自己肯定感とかうるせーなって

この言葉があたかも「持っていなければならないもの」「プラス!プラス!のキラキラした言葉」のように特集されるようになったのはいつからかしら。少なくとも私がインターネットに没頭した時代にこの言葉は流行っていなかった。

もちろん、自分を否定し続けるのはしんどい。生まれてから死ぬまでずっと一緒にいるのは自分で、考えていることが丸見えなのも自分自身しかいない。そんな中、最大の救いは他人ではなく自分自身にあるだろう。

しかしそんな自分を否定する「感情」を生むのは、脳みそであり、臓器である。60%が脂質、脂肪の塊の脳みそ。二郎系ラーメンを構成する成分とほぼ一緒なんじゃないかな。「感情」は、そんな臓器による反応だ。自己肯定感が高いかどうかなんて、例えば指毛が生える人と生えない人、福耳な人とそうでない人。そんな違いだ。

だって、精神科に行ったら感情を整える薬をもらうことができる。それほどまでに、「感情」というのは物理的なもので、その存在に善し悪しはない。

自分のことを、無理やり肯定も否定もしなくていい。悲しいとかさみしいという感情が出たら、脳がそういう反応をしているだけ。そういう青っぽい感情も、そこに出てきたならそこにあっていいものだし、怒りだってそう。

他人が勝手に考えた言葉や他人のたったひとつの面に囚われるより、とりあえず自分のためにデンタルフロスでも初めてみるほうがいい。

・・・と、7月末にイキりちらして書きなぐっていた下書きの文章。そしてそれに救われている今。なんとも情緒不安定な生き物だが、それも少しおかしく思える。なんてったって頭にはアブラマシの二郎系ラーメンが詰まっているんだから。

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