丸っこい虫

あの丸っこい虫の名前がしりたい。階段の隅っこで壁に頭を向けてじっとしていたあの丸っこい虫の名前が。少し後にもう一度見たら、微妙に角度がかわっていたあの丸っこい虫。

3日くらい前にはコオロギがいた。非常に気分が悪かった。やはりあの速度と小回りの利き方がよくない。人間が対処しきれない動きに、腹の底から恐怖を感じる。思い出すだけで足元がぞわぞわするのをどうしてくれるのか。

それに比べて、あの丸っこい虫はかわいらしかった。朴訥としていて、どっしりと構える姿が妙な安心感を与えた。山のようにじっとそこに在るのみ。このような態度であると、人間としても「どれ、すこし観察してやろうか」という気になる。

観察しているうちに、何を食べているのだろうかとか、そもそも飛んだりするのだろうかと考える。ずんぐりむっくりとしたその体格から、飛ぶことはなかなか想像がつかない。飛んだとしても速度はでないだろう。しかし、想像力のせいで恐怖心が湧き出てくる。

飛んだとして、こちらに向かってきたらどうすべきか。虫がこちらに向かってくることを恐怖する理由は、毒などの実害だけではない。大きい肢体を持つ我々はきっと彼らを傷つけてしまう。その結果、何やら妙な液体だとか破片が身体についてしまうのではないか。考えるだけでおぞましい。

恐れおののいた私は、足早にそこを立ち去った。いつものように、付近に虫がいないか確認しながら自宅のドアを開けた。外ではかわいらしさを感じるあの丸っこい虫も、家の中に出現した途端に敵となる。正義は、視点を変えると悪になり得るのだ。

しかし、あの丸っこい虫の名前が知りたい。ネットで検索すると鮮明な画像が出てきてしまってつらい思いをしそうなので、検索ができない。でも、あの丸っこい虫の名前が知りたいのだ。せっかく直接会ったんだから、聞いてみればよかったと、後悔。

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