寝るだけのロボット
外界には汚染された空気とウイルスが蔓延し、人間はガスマスクと防護服なしでは外に出られなくなった。人間を含む、他の生物と生身で接触することを禁じられ、街中や家にある監視カメラとサーモグラフィが監視の目を光らせている。
住民たちは、重い酸素ボンベを背負い、大きな排気音をたてながら行き交う。会話をするにも排気音が邪魔で、発声して会話をすることもだんだんと減っていった。人は、それでも仕事をし、食事をし、生きていた。
人やたくさんの生物たちとの触れ合いを忘れられず、その想いを断ち切れなかった彼は、ロボットを開発した。当初は人工知能を搭載し、ある程度の会話や触れ合いをできるロボットとして開発を進めていたが、国家安全法に抵触することが分かり、簡易なやり取りと寝ることだけができるロボットが完成した。
そのロボットは、今日も主人の帰りを待つ。家で仕事をするときでも、支給品の受け取りがあったりと、外出することが多いようだった。主人が帰宅し、洗浄室からリビングに来たら、「おかえり」という音声を再生する。そうすると、主人はひどく嬉しそうな顔で「ただいま」という音を返すのであった。
夕食の後、風呂に入った主人はなにやらモニターに向かい時間をつぶす。そうして一日が終わり、寝るときには主人から声をかけられる。寝る場所は赤外線で感知できるように印がつけられており、所定の位置に向かう。
「おやすみ」という音声を再生すると、また嬉しそうな顔をした主人は「おやすみ」という音を返し、発熱装置で少しあたたかくなったロボットの腕につつまれながら、優しい眠りについた。
その日は、人類にとっておそらく最期の日だった。
これ以上、人類が生き延びようとすると地球の生体環境は再生不可能になる。食料が尽きていく中、住民に供給される酸素ボンベには少しずつ毒が混ぜられていった。生命の種を冷凍し、水や空気が息を吹き返すであろう数万年後に解凍する時限装置をつけ、一度、人類の歴史を閉じる必要があった。尤も、数万年後に解凍されるのか、されたとしてまた歴史を紡ぐのかどうかは誰にも分からなかった。
ロボットの優しい眠りが明ける頃、街から排気音は消え、静まり返っていた。
所定の時間に目覚めたロボットは、「おはよう」という音声を再生する。自ら充電位置へ移動したロボットは、バッテリーに異常がないことを確認し、電源に接続した。そうして、今日も主人の帰りを待つのであった。