人間は全身麻酔で夢を見るか?

4年ほど前に、扁桃腺を摘出する手術を受けた。長い間、風邪を引くたびに扁桃腺が腫れて困っていたのだが、そのうち、少しでも疲れが溜まるとすぐに扁桃腺が反応して40度以上の熱が出るようになってしまった。

一般的な風邪は鼻水や咳などの目に見える症状が出るが、発熱は見た目には分かりづらい。なんだか仕事も休みづらいし、でも身体はつらいし。毎度飲む抗生剤も長期服用すると内臓に負担がかかるということで、扁桃腺の切除を決断した。

手術にあたっては全身麻酔の必要があり、さまざまな説明を受けた。適当に言うと、ワンチャン死ぬかもしれないからちゃんと理解してねという感じ。そんな説明をしてくれた麻酔科医の方が、いわゆるイケメンだった。

麻酔科医といえば、なんだかミステリアスなイメージがある。医龍というドラマで阿部サダヲが演じていた麻酔科医のせいだろう。昔ネットで読んだ都市伝説には、「麻酔は何故効くのか解明されていない」と書かれていた。なんだか分からないものを使いこなす。そんな「ミステリアスな強キャラ感」を勝手に妄想してしまう麻酔科医がイケメンだなんて、できすぎている。

今となっては朧げなイメージでしか顔を覚えていなく、ぼんやりと浮かぶのはデスノートでLを演じていた時の松山ケンイチだ。絶対に美化されてる。

そんなL先生は、とても丁寧に、敬語で、全身麻酔について説明してくれた。「強キャラで飄々としていても、患者にはしっかり社会性という仮面をかぶって接するんだなあ」などと自分勝手な感想を持ちつつ、みんな優しくしてくれるので、安心して床に就いた。

そして手術当日の朝。担架に乗せられ、ガラガラと手術室へ出荷されていく。緊張と、少しの高揚感が混じった気持ち。ありがとう扁桃腺、さようなら、扁桃腺。

身体の何かしらを計測する機械を取り付けられ、いよいよ手術開始。L先生から、麻酔していきますね、と声をかけられる。あるあるだと思うが、麻酔には負けない!という謎の反抗心が声をあげる。そんな中、L先生が優しく声をかけてくれた。

「…眠くなってきた?」

私は混乱した。それはまるで眠れない時に寝る瞬間まで一緒にいてくれる彼氏のようで、なぜこの手術に挑む前にそんな言葉をかけるのか、これまでの敬語はなんだったのか、なぜ今そんなギャップを見せつけてくるのか、これから扁桃腺をひっぺがされるというのにキュンとしていいのか、私はなぜここにいるのか、地球はなぜ存在するのか、生命の根源とは、宇宙の創造主とは…

意識はブラックアウトし、気づいたら手術も無事に終わっていた。目覚めた瞬間からすべての神経が稼働し、喉に突っ込まれていた呼吸用の管が痛くてたまらない。

手術の翌日、摘出された扁桃腺を見せられたが、砂肝のようだった。猫が虫を取ってきたみたいに嬉しそうに見せつけてくる主治医に疑問を覚える。優しい看護師の皆さまに助けていただきながら1週間程度入院し、無事に退院した。

扁桃腺を取ってからは、高熱にうなされることも無く、快適な生活だ。そして、L先生の「…眠くなってきた?」は、私の人生における金言として深く心に突き刺さっている。このギャップによるときめきで麻酔の効果を高める技なのだろうか。多分なんでもないんだと思う。もしかしたら、麻酔が見させた都合のいい夢だったのかもしれない。


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