため)
・素黒自身がなんらかの方法で白位置になる。
(占われる、他の人狼と強く切れている、など)
これくらいしかできることはない。
でしゃばると死ぬのは前述した通りである。
しかし言うまでもなく、
白狼(狼)
素黒(村)
判定役(村)
の三人最終日になる場合、ほぼ負けるのでそれまでに対策が必要となる。
素黒だけが白狼をマークできていそうな場合、後々その白狼に辿り着けそうな村人は早めに襲撃されていく。そのあたりの襲撃筋も多少のヒントになる。白狼が本当に狼なら襲撃されることはないため。
ただし
「私(素黒)が狼なら、〇〇さんが襲撃された日に、白狼さんを襲撃している」のような弁明はなかなかとりあってもらえない。なぜなら、人狼の襲撃理由は人狼だけが知っていることだし、人外はなんでもやる、からである。
素黒さんが人狼でそれを言いたいための襲撃だ、という、迷える人の心に効く塩にもなってしまうため、素黒が自分からあまり言わない方が良い言葉のひとつだ。
柱はバレないようにやる
まず、柱をなじる村人を気にしないことである。
吊り順や推定生存者がとる進行を考えたとき、苦肉の策として自分が柱になることを余儀なくされる状況に遭遇したことがない幸せなプレイヤーも多い。ずっとそのままでいてほしい。
ここでいう柱とは、「もうゲームを続行したくない」という萎え柱や、村人の自分が処刑されると村がほぼ負けるような状況での諦め柱、とは異なる。
柱自体を禁止している会は多いが、禁止されていない場合、素黒にとって柱は現実的な戦術のひとつである。そもそも12人中5人以上が自分を疑っているなら、村人からも疑われていることは確定であり、6人以上ともなれば生き残るのはほぼ不可能である。生き続けるほど縄と素黒の距離は縮まっていく。痛みを伴う末期延命治療である。確定霊に色を見てもらえるのであれば、自分の白を開ける(村吊り1回挟む)のを前提に吊り手順を検討するほうが良い。
素黒の村人は、人狼にとって甘美なデザートなのだ。
できれば、最後までとっておきたい。
敵陣営がいやがることをするのは、人狼ゲームにおいてはひとつの戦略である。そのような理論(?)をもとに柱をしても、何人かは露骨に嫌悪感を示す。
・村柱は、少数派の人狼チームはやりにくいことのため、アンフェアだ。
・柱発言で村をとるのはずるい。議論で頑張れ。
・柱で村認定して、もし人狼だったら嫌だ。
このような理由だと思う。
しかし前述の通り、柱(素黒の白を事前に開ける)アクションにより、村勝ちの可能性が高まる場面は少なくない。折衷案として、柱はバレないようにやる、柱の形はとらず処刑される技術が重要となる。
柱をする際は推理や自分が死んだ後の進行希望をしっかりと伝えて死ぬことが大切である。死に際に達観してしまうと柱とバレやすいので、あくまで「死にたくなかった」のような雰囲気で遺言を残すことが望ましい。票捨て自殺も狂人扱いされるので悪手。
実は素黒には狼として死ぬ戦法という禁じ手があるが、これはア式としてはおそらく邪道だし、麻薬のように健康を害すため、頭にチラついたとしても、やろうと思ってやらない方が良い。
素黒の遺言は生存者の誰にも響かないかもしれないが、「自分の役割を果たした」という自己満足は得られるだろう。
ちなみに
「村なら諦めないでほしい」とか「(間に合わない投票状況になってから)助けたかった、もっと頑張ってくれたら協力できたのに」のような言葉をかけてくれるプレイヤーがたまにいるが、これは票計算ができていない村人か、人狼である。おそらく悪い人ではない。
素黒とスフィンクス
素黒が窮地に陥っているとき、ギリシャ神話のスフィンクスのように、クイズを出してくるプレイヤーがいる。
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「もしあなたが村なら、絶対的に白と信じられる人がひとりいるはずです。誰だと思いますか?」
みたいなやつである。
この手のスフィンクスは大抵村なのだが、正解しても間違えてもなんだかんだ投票してくる。したがってこのプレイヤーの票は諦め、それ以外の票のことを考えた方が、限られた時間を有効活用できる。
これは一種のマウント(おそらく無自覚)で、自分が素黒の立場ならこの視点に気付くことができる、というログを残したいための発言であり、村陣営勝利や負ける懸念、さらには素黒の正体については二の次。
なにをいっても人外だから吊る。
たとえ村でもあとで間違えたり、どうせSGにされるからここで吊る。
素黒を救うためにクイズを出しているわけではないのだ。
下手すると、素黒がクイズに回答したあと「違います。正解は〇〇さんです。理由は~~」と講釈タイムが始まり、議論時間を浪費してしまう。
スフィンクスのクイズにはなるべく即答せず、「△△の話がしたいので、ちょっと後にしてもらってもいいですか」と時間を稼ぎつつ、ほかに議論を使う方が建設的である。
スフィンクスの一票は、素黒か、素黒を助けるわけでもないところへ入るため、素黒にとっては無効票である。
素黒の桃源郷はない
素黒だけのア式村を立てよう。
そんな風に、いままでいくつもの村がたてられてきた。
素黒が迫害される理由は正当であるものの、素黒からしてみれば、理不尽に感じたり時には悲しい気持ちになったりもするだろう。
「そうだ、素黒を13人集めてア式をすれば、こんな風に悲しい思いや、憤りを感じることがないだろう」
これはあきらかな間違いである。
素黒を13人集めても、必ず毎日、だれかは処刑されていく。
黒い人々を集めても、その中で序列が生まれる。
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黒っぽいグレースケールがうまれるだけなのである。
そして、普段グレスケ下位をうろついている素黒が、素黒ばかりの中でグレスケ上位になったら何が起こるか。
そう、調子付くのである。
同じ素黒のはずなのにまるで別の何者かになれたと勘違いしてしまう。素黒だけが集まって和気あいあいとした平和な村になるわけがない。そんなプレイヤーならそもそも素黒になってはいないのだ。
素黒の桃源郷は存在しない。
その村は少なくとも、素黒13人(3狼や役職も含むがここでは便宜上、全員を素黒と表現をする)が全員楽しめる村とはいえないだろう。
素黒以外の観戦者の見世物としての村という意味なら、十分に存在価値はある。
「初日の噛み候補がいないwww」
まあ、楽しそうではある。
素黒の庭
人狼ゲームの醍醐味の一つは、最後まで生き残り、より多くの時間を使って推理を深めたり、駆け引きを楽しんだり、ときには相手を騙し切ることにあると思う。
素黒は処刑されやすく、素白(なんか白い村人)は襲撃されやすい。しかし逆に、素黒は襲撃されにくく、素白は処刑されにくいとも言える。この特性を考えると、襲撃されやすい素白の方が、自分ではどうしようもない理由でゲームから早く退場してしまうことが多く、人狼ゲームを楽しむ上では不利、あるいは少し気の毒だと言える。
素黒は処刑さえ免れれば、より長く人狼ゲームを楽しむチャンスを与えられたプレイヤーと言えるかもしれない。
まるでコアラが毒ユーカリを食べて生き延びるように、ア式を楽しむこと。
自分の黒さを味わい、卑屈になることなく、それを悪用せずに活路を見出すことが大切だ。もちろん、素黒から素白へと進化するプレイヤーも多くいるだろう。それはそれで素敵なことである。
だが人狼ゲームが続く限り、素黒は絶滅しない。
今宵も決戦弁明という名の慣れ親しんだ庭に、薔薇を咲かせよう。